26話 今はどうでもいいや
「……さて、そろそろ出勤しないとな」
重めの朝食を終え、俺は軽く伸びをする。
「ああ、自警団のあれね」
「そうあれだ。 一発目で遅刻なんてしたくないからもう行かないと」
町長氏直々のお仕事ということもあるし、ここでポカやってしまえば一気に威厳もクソも無くなるだろう。
ただでさえ信用してもらえるか不安だというのに。
「うぅ~……自分も師匠のご指導を受けたいんスけど、今日は行けないのが悔しいっス……」
「何だ? 行きてーなら行きゃいいだろ? 遠慮せず稽古つけてもらえ」
さらりと言うおやっさんに「いやいや」と手を振るリリィ。
この人は自分が雇った人間のことを忘れているのだろうか?
「店なんか休みにすりゃいいじゃねェか! 大丈夫大丈夫、給料はちゃーんと払うぜ?」
「自分のワガママのためにそんなこと、させられないっス!」
首をブンブンと振って断固として受け入れない姿勢を取るリリィ。
おやっさんは数秒考え込むと、何か思いついたのかリリィを自分の傍に呼んで耳打ちをした。
「そうは言うがよリリィ……ぼやぼやしてたらお師匠さんをスケベエルフに取られっちまうぞ? あのぶんだと、エルフの嬢ちゃんはアル坊に付いてくぜ? 多分」
「むっ……それは、そうかもっスけど……」
皿の片付けをするヒルベルタの方をチラリと見ながらリリィは唸る。
俺の耳が良いのもあるが、小声が大きすぎるのと俺との距離が近すぎるために2人の会話が丸聞こえだ。
「だろ? 店なんていつでも開けられんだから気にすんなって」
「あのねぇ店長……そんなやり方をいつまでも続けていいと思ってるの?」
低い声で苦言を呈するクリスタにおやっさんは「おっと」と大袈裟に肩を竦める。
聞いたところによると、実際この店の経営は常時赤字と黒字を行ったり来たりしているような状態らしい。
店をまともに黒字にしたいならクリスタの言うことはもっともである。
「クリスタ、そんなこと言ったってこの人は聞かないわよ。 もうウン十年これでやってきてるし、羨ましいことにお金の心配はしなくていいんだもの」
ぶどうジュース(だと思わせてほしい)のグラスを片手に、ディアナおばさんは微笑む。
頬が微かに赤い気がするのは照明やなんかの加減や俺の見間違いだろう。
「おやっさんは道楽で店やってる人間ですもんね」
どうやら昔一山当てたとかなんとかで、ちょっと使いきれないくらいの資産がおやっさんにはあるらしい。
そのため経営で多少赤字を出そうが痛くも痒くもない。 その辺がこの適当経営の原因だ。
「そうそう。 考えることが少なくて羨ましいわ~」
「朝っぱらからお酒飲んでる母さんが言うのもねぇ……」
自分のこめかみを指でグリグリしながらクリスタは深いため息を吐く。
クリスタが酒と言ってしまったが故、朝から酒を飲んでいることが確定してしまった。 それでいいのか大人達。
「私は今日定休日だもの~」
「だとしても朝からは何となくあるでしょ……いや、もういいわ」
もう飲んでしまったのだから言っても意味が無いと悟ったのだろう。 クリスタは諦め顔で頭を振る。
そしておやっさんへ向き直ると、一歩近づいて顔を寄せる。
「……で、店長? 今日はもちろんお店、開くわよね?」
薄く笑ってクリスタは言う。 有無を言わせないオーラがそこにはあった。
「おおっと参ったな、こりゃ拒否権が無い言い方だ……」
おやっさんは困ったように笑いながら「何とかならないか?」という目で俺を見てくる。
しかし残念ながら、こうなったクリスタに有効な手立てなど卑怯なものしか持ち合わせていない。 指でバツを作ってお返しとした。
俺の返事を受け取ったおやっさんは、観念したと言うような溜息を一つ吐き、椅子にだらりと預けていた体を叱咤するように立ち上がった。
「……わーったわーった! 今日は俺1人でやってやろうじゃあねェか!」
逞しい腕に力こぶを作り、おやっさんは笑う。
「元々1人で始めた店だ、たまにゃあ初心に帰ってみるさ。 なぁに、キャパ超えたら客を追い出しゃいいんだ!」
「それはどうかと思います」
そんなこんなで半ば強引に本日の指導にリリィも参戦する運びとなった。
俺の周りは好き勝手生きている大人が本当に多いな。
「では、私もご一緒いたしますね!」
「……だと思った」
いつの間にやら皿を片付け終わっていたヒルベルタが俺の腕に抱きついてくる。
本当に油断も隙もないな君は。
「旦那様の行く場所ならどこへでも付いて行きますとも」
「そうなんだ……なあ、冗談抜きで話がしたいんだが、いいか?」
「――はい、なんでしょう?」
いくらか真剣なトーンで訊くと、それを感じ取ってくれたのかヒルベルタは手を離し、神妙な表情で俺を見上げる。
「今のところまだ全然いいんだけど、もし仮に俺の周りの人達を本気で傷つけたりしたら……その時は怒るから、よろしく」
「――っ ……はい」
ヒルベルタはこわばった表情で生唾を飲み込み、ゆっくりと頷いた。
「分かったならいい。 ……最後に、ちょっと訊きたいことと、言っておきたいことがある」
「? ハ、ハイ、どうかしましたか?」
直前のこともありややぎこちない返事をするヒルベルタ。
「……あ、もしかすると、どうやってここに貴方がいると分かったのかを訊きたい、ということでしょうか?」
「いや、気にならないじゃないけど、今はどうでもいいや」
「では何を――ひゃっ!?」
不意に両肩を掴まれ、ヒルベルタは声を上げる。 できる限り優しく掴んだつもりだったが急過ぎただろうか。
目を真っ直ぐ見ると、微かに瞳が揺れ、熱を帯びる。
「お前の作ってくれたメシ、本当に美味かった、ありがとう。 本当は冷める前に食べてやりたかったんだが、できなくて悪かったな」
「い、いえ……そんな……私が、の、不勉強が原因ですから……」
恥ずかしそうに長い耳をピクピク動かして、俯くヒルベルタ。
くいっと顎でも上げてこちらを向かせようと考えたが、危ないと気づいたのでギリギリのところで踏みとどまる。 流れに任せすぎるのは良くない。
「さっきの料理は全部エルフの森にはないものだ。 わざわざ人間の文化を勉強してくれたんだよな?」
「はい、その、別の町の店で1年ほど……」
15歳で初めて1人森を出て、人間ばかりの町で俺の為に……学んだ事はさっき見せた料理だけではないだろう。
そこまでしてもらったのに、俺が返せるものは今は言葉だけしかない。
だからせめて精一杯の礼を返そう――
「そうか……苦労したろ。 俺の為に、ありがとうな。 嬉しいよ」
「~~~~~~っ!!!」
やれるだけ思い切り、口角を上げて笑いかける。
するとヒルベルタは喉から言葉にならない声を上げ、目を見開いた。
口を押さえ、何度もまばたきをし、最後には俯いて肩を振るわせ始めてしまう。
「……泣かせるつもりはなかった」
「ヒック、グスッ……どうして、貴方は……」
しゃくり上げながらどうにか言葉繋ぐヒルベルタ。
しかし、最後の方は嗚咽に紛れて、俺の耳でも聞き取ることができなかった。




