24話 そういう所
「――旦那様の妻(予定)のヒルベルタでございます。 皆様、よろしくお願いいたします」
床に頭を付けた座礼を見せつける少女(少女という表現が適切であるかは疑問が残る)
それを見て、ディアナおばさん、おやっさん、リリィの三人は口をあんぐりと開ける。
なぜこのような事態に陥ってしまったのか。 説明するなら簡単だ。
衝撃の再開その後、「旦那様のご両親にお会いしたいです」というヒルベルタの要望をクリスタの独断で受け入れたことに起因する。
丁度おやっさんの店が開店前だということで、そこにディアナおばさんを呼び、従業員として居合わせたリリィも巻き込んでのドッキリビックリ“事故”紹介タイムと相成ったわけである。
「あの、せめて“予定”の部分は口に出してくれるかな?」
「はいっ! 旦那様!」
「分かってんのか本当に」
おっといけない、語気が強くなってしまった。 反省反省。 冷静さを欠いたら終わりだ。
「つ、つつつ、妻って、ど、どういうことっスか師匠!?」
「アル坊……オメーやっちまったなぁ……そんな奴だとは思わなかったぜ」
「どういうことか、説明してもらえるのよねぇ? アルくん」
針のむしろ、という表現はこういう時に使うものなのだろう。 もう冷静じゃいられなくなりそうだ。
「……お前の出番だ、クリスタ」
「押し付けないでよ……」
クリスタは眉間を押さえて頭を振る。
「……ま、あたしにも責任はあるからしょうがないか。 あたしもよく分かってないけど、説明するわ」
ありがとう……! 俺は心の中で深々とお辞儀をした。
面倒そうな顔で事のあらましを説明し始めるクリスタを、静かに深呼吸をしながら黙って聞く。
◆
「――という感じね。 分かってるのは」
所々で質問を受け、言葉に詰まりながらも説明を終えてクリスタは一息つく。
「むむむむむ……! 師匠が決めたのなら受け入れるしか……いやでも……」
「そういうことだったの……アルくんが好きで別の大陸からねぇ……」
「ガッハハハッ!! いいじゃあねェかアル坊!モテモテで羨ましい限りだぜ!!」
クリスタの説明を聞いた3人の反応の違いは大変分かりやすいものだった。
ヒルベルタに対しちょっとした敵愾心のようなものを抱き、歯噛みするリリィ。 うーんと唸り、悩まし気ながら事を飲み込んで頷くディアナおばさん。 そしてただただ茶化すおやっさん、と三者三様の反応を見せる。
「流石は旦那様のご家族様ですね。 素晴らしい理解の速さです」
ヒルベルタは優雅な微笑みの裏で鋭い視線をリリィへ向ける。
「――ただ1人を除いて」
「むっ……」
リリィが挑発に乗る形で2人は睨み合う。
「育ての親のような方が2人いるとは聞いていましたが……あなたは何者です? どうしてここにいらっしゃるので?」
「アタシはこちらのアルフレドさんの一番弟子っス! いるのはここで働いてるから! 何か文句あるっスか!?」
噛みつかんばかりの勢いのリリィに対し、ヒルベルタは余裕を崩さない。
「なるほど、よく分かりました。 一瞬ライバルかとも思いましたが、杞憂だったようですね」
「はぁ~? どういう意味っスか!?」
「そのままの意味ですよ」
小馬鹿にするようにクスリと笑うと、「話は終わった」と言わんばかりにリリィから視線を離して俺の方へ向き直るヒルベルタ。
彼女は表情を緩ませ、そのままこちらに歩み寄り、腕に抱きついてきた。
当たる当たる。 何がとは言わないが当たる。 クリスタも結構あると思っていたがレベルが違う。 これは新手の暴力行為だ。
「アルく~ん? 顔が緩んでなぁい?」
「ははは、そんなわけないじゃないですか。 俺の顔はいつもどおりですよ?」
「あらそう……? 口元が緩んでる気がするのだけど」
はははは、と愛想笑いを追加してどうにかごまかす。
……しかし、横から感じる幼馴染の鋭い視線はごまかしようがない。
「ふぅ~……なんかぁ腹減らないっすか? 俺朝ご飯まだ食べてないんすよ。 奢りますからどっか食い行きましょうよ」
「口調がおかしくなってんな……アル坊もやはり男か……」
妙にしみじみと言うおやっさんは無視して、冷たい目をする幼馴染にヘルプ要求の視線を送る、が……
「今の時間じゃやってるところなんてほとんどないでしょ」
絶対零度の瞳のまま無感情に答えるだけだ。
俺の冒険はここで終わってしまうのかと思われたその時、抱きつかれていた腕から柔らかな感触が消えた。
「では、私がお作りいたしましょう!」
そう来るか、と心で呟く。 この場からなんとなく抜け出したくて適当に言っただけだったが、朝ご飯を食べていないのは事実だ。
拘束から逃れられるというのも魅力的なのでどうにかその方向へ持っていきたい。
「おやっさん、どうです? ちょっと食材を使わせてもらえたりとか……」
「おう、構わねェぞ。 今日は午後から開けることにした」
「またそういうことを……」という目でクリスタに睨まれるもおやっさんはまるで気にした様子はない。
「モーガン殿、感謝いたします」
ヒルベルタはおやっさんと二言三言確認のやりとりをして厨房に入っていった。
「ふぅーー…………」
俺はようやっと肩の荷が下りたような気がして、長い溜息吐き、近くの椅子に体を預ける。
「なんなんスかいきなり現れてあのイヤミな感じは! エルフってのはみんなあんなんっスか!? 自分だけバカにするんならまだいいっス! アレは師匠以外みんな見下してるっスよ!?」
リリィはプンスカと不機嫌に腕をぶんぶんさせる。
「そんなに外れてるわけではないかなぁ……基本選民意識が高くて他者との間に上下関係を定めたがる傾向はある。 ヒルベルタの中じゃあ俺以外は自分より同等以下ってことなんだろう」
その中でもリリィは一番下だと思ってる……とは言わず、俺は以前訪れたエルフの森で見た高慢ちきな態度のエルフ達を思い出しながら天を仰ぐ。
視界の端にぶどうジュース(と思いたい)を傾けているディアナおばさんとおやっさんが見えた。
「……師匠はどうしてすぐ突っぱねないんスか? まさか、あの魔性の体に魅了されたとか……」
「確かにアレはそうざらにはいない資質の持ち主だけど、そういうのは関係無い。 ただ……」
「ただ?」と、最初に質問をしたリリィではなく、俺の傍の椅子に座ったクリスタが訊いてくる。
「あいつはな、エルフの森では爪弾き者だったんだ。 ……言っておくが性格云々が理由じゃないぞ。 エルフは人間全員を下に見てるやつも少なくない。 敬語を使うだけかなり礼儀正しいほうだ」
まだ見ぬエルフ達を想像して怪訝な顔をするリリィを尻目に、俺は言葉を続ける。
「さっきも言ったが、エルフってのは選民思想が強い。 だから落ちこぼれは排斥される」
エルフという種族はその大半が多彩な魔法、魔術を用いて森で生活をしている。
それ故魔法、魔術の素質を人間と比べ重要視しており、素質に恵まれない者は役立たずとして扱われるのだ。
「つまり――ヒルベルタは素質に恵まれなかったってことだな。 人間としちゃ平均の範疇でもエルフとしちゃ落第の烙印を押される」
「そんな、そのくらいで……」
言葉に詰まるリリィ。
「理解はできるんだけどな。 どうしたって生活から切り離せないものだ」
「だからって……!」
「まあ俺もつい腹立ってぶん殴っちゃったんだけどな」
「へっ?」
間の抜けた声を上げるリリィと直前まで細めていた目を驚きで丸くするクリスタ。
数秒困惑の間が空き、少しだけ早く思考が回り出したクリスタは頭を振る。
「……誰が、誰を?」
「俺が、ヒルベルタを虐めてたやつを。 ……ああ、大丈夫。 加減はした」
要らぬ心配をかけないよう付け足しておく。 殺すのは流石に俺の理性が許さない。
「それにあれだ、そのまんまにしておくのはよりヒルベルタの状況が悪くなりかねないからな。 いくつかアフターケアもしたぞ」
「……そりゃまた、こんなことになった理由が分かったわ」
「流石は師匠っス!!」
クリスタは呆れたように溜息を吐いて目頭を押さえ、リリィは嬉しそうに笑った。
「けど、森から出て俺の所に来たってことは、森にいるのはあいつにとって辛いだけだったんじゃないかな。 だからここで突っぱねたら、あいつにはもう行き場がないんじゃないかと思う」
……こう言ってしまうと、まるで俺の善行みたいになってしまうな。 もう一つ言い方を考える。
「……結局の所ヒルベルタが森から出るきっかけを作ったのは俺だ。 せめて受け皿になるくらいはしないとあまりに無責任だろ」
「そうかしらねぇ……責任感じすぎな気もするけど」
丸テーブルにぐったりと肘を付き、溜息交じりでクリスタは言う。
「ここで拒絶できるほど冷酷な人間になりたくない。 ここまで来るだけで相当苦労したと思うんだよ。 あいつはまだ17だしな」
「確かに、そうだと思います。 自分は大して遠くに行ったわけじゃないっスけど、住んでた町を1人で出るのってすごく不安で、すごく大変っスから……」
過去を思い出しながら呟くように言うリリィ。 そこには確かな説得力があった。
「ただ、あれほど俺に心酔する理由がわからないんだよなぁ……そこまでのことはしてないぞ」
「“そういう所”、じゃない?」
「……そりゃどういうことだ?」
含みを持たせた言い方をするクリスタに言葉の意図を問うが、「そういうことよ」とはぐらかされてそれ以上教えてはもらえなかった。




