27話 ちょっと休憩
9時丁度、道場に揃った8人の自警団員の前で、俺は一つ咳払いをする。
今日来た8人は全員見覚えがある。 おそらくこの道場の掃除をしてくれた人達だろう。
「えー……時間ですので、早速始めさせていただきます。 今日皆さんに覚えてもらうのはズバリ、素振りのやり方と基礎訓練のやり方です」
持ち込んでいたボードに『素振り』『基礎訓練』と書いた紙をヒルベルタに貼ってもらいながら、俺は自警団の皆さんに気持ち大きめの声で伝える。
「…………」
「……あれ? 反応が無いな」
原因は明白だが、触れたくないのでとぼけてみる。
「申し訳ないが、興味が他に逸れてしまっているからな。 その女性は一体?」
普通の自警団員と同じように俺の前に座っていたフェリクスが、皆の疑問を代行するように手を挙げる。
そりゃそうだ。 見覚えのないやたらと露出度の高い美女がいれば普通気になる、
答えられる範囲で答えるしかないので、なるだけ簡潔に。
「……彼女はヒルベルタ。 助手です、以上」
「私はアルフレド様の妻……の、予定です♡」
『予定』を付けるだけ成長をしたと褒めれば良いのか、空気を読んで助手と言わなかったのを怒れば良いのか。
考える間も無く、団員達から声が上がる。
「マジか……先生くらいになるとあんな美人の嫁さんもらえるんだな……」
「あの耳はもしや、エルフか……?」
「格好がヤベーな……先生の趣味っすか?」
等々みんな好き勝手に言っている。 こうなることは予測できていた。 ここから捌くのが真の強者というもの。
いつの間にやら俺の呼び名が「先生」になっていたことは一旦置いておく。
「アルフレド、お前結婚するのか……? クリスタはどうした?」
「色々と待ってくれ。 落ち着こう」
その流れは想像していなかった。 完全に出鼻を挫かれる形になる。
しかし、神はまだ俺を見捨ててはいなかった。
「そうっス! みんな落ち着くっス! この女は師匠の妻でも嫁でもなんでもないっス!!」
リリィの助け船が飛び出して、俺を救い上げようと近づいてきた。 後はそれに上手く乗っかるだけだ。
「うんうんリリィの言うとおりだ。 彼女は今回俺の手伝いに来てくれたというだけで結婚とかそういうのは考えていないな」
俺はやや早口で言いきる。
フェリクスが「ほう」と言うのをきっかけに皆が納得したように、あるいは拍子抜けしたように「ああ~」と声を揃える。
「つまり、あれだ、ちょっとした冗談ってことですね?」
「いえ? 冗談ではありませんが」
「我が強い」
せっかく話が落ち着きそうだったのにまだ己を貫かんとするヒルベルタ。
仕様がないので俺はヒルベルタを睨みつける……とまでいかないが、忠告代わりの強めの視線を向ける。
すると目に見えて眉が下がり、長い耳も同じく下がる。 こちらが悪いことをした気分になる表情だ。
「……冗談です。 “現状”は」
不服そうな様子を残しながらもこの場を落ち着ける方向に動いてくれる気になったようで、ヒルベルタは自警団に皆さんに頭を下げる。
「皆様お騒がせして申し訳ございませんでした。 私の事はお気になさらず、旦――アルフレド様のお言葉を聞いていただければと存じます」
ヒルベルタは微笑んで姿勢を正す。
その笑顔と美しい所作に、団員の数名から恍惚とした声が上がった。
「……ってことはあれだ」
団員のうちの1人、やや軽い雰囲気の金髪の男性が手を挙げる。
「ヒルベルタさんはフリーってことで――」
「殺すぞ」
食い気味に殺意を向けるヒルベルタ。
早い早い、まだ口説いてないよ? まだ彼事実しか言ってないよ?
「あのような軟派な目をした男がこの後言うセリフなど決まっているのです」
俺に向けるものとは180度違う冷たい目で金髪の男性を睨みつけるヒルベルタの表情は、本当に嫌悪を感じている顔だった。
この容姿で一人旅状態だったのだ。 こういうことにはトラウマのようなものがあってもおかしくはない。
「はっはっはっはっ! ずいぶんと嫌われたな、ダミアン!」
空気が冷える兆しが見え、どうしたものかと考えたその時、場を切り裂くようにフェリクスが笑う。
「ちぇー……追い打ちはひどいっすよ団長……」
「これを機にナンパはほどほどにしておくことだな。 町の女性からオレにまで悪評が届いているぞ? 何でもこの間は間違えて女装した男性を口説いたとか……」
「ちょ! 待って! なんで団長がそれ知ってるの!?」
「……ふふっ」
ダミアンというらしい金髪の男とフェリクスのやり取りに、団員誰かがクスッと笑う。
それを合図に堰を切ったように笑いが起こり、少しの間道場の中が穏やかな笑い声に包まれた。
「あははは……ダミアン、お前、ついにそこまで行ったのか……! ははははっ!」
「笑うなっつの!」
「やばいな……おれも狙われるかも……」
「変なキャラ付けやめてくんない!?」
ピリっとした空気から一転、和やかな雰囲気に変わる。
行き過ぎないところでフェリクスが「はいはいそのくらいでな」と団員達を落ち着ける。
そうして皆が静かになったところでフェリクスはヒルベルタに軽く頭を下げる。
「団員が失礼なことを言ってすまなかった。 どうか許してほしい」
「……いえ、お気になさらず」
腹の底には燻るものがありそうな様子だが、ヒルベルタはそれでも笑顔で受け流す。
「そうか、ありがとう。 ……さて、こちらも無駄な時間を取らせてしまったからこれでおあいこだな。 気を悪くしていないのなら指導の続きを頼む」
「おう。 ……サンキューな」
ここまで計算ずくでこの人数を容易くコントロールしてみせた手腕は流石団長といったところか。
「コホン、えーちょっと手間取りましたが再開させていただきます。 先ほども言いましたが、今回は素振りも含めた基礎トレーニングのやり方を覚えてもらおうと思います」
言いながら俺は近くに置いてあった木剣を手に取って、手本を見せるため構える。
「まずは剣の素振りから教えます。 基本は剣を両手でしっかり握って……」
実際にゆっくりとやって見せながら説明をしていく。
剣を持った団員達はそれを見ながら思い思いに俺のマネをしてみたり、じっくりと見てイメージをしたりする。
「……う~ん、こんなんで本当に強くなれるんすかね?」
ダミアンという金髪の男性が何度か剣を振った後、早くも飽きたのか気怠そうに言う。
「なんか、もっと……そう、必殺技みたいなのないんすか? オレはもっとパパっと強くなりたいんすよ~」
「必殺技……まあ、なくもないです」
「おおっ! さっすが先生!」
ダミアンさんと何人かの団員が食いついてくる。
しかし俺はそれを払いのけるように言葉を続ける。
「でも、覚えたとしても強くはなれないですよ」
「そりゃあまたどういう……?」
俺は少し逡巡して、やはり実際に見せた方が早いだろうと考える。
「フェリクス、その槍貸してくれ」
「ん? ああ、もちろんいいぞ」
「サンキュ。 それじゃあ皆さんちょっとお下がりを」
周りから人を遠ざけて、受け取った木槍を構える。
「――ふっ!」
槍の長さと回転の勢いを利用した横薙ぎを一発。 もちろんそれなりの手加減をして実演して見せる。
その迫力に何人かから「おお……」と声が上がった。
「……フェリクス、今の真似できるか?」
「ふぅむ? そう複雑な動きではないし、やってみよう」
「遠慮なくブチかましてくれ。 狙いやすいから脇腹がいいかな」
「……なるほど、了解した」
フェリクスは俺の前に立ち、木槍を構える。
周囲からは「えっ?」とか「あれっ?」という戸惑いの声が聞こえる――
「――せいッ!!!」
槍が俺に迫る。 リクエストしたとおり脇腹に一直線だ。
ある者はショッキングな光景を想像して目を逸らし、ある者は止めに入ろうとする。
そんな様子を眺めながら、反射的にかわしたくなるのを抑え、槍が命中する一点に力をこめる。
――ズドンッ!!! と爆弾が炸裂したかのような音が道場を揺らす。
あっ……
「……あれ? えっ?」
ダミアンさんがポカンと口を開けて間の抜けた声を出す。
他の自警団員達の目の前の光景が信じられない様子だ。
それも仕方のないことではある。 胴体が真っ二つなって壁に叩きつけられてもおかしくないほど衝撃を受けたはずの俺が、何事も無かったかのように平然と立っていたのだから。
「……とまあこのように、ある程度自力に差があると大技を当てても効果が無いことがあります」
俺は平静を装って、まだ状況が飲み込めていない様子の団員達に語り始める。
「これは輝石の効果で体の強度が大幅に上がっているからですね。 身体能力が向上すればするほど単純な防御力も上がるということです」
深呼吸、というわけではないが長めの息を吐く。
「……基礎訓練を怠るとこの身体能力が伸びにくくなるので、“必殺技”を当てるのが難しくなるし、当てても碌にダメージを与えられないってことになりかねない、というわけです」
想定する相手が魔物であれば、より基礎能力が高くないと傷一つ付けられない相手も多くなる。 結局強くなる近道は基礎トレーニングを積むしかないのだ。
……限界かもしれない。 ジワジワと脇腹が痛くなってくる。
「ふぅ~……そんなわけで、ちょっと休憩」
脇腹を抑えてゆっくりとしゃがみ込む。
この痛み……食事をしてすぐに生身で運動すると痛くなるアレに匹敵するぞ……
心配した様子でリリィとヒルベルタが近づいてくる。
「師匠~! 流石に団長の槍を体で受けるのはやり過ぎっスよ~!」
「あぁ……お労しい……」
2人して大袈裟に心配してくるが流石にそこまでではない。 放っておいても傷は残らないだろう。
フェリクスはそんな俺達を見て苦笑いで手を合わせる。
「……すまんアルフレド。 会心の一発が入ってしまったようだ」
「いや、普段着でお前の攻撃をモロに受けようってのはちょっと無謀だった。 龍革のコートを着てくればよかったな……」




