21話 おにぎりを1つ貰ったからだ
俺は駆け寄ってくるリリィに軽く頭を下げて詫びると、クリスタから受け取った包みを取り出して差し出す。
「早速食おう。 俺1人じゃキツいから手伝ってくれ」
「へっ……?」
当惑しているリリィと共に道場内に入る――おっと、土足禁止だったな。 靴を脱ぐのを忘れない。
中に入り、奥の部屋に椅子とテーブルくらい用意しておくべきかなと思いつつ仕様がないので壁に寄りかかって座った。
リリィも遠慮がちにその隣に座って、俺を見上げて言葉を待つ。
そんな少女を尻目に俺はクリスタに貰った大きな包みを解く。 中には大皿2枚で挟むようにして小さめのおにぎりが10個ほど入っていた。
「……そうか、丁度いい箱とかが無かったんだな」
考えたな、と感心すると同時に申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。 多分「気にするな」と言われるだろうが。
「おおー多いっスね……」
「実はクリスタがお前のぶんも作ってくれたんだ。 食ってくれ」
「あ、そうなんスか?」
「んで替わりにお前のを一個くれ」
「へっ?」
間の抜けた声を上げるリリィ。
「い、いやー自分のは先輩のに比べたら全然おいしくないっスから……」
「え~トレードしようぜトレード」
「なんなんスかその感じ……うーん、おいしくなくても知らないっスよ?」
リリィは妙なテンションの俺に困ったような笑みを浮かべながら肩掛け鞄を探る。
「わーい、俺女の子の握ったおにぎりだーい好き」
「……もしかして変な物でも食べたっスか?」
両手でサムズアップをして更におどけて見せるとリリィが少し心配そうな顔をして覗き込んできた。
いや、と言いながら差し出されたおにぎりを受け取る。
「まあ、なんだ、俺は表情筋が驚くほど硬いから真面目だと思われがちなんだが、そんなことはなくこういうふざけたことを平気でする人間なんだ。 そう背筋伸ばしてばっかりじゃなくて気楽に接してくれよ、ってところかな」
俺はそもそも畏まる必要のある人間ではない。 最低限人として礼儀を持っていればなんならタメ口でもいいくらいだと思っている。
思いながら貰ったおにぎりを一口かじる。 程よい塩気と共に硬めの米の触感を感じる。 もしかしたら米は冷めた方が好きかもしれない。
「あ、自分、気を使わせちゃったでしょうか……」
「これは俺が悪い。 もっと優しい顔とかふざけた顔できれば伝わりやすいんだがこればかりは難しくてな」
「いやいや! これは自分がまだまだ未熟だからっス!」
ぶんぶんと首を振って、リリィは両手を握り締める。
「前にも言ったとおり、一番弟子としては言われなくとも動けるように……そう、クリスタ先輩みたいになるのが自分の理想っス!」
「あれはあれでちょっとおかしいと思うんだけどな」
ポーカーフェイスと言われる俺が隠そうとしても容易く見抜いてくるのはちょっとした恐怖である。 それで助かっていることの方が多いので何も言えないが。
「お前みたいに物凄い慕ってくれてるやつがああなったら俺は本格的にダメになりそうだ。 今ですら相当なのに」
「ダメだなんて少しも思わないっスけどねぇ……」
本気でそう思ってそうな顔でリリィは自分のおにぎりを一口食べる。
「こっちも食べろ。 いくらでも食べていいぞ」
「ハイっス。 ……あ、やっぱりおいしい。 先輩の作るものは何でもおいしいっスよね~」
「それには同意だが。 そんなに違うもんか」
小さめのおにぎりを一つ取って食べてみる。 まだほんのりと温かく、リリィのものと比べると柔らかく握られているのが分かる。
「んー……確かにウマい。 冷めてないこと除いても違いはあるな」
「でしょうっ? 先輩は料理も上手なんスけどほかの仕事もテキパキこなすし、ほんと憧れるっス!」
リリィはなんだか誇らしげだ。 クリスタをそれほど慕ってもらえるのは幼馴染としても大変喜ばしい。
「でも俺はお前のが好きだな」
「――っ!!?? ……ゲホっ!ゴホっ!!」
「んっ……! ハァッ……! ハァ…ハァ……」
「おお、おお、大丈夫か?」
突然咽始めたリリィに驚きつつ背中をさすってやる。 どうやら米を吹き出すのは耐えたようだ。
「あ、ありがとうござます……って、今の、どういう……」
「ん? …………ああ、“おにぎりが”な。 すまん」
これは確かに誤解を与える表現だったと猛省する。 幼い頃からの悪癖は中々直らない。
「……あ、ああ~そういう……いや、それはそれで嬉し恥ずかしいというか……」
リリィ耳まで赤くして俯き、もごもごと小さな声で言う。
「本当にすまん。 今のは言葉が足りなかった」
「心臓に悪いっスよぅ……」
こちらを横目で見ながら顔を隠すようにおにぎりを食べるリリィに、俺は「好きなのは間違いないけどな」という言葉を飲み込んだ。
クリスタになら言うけどリリィ相手にこの言葉選びは、ちょっと危ない。
その後も取り留めの無い話をぽつぽつと挟みながら、2人でおにぎりを完食した。
「――ごちそうさま」
「ごちそうさまでした! ……ふぅ流石にちょっとお腹が苦しいっス」
気持ち膨らんだ腹をさすりながらリリィは一息つく。
「じゃあ改めて――おにぎり美味かったよ、ありがとう。 お礼に今度メシでも奢らせてくれ」
「いえいえ……って――んんっ? な、なんでそうなるんスか!?」
「おにぎりを1つ貰ったからだ」
リリィは「いやいやいや」と首を振る。
「……俺の周りの人達は人が良すぎる。 なにか理由付けないと金貨1枚受け取ってくれない。 俺は別に、生活費以外の物は全部クリスタとかディアナおばさんとかおやっさんに渡しても構わないのに」
「そりゃそうですよ! 何もなしに貰うなんて悪いっス……」
まあ俺だってそうだけど。 ……と言うとリリィは困惑を深めている。
「師匠はとにかく欲が無さすぎると思います。 今やってることほとんど利益なんて出てないでしょう?」
「出てる出てる。 ……というか利益になることしかしてない」
確かに金銭的には大赤字だが、金なんて最低限生きていけるぶんあればそれでいい。
「俺の思う利益は――俺の満足、俺の納得、それだけだ。 つまりあれだな、俺は俺の為だけに生きてるってことさ」
「そうやって聞くともの凄く自分勝手な人に聞こえますけど……やってることはほぼ人助けでは?」
俺はうーんと唸る。 他人からしてみると俺の考え方は理解しがたいものがある。 それは分かっている。
しかしそれを真剣に理解してもらおうと思ったことがないので説明が難しい。 弟子の質問にはなるべく真摯に答えなければならないという義務感との戦いだなこれは。
「……どんな考え方にしろ、自分からすれば師匠は最高の師匠っス」
俺が言葉に詰まっていると、リリィは察したようにゆっくりと口を開く。
「自分の頭じゃ師匠の考え方は理解できないっスけど、師匠が大恩人ってことは変わらないし、尊敬する師匠ってことも変わらないっス!」
そう言いきった後、「と言うことでどうでしょう……?」とリリィは照れたように笑う。
「……そうだな、お前がそれでいいならそれで充分だ」
「……っ!?」
頷くと、リリィはなぜか驚き顔で俺を見上げている。
「どうした、そんなに驚いて。 俺があまりにカッコよくて見惚れてたか?」
「師匠はいつも見惚れるくらいカッコイイっスからそこでは驚きませんけど……」
ツッコミがないと俺がものすごい自惚れてるみたいじゃないか? ツッコミのないボケは寂しいものだ。
「……じゃあ、なんだ?」
「今すごい笑ってたな、と。 前に見たのよりハッキリ分かったっス」
「そんなに笑ってたか」
手で頬を軽く揉む。
笑っている自覚はあったが、目に見えて口角が上がってたとは思わなかったな。
「ま、俺だって人間だからな。 笑いもするし泣きもする。 手痛い失敗だって一度や二度じゃあない」
「師匠にも大きな失敗をすることがあるんスか?」
「そりゃある。 飲みの席で語れば爆笑間違いなしの失敗談から恥ずかしくて語れないような黒歴史までより取り見取りだ」
少しだけ話を盛ってそう言うと、リリィは興味深々な様子を隠して「へぇー……」と呟いた。
「……聞きたいなら、今度暇持てあました時にでもとっておきの失敗談を聞かせてやる」
「あっ……ハイ、その、別に師匠の失敗に興味があるとかではなく、師匠の昔のお話なら何でも聞きたいと思ってて……」
「分かってるって」
動揺して早口になるリリィを落ち着かせて、訓練用の木剣を持たせる。
「今はそれより、訓練の続きだ。 次はいくつか型を覚えてもらう」
「ハイ! 了解っス!」




