25話 24時間365日ずぅっと
「お待たせいたしました」
小一時間ほど厨房に籠っていたヒルベルタは入って行った時と同じ、余裕を湛えた表情で料理をテーブルに並べていく。
料理は牛肉で野菜などを巻いた料理(名前は忘れた)をメインとして、ジャガイモのスープ、付け合わせの温野菜など、素人意見だがバランスが良く見える。
「では皆様、どうぞお召し上がりください」
「……いただきます」
ナイフとフォークを使って肉巻きを一口食べる。 これは――
「おおっ! うめぇ! うめぇじゃねーかこれ!!」
誰よりも早く反応したのはおやっさんだった。 ケラケラと笑い「この短時間でやるじゃねェか!」と褒める。
それに対してヒルベルタは気持ち首を傾け愛想笑いを返した。
「あら、ほんとに美味しい。 このソースどう作ったのかしら~」
「むっ……悔しいけど、おいしいっス……」
「……ふぅん、自信満々なだけあって美味しいわね」
皆口々に絶賛する中、ヒルベルタはその全てを聞き流して俺へと微笑みかけてきた。
ついでに前かがみになって胸部装甲のアピールも欠かさない。 やめてくれ。
「旦那様、いかがでしょうか?」
「……おう、美味いよ」
圧倒的厚みを誇る装甲を華麗に避けて、ありのまま率直な感想を言うとヒルベルタの表情はパッと明るくなる。
「本当ですか……!? 嬉しいですっ!」
大げさに、しかし演技の匂いなどはまったくさせずに長い耳をひょこひょこ動かしながら笑う。 そこには年相応の微かな少女らしさが見えた気がした。
「どーなってるっスかあの“いんらん”エルフは……あまりにも態度が違い過ぎるっス。 あの目ん玉には師匠しか見えてないんですかね?」
「うーん、それはどうかしらね……」
少し離れた席でそんなことを話す2人。 ヒルベルタはそれに気づいた様子で視線を向けるが、すぐに興味を失い、熱い瞳を俺に向けすり寄ってくる。
「フフフ……よろしければ、ですが、私の手で食べさせて差し上げたいと思うのですが……」
「……それは、所謂『あーん』というやつですか?」
「はい、『あーん』でございます♡」
語尾どころか瞳の中にまでもハートマークが見えるような甘い声色と表情で体を擦り付けてくるヒルベルタ。
なんだか色々とマズイ。 それ以上やられると俺のウンディーネが伸び……いや、しょうもない下ネタを言っている場合ではない。 クリスタからの視線が冷たい。
「おーおーホントアル坊にメロメロって感じだなありゃ。 あの体で押されたらそのうち落ちるんじゃねェか? メシもウマいし」
「そうねぇ……でも確かアルくんって――こういう濃い味付けのお料理は苦手だったはずじゃ?」
「――っ!? なんですと……!?」
先ほどとは違った動きでヒルベルタの耳がピクリと動く。
「そ、そ、そそそ、それは、本当なのでしょうか……?」
打って変わって、不安そうな瞳で俺を見上げ、声はハッキリと震えている。
「…………朝には重たいとは思う」
「爪を剥ぎます」
「待て待て」
自らの爪に手をかけるヒルベルタを止める。
グロには慣れてるがそういう地味なのは結構効くんだ。
「剥がせてください!!! 私は何と失礼なことを!!」
「いや、気にしないでくれ。 美味いから」
「剥がせてくださいいいいいいいいいっ!!!!」
「怖い怖い怖い」
涙を流し半狂乱になるヒルベルタ。
どうにか宥めて落ち着かせるのに結局5分ほどを要することになった。
「……取り乱して申し訳ございません……私はまだまだ未熟でした。 己の技巧を誇示することに溺れ、旦那様の好みなど考えてもいなかった……!」
「反省するのはいいと思うけど、爪剥ぐのはやりすぎだわ……」
クリスタは苦い顔をして溜息を吐く。
「エルフが生活するために使うエネルギー炉には人体の一部をくべて使うのが一番効率がいい。 だから森の中でやらかしたやつへの罰として『爪を剥ぐ』ってのは一般的だったりする」
「……よく分かんないけど、そのエグい罰は意味のあるものなのね……」
とはいえ人間の町で生きるのならその文化を持ち込まれるのは困る。 俺の爪が何枚あっても足りない。
やらかしの数だけ生爪を剥がされる想像をしてぞっとする俺をよそに、ヒルベルタは何かに気づいたように顔を上げる。
「そうか、クリスタ様はこれを見抜かれていたのですね……私が旦那様しか見ていないようで、その実何も見えていなかったことに……」
「まあ……付き合いだけは長いし?」
きょとんとした顔をするクリスタに対し、ヒルベルタは「やはりそうでしたか」と何度も頷く。
「……私はまだまだ貴女には敵わないようですね。 感服いたしました」
「えぇ……」
「そんな貴女に、折り入ってお願いがございます」
「いい予感しないわね」
困惑した様子のクリスタに遠慮などまるで無くヒルベルタが迫る。
「私を弟子にしていただけないでしょうか!」
「イヤだけど……」
悪い流れを読んでいたクリスタは即答する。
「何故!? 私がエルフだからですか!!?」
「そうとも言えるしそれ以前の問題とも言えるというか……っていうか目が怖い!」
掴みかからんばかりの勢いで迫るヒルベルタにたじたじのクリスタ……そうだ、ヒル×クリでいいんじゃないかな? うんそれがいい。
「現実逃避してないで助けなさいよ!!」
「分かってる分かってる」
助けを求める幼馴染を見捨てられるほど人間腐っていない。 そもそも俺が原因だし。
ヒルベルタの肩を引き、クリスタから遠ざける。 俺が触れると意外なほど抵抗無く引き離すことができた。
「あっ……♡ いけません旦那様、そのように乱暴にされては……」
「コラコラいんらんエルフ! それ以上好き勝手するのはやめるっス!!」
顔を赤くして体をクネクネと動かすヒルベルタに食ってかかるリリィ。
「そもそも、なーんであんたが先輩に弟子入りなんかするっスか!?」
「貴様には関係ない」
熱くなって噛みつくリリィを凄まじい温度差でズバッと切り捨てる。
ついに敬語すらなくなったその態度の変化にリリィは体をわなわなさせて拳を握り締める。
放っておくわけにもいかないのでぶつかり合いそうな2人の間に割り込み、リリィの質問を引き継ぐ。
「……大体想像つくけど、どうしてクリスタに弟子入りを?」
「私の見立てでは、クリスタ様が最も旦那様に近い女性です。 私が貴方に近づくにはそれが最善であると考えました」
ヒルベルタは迷いなく言ってみせる。
臆面も無く言ってのけるその根性だけは尊敬できるレベルにあるかもしれない、本当に。
「あたしはイヤよ? 要するにアルの情報流せってことでしょ? そういうのはできる限り自分で知っていきなさいよ……」
「……そのとおり、ですね……分かりました」
「あら、普通に引き下がるのね」
意外にもあっさりと引き下がったことで少し拍子抜けしつつ安堵の表情を浮かべるクリスタ。
しかし、直後のヒルベルタの発言により、すぐに苦い表情へと帰って来ることになった。
「24時間365日ずぅっと見続ければ自ずと理解できてくるでしょう」
「うわぁ……」
事もなげにニコリと笑うヤバいエルフに、リリィの口から無意識に声が漏れる。
「ああ、ご安心ください。 ご迷惑がかからないよう気づかれない方法で……」
「分かった、分かったから。 問題無い範囲で教えるからやめたげて。 アルもそれでいいわよね?」
やや考え方に偏りのあるヒルベルタからの視線に常に晒され続けるか、信頼できる幼馴染であるクリスタから情報が洩れるのを受け入れるか……俺がどちらを選んだかは言うまでもないだろう。
「この女やっぱりヤバいっスよぅ……」
リリィの呟きに、俺は心の中で頷いた。
……あえて、訊いていなかったことが一つある。
それは、“どうやって俺の居場所を知ったのか”――
俺は彼女に……どころか、エルフ族に故郷の場所を教えたことは一度も無い。
それなのになぜヒルベルタは俺の居場所を、故郷を、知っていたのか……。
考えたくない可能性に背筋を寒くしながら、俺はすっかり冷めてしまった料理に手を伸ばした。




