23話 当然嫁入りです
「――コホン、先ほどは大変失礼いたしました」
板張りの床にめり込むのではないかというほど深々と座礼をするヒルベルタ。 気恥ずかしそうな様子の彼女に、俺とクリスタは2人、正座で向かい合う。
あの後、「ヒルベルタをを放っておくことはできない」という意見がクリスタと一致し、ある程度感情が落ち着くのを待ってから俺所有の道場へと移動したのだ。
優しい幼馴染は、朝市での買い物はキャンセルでいいとのこと。
「改めまして、私、ヒルベルタと申します。 旦那様、クリスタ様、以後お見知りおきください」
「本当に、ヒルベルタなんだな……」
ハッキリと名乗られたことにより、俺の記憶の中の“彼女”と現在の“彼女”とが繋がる……繋がらない。
そんな状態の俺に、隣に座る幼馴染は不満げな様子だ。
「ヒルベルタさんはこんなに真剣なのにまだそんなこと言うの?」
「気を悪くしたのならすまない。 疑っているわけじゃないんだ」
それくらい俺の中で混乱を起こしているのだということを分かってほしい。 いや、クリスタなら分かったうえで「そういう態度をもっと隠せ」と言いたいのかもしれない。
「クリスタ様、旦那様をお責めにならないでください! 全ては私が悪いのです!」
「うん、庇うのはいいんだけどね? こいつ結婚してませんから。 旦那様じゃないですから。 そこだけは否定させてもらうわ」
クリスタは幾分冷たい物言いで、ヒルベルタの「旦那様」発言を否定する。
俺はそこには触れたくないのでスルーという名の先送りにさせていただく。
「俺が戸惑ってた理由を言おう。 当然察してるだろうけど、俺とヒルベルタは以前会ったことがある。 ただ……前に会った時はリリィよりも背が小さかった。 もちろん顔も幼かったしな」
「……ほんとに? だとしたら分かんないのも分かるけど……」
目を丸くして見つめるクリスタに、ヒルベルタは何やら自身あり気な笑顔で応える。
「……多分だけど、あなた達が会ったのってアルが旅をしてた3年の間、よね? たった3年でアルが思い出せない……思い出しても疑っちゃうくらい変わったってこと……?」
ううんと唸り、横目でヒルベルタを観察するクリスタ。
マントを脱ぎ、露出度の高い服により露わになったその体は「デカい」としか言いようのない胸部装甲を誇っており、顔立ちも完成している。
「見た感じあたしより年上、よね……? というかあなたもしかして……」
「やはり分かりますか。 見てのとおり、私はエルフでございます」
ヒルベルタは自分の耳を指差す。 この長く尖った耳はエルフ族の特有のものだ。
「やっぱり、そうなのね……一度だけ会ったことあるわ」
クリスタは頷くと、すぐに思い当たったように手をポンと叩く。
「あっ! エルフだからちょっと人間と成長期が違うとか……」
「それは、あんまり関係ないかな。 エルフは人間より長寿だけど、若い期間がずっと長いだけでそこまでの成長速度は変わらない。 そんで、俺がヒルベルタに会ったのは2年ちょっと前だな」
「つまり……種族とか関係なくただ単に2年でそれだけ成長したってこと?」
リリィと比べるとヒルベルタは20センチほど背が高く、表情や仕草も含めた見た目年齢は10歳離れて見えると言っても過言ではないくらいだ。
これだけ違えば俺が思い出せないのも当然だと分かってもらえるだろう。
「そう驚くほどのことではないでしょう。 私が旦那様に出逢ったのは15歳の時ですから、成長期の範疇だと思います」
「へぇ、15歳――ん? 2年前で15なら今年で……17歳……!?」
驚きの表情でクリスタは息を呑む。
「俺がどうしてあんなに動揺したか完全に分かってもらえたみたいだな」
15歳の幼気な少女がたった2年の間に10年時を飛び越したような成長を遂げていた。 どうにか特徴から割り出した俺を褒めてほしいくらいだ。
ようやく感情の共有ができて嬉しく思……ってる場合ではない。 爆弾の処理はまだ終わってはいないのだ。
「……ええっと、ごめんなさいね。 その、あなたがあまりにも大人びているものだから……」
「お気になさらず。 旦那様を誘惑するのには最適な体ですので」
これだよ。 彼女の言う『旦那様』というのは俺のことだ。
既に面倒ごとの気配をプンプンとさせているヒルベルタは、怪訝な表情をするクリスタに向かって更に続ける。
「私の身も、心も、全ては旦那様に捧げたもの。 他の人間にどう思われようとまるで問題になりません」
ヒルベルタは満面の笑みでそう言った。 俺はクリスタと共に頭を抱えた。
「……なんだかフォローしたの後悔しそう」
「最後まで、最後まで話を聞こうじゃないか。 まだ焦る時間じゃない」
一先ず自分を落ち着かせる。 まだ話が噛み合っていない可能性が残されているじゃないか。 何か奇跡的な言葉選びによって波風一つ立たずに終わることだってあり得るはずだ。
「聞きたいのだけど、あなた――ヒルベルタさんはどういう理由でこの町に?」
「当然嫁入りです」
笑顔のまま、ハッキリとそう言った。
「私は、旦那様……アルフレド様に一生傍でお仕えするため、そのためだけにエルフの森から遥々この地を訪れたのですから」
俺を真っ直ぐ見て言った言葉だ。 聞き違いなどあるはずもない。
クリスタが頭を抱えるのが視界の端に映る。 見つめられていなければ俺も同じポーズをしていただろう。
「……あの、ね? あなたの気持ちは分かったわ。 けど一生仕えるってことなら嫁入りまではしなくてもいいんじゃない?」
「そのとおりです。 これは私の我が儘です、が……」
ヒルベルタは小さく息を吸う。
「……アルフレド様その意思で私をお選びになるのなら、何も問題はないでしょう?」
「…………」
ヒルベルタの自信に満ちた言葉と表情に、クリスタは目をぱちくりさせる。
「私はこの身ををもって必ずやアルフレド様の心を射止めてみせます。 その自信が私にはある」
「……なるほどね」
何かに納得した様子で頷くクリスタ。
「失礼承知で言うけど、最初はちょっと苦手な感じかと思ったわ。 でも、そうでもなかったみたい。 ……中々イイ性格してるじゃない」
「光栄でございます」
ニヤリと笑うクリスタに余裕の笑みを返すヒルベルタ。
何故だか俺が置いてけぼりになっている感じがするのは気のせいだろうか。 それならそれでもいいんじゃないかな。
「遠い目をしてる場合じゃないわよ」
「だよなぁ……しかし俺はどうすりゃいいんだ?」
「旦那様のお好きなように。 身が引き裂かれる思いですが、望まぬのなら町から出ていきましょう」
お好きなように、か……なんというか、随分と心酔されているようで居心地が悪い。
「過去に何があったか知らないけど、あんたが撒いた種でしょ? あんたの意思次第なんだから、あんたが決めなさい」
「まあそうなるよな……うーん、言いたいことは色々あるが、ヒルベルタの好きにすればいいんじゃないかと思う」
丸投げと言っていい回答だが、別に俺は適当に言ってるわけではない。 ヒルベルタが俺から離れるにしろアプローチをかけるにしろ、そこは彼女の自由だと思う。
「ただ、そのアプローチに対してどう対応するかは俺が決めることだ。 ……という感じでどうだろう?」
「何であたしを見るのよ……まあ妥当だと思うけど?」
そう言ってクリスタはヒルベルタへ「あなたはどうなの?」という視線を向ける。
「素晴らしいご判断でございます! こんな私を受け入れてくださるとは……その器の大きさ、深さ……旦那様のような方の妻になれること、大変喜ばしく思います!」
「……その、一応言っておくけどキミを妻にすることは今の所考えてないからね?」
どういうわけか、彼女の言葉では既に確定した未来かのように語られているのがちょっとした恐怖である。
「分かっております。 必ず、その気にさせて見せましょう」
頬を赤らめ、柔らかい微笑みを浮かべるエルフの少女。
それは見る者全てを恋に落としそうな笑顔だったが、俺にとっては悪魔の囁きのようだ。 理性のある狂気は恐ろしい。




