22話 今、逢いに行きます
「……遂に、辿り着いた」
――早朝のチセの町、その門の前に一つの人影があった。
全身を覆うマントに、フードを目深に被ったその人物は町を見つめ1人呟く。
「やっと貴方に逢える、そう思うだけで胸が高鳴る……」
喜びに震える覚束ない足取りで門へと歩みを進める。
「今、逢いに行きます――」
歩みと共にフードを外すと、艶のある白銀の髪と褐色の肌、そして長く尖った耳が露わになった。
「――アルフレド様」
◆
「――アル? ……アルフレドー?」
ふと前を見ると、眉を少しハの字にして俺を覗き込む幼馴染の顔が目に入る。
朝市へ向かう途中、心ここにあらずといった様子の俺を心配して声をかけてくれたのだ。
「どうしたのボーっとして」
「……大丈夫だ、気にしなくていい」
頭を振って、「問題ない」と示すと同時に渦巻いていた思考を振り払う。
「本当に? まあ体調悪いって感じじゃなさそうだけど……」
「大丈夫だよ。 強いて言うなら不満はあるが」
不満、というのは朝早く起こされて買い物に付き合わされていること……ではない。 その程度のこと、喜んで付き合おう。
「その話はもう終わったでしょ? この間のおにぎりの件はこれでチャラ。 他に何か企んでたんでしょうけど、受け取る理由ないから」
「この程度のことでチャラはやっぱりおかしいと思うんだがな。 金貨も返却されちゃったし」
俺がそう言っても「ハイハイ」と流されるだけだ。
「そんなことより、あんた珍しい顔でぼんやりしてたことのが気になるんだけど」
「あーそっち掘り返すか……」
「言えないことなら聞かないわ」
言えないというほどでもないし、言うほどのことでもない、と伝えるとクリスタは首を傾げる。
「まあなんだ、一言で言うなら“悪い予感”がする」
「悪い、予感……? どういうこと?」
問われても答える術はない。 悪い予感は悪い予感でしかなく、そして予感なんてものは基本当てにならないものだ。
ただ、その当てにならないはずの“予感”が、俺の意識を思考の渦へと容易く攫っていったことには理由がある。
その理由とは、俺自身この感覚を経験したことが何度かある、ということだ。
人間“何もない”というのが一番記憶に残らないものだと俺は考える。 良いと思ったこと、悪いと思ったこと、そういうのは思い出しやすい。 つまり、その経験を覚えているということは――
「よく当たる、ってこと?」
「……残念ながら」
頭を振って、軽く溜息を吐き頷く。
「けど、気にしててもしょうがないことではあるんだ。 当たってようが外れてようがどうしようもないからな。 起こったことに対応するしかない」
「……そうね。 いっそ多少の心構えができて良かったと見るべきじゃない?」
「ああ、俺もそうしようと思ったところだ」
幼馴染と気が合うことを再確認しつつ、朝市への道を進んでいく――と――
「……ん?」
まだまばらな人通りの道の先に、まるで立ちふさがるように立つマントを纏った人影が見えた。
女性と思しきその人影はこちらに気づいたように小さく揺れ、速足で近づいてきた。
お互いに数歩近づくと、目と目が合う。 切れ長の青い瞳が離れていても分かるほどにハッキリと揺れる――
その刹那、青い瞳が急速に接近――常人を超えるスピードでこちらに突っ込んできたのだ。
相対した俺はというと、結構のん気していた。 ナイフを振りかぶって――とかならカウンターをブチかますところだが、そのような様子はなく、敵意や悪意は一切感じない。
あれは完全に女性だな……こちらに踏み込んだ拍子にマントがはだけ、無駄に露出度の高い服から褐色の豊満ボディがよく見える。
……というかこれはどうすればいいんだ? 彼女の体勢からして俺の手前では止まれない状態だぞ?
「――ふんっ」
「のああああああああああああっ!!??」
結局そのまま受け止めるわけにもいかず、クリスタを庇うようにしつつ突進してきた褐色の女性を華麗にスルー。 女性は勢いを止めることができず、ズザーッと音を立てて10メートルほど地面を滑っていった。
「何、あれ?」
「……分からん。 悪い予感が当たったのかもしれん」
俺は突進の最中に見えた女性の容姿から記憶を辿る。
しかし、一致する女性は俺の記憶からは見つけることができなかった。
心当たりをあれやこれや探していると、倒れていた女性がガバッと素早く起き上がりその動作速度のままこちらに向き直る。
すらりとした長身で、その腰ほどまである銀色の髪……そして尖った耳。 あれはやはり――
考えていると再び目が合う。 そうして一転、フラフラとした足取りで俺の方に近づいてきた。 直前の動作からして怪我をしたわけではないだろう。
女性は、会話できる距離まで歩み寄ってくるとゆっくりと口を開く。
「アルフレド様、ようやく御逢いできました……私の旦那様……」
「はい?」
中々口に出ないトーンの声が出てしまった恥ずかしい。
何かとんでもない言葉が聞こえた気がした。 聞き間違いだと信じたい気持ちでいっぱいだ。 俺耳良いけど。
「……アル?」
隣のクリスタがジトっとした目で見てくる。
「待ってくれ、盛大な誤解だ。 何かの間違いなんだ。 なにもやましいことは無い。 俺にはお前しかいない」
「分かったから途中でふざけだすのやめなさい」
適当なことを喋っていたら徐々に落ち着きを取り戻せてきた気がする。 一先ず女性の方へ振り返り声をかけることにした。
「……すみません、どなたでしょうか?」
「……っ! やはり、覚えてはいただけません、でしたか……」
瞳を潤ませ、俯く女性の様子に罪悪感が湧き上がってくる。
「アル? あんた本当に心当たりないの?」
眉をつり上げる幼馴染に、俺は肩を竦める。 言うべきか言わざるべきか……実はか細い可能性に思い当たった所ではある。
「そうだな……」
……仕方ない、疑念を胸にしまったままでは解決しないのは確かだ。 信じがたい可能性ではあるもののこの女性に問うほかない。
「……もしかするともしかするかもしれないから聞くんだが、ヒルベルタ、か……?」
「――っ!!」
俺が口にした名に女性は露骨に反応を示す。 視線を上げ目からは涙が溢れ出した。
「あぁ……覚えていてくださったのですね……」
――マジか。 そう驚いていたのも束の間、褐色の女性――ヒルベルタは俺に体を預けるように抱きついてきた。
さっきの突進よりもずっと遅いのに、避けられない。
「グスッ……ヒック……御逢い出来て、本当によかった……」
俺は胸の中ですすり泣くヒルベルタに何もできない。 事情も知らないクリスタが戸惑いながら彼女の背中をさするのを、ただ眺めて固まっていた。




