20話 お前のためなら何でもしてやる
俺は購入したての我が道場を跳び出し、屋根から屋根へ、常人では捉えられない速度で駆け抜ける。
いくつかの屋根を跳び越えたところで、古びた木造の建物が見えた。
「……よし」
古びた建物――おやっさんの酒場の前に下り、微妙に建付けの悪い扉を開けて中に入る。
昼時にもかかわらず中にいた客のうち、何人かがこちらをチラリと見た。
それからほんの少し遅れておやっさんが俺に気づき、磨いていたグラスをテーブルに置いて意外そうな顔で俺を迎えた。
「おうおう、アル坊じゃねェか! どうした?真っ昼間から酒か? こりゃ悪い大人になったもんだ!」
「ハッハッ! 客の目の前でヒデー言いようだな店長」
「テメェもテメェも、碌な人間じゃあねェだろが。 んでどうしたアル坊?」
出来上がっている客の絡みをさらりとかわして、おやっさんは幾分真剣な目で俺を見る。
「クリスタいます?」
「おう、いるぞ! ギリギリだったな! おーいっ!!クリスタァ!?」
おやっさんはやや過剰な大声で店の奥にいるであろうクリスタを呼びつける。
その数秒後、我が幼馴染が見慣れたむくれ顔でどかどかと歩いて来た。
「ちょっと店長! あなたまた在庫管理票に適当な――って、アル!? あんたなんでここにいんの!?」
「やあ、怒ってる顔も素敵だね」
「……何? 頼みがあるってこと?」
怪訝な表情で俺の言葉の裏を正確に読み取ってみせる。
すごいな、我が幼馴染は超能力者か? その読みの鋭さには感服である。
「あんたのお世辞は分かりやすいのよ……本気なのも分かりやすいけど」
ポツリと言い、口を尖らせるクリスタ。
「怒ってても素敵だと思ってるのは本当だよ」
「んぐっ……!」
「それより、頼みを聞いてくれないか?」
「よくそのまま話続けられるわね……で?なによっ?」
ムスッとした顔を作ってクリスタは腰に手を当てる。
「おにぎりを握ってほしいんだ」
「はぁ? おにぎり……? あんたお米好きだったっけ?」
「いや、あんまり」
クリスタが梯子を外されたようにずっこける。 視界の端でおやっさんも同じ動きをしているのが見えた。
なんとなく風味がさほど美味しいとは思えないのだから仕方ない。 味付けを少し濃くすれば平気だが、俺は濃い味が好きではない。 八方塞がりとはこのことか。
「じゃなんでよ……あたしもう上がるとこなんだけど?」
「リリィに食べさせてやりたくて……」
「はっ? なにあの子……また食べてないの?」
“また”とは聞き逃せない言葉だな。 この問題もおにぎりと一緒にテイクアウトさせてもらおう。
「……ま、これは直接聞きなさい。 で、何が何だか分かんないけど、リリィのご飯が無いってことでいいの?」
「そういうことになる」
「嘘ね」
明確に嘘を吐いたとたん見破られるというこの察しの良さ……まさか嘘を見抜く能力に目覚めたのか?
「だって最初から怪しいと思ってたし。 そんな能力もってなくてもずっと見てれば分かるわよ」
「……ということは、おにぎりは無しか?」
「ちゃんと理由を説明するなら別だけど?」
クリスタはそう言って俺の答えを待つ。
……さてどうしよう。 彼女を納得させられるだけの理由は実のところ無い。 嘘は絶対に見破られる。 上手く伝えるべき部分とそうでない部分を考える必要があるな――
「理由……弟子との親交を深めようかな、と」
「ふぅん?」
半分納得、といった様子のクリスタに、もう一押しとばかりに仕掛ける。
両肩を優しく掴んで少しだけ引き寄せ、真っ直ぐそのエメラルドのような瞳を見つめる。
「んんっ……!?」
「頼む、クリスタ。 お前しか頼めないことなんだ」
エメラルドの瞳が揺れ、頬に赤みがさす。
確かな手応えに、俺は小さく息を吸う。
「……俺にはお前しかいな――んぶっ」
「っ!?」
俺は胸から押し寄せてくる奇妙な感覚に耐え切れず咽ると、クリスタから手を離し、近くの椅子に座り込んで両手で顔を覆う。
「……自分で言ってて恥ずかしくなっちゃったなアル坊」
その通りである。 顔が熱い。
呆れたように笑うおやっさんの顔が目を塞いでいても分かる。
「あんたの恥ずかしがるラインが未だに分かんないわ……」
クリスタは溜息交じりにそういうと、俺の顔を覆った手をピシッとはたく。
「すぐ作ってくるから待ってなさい」
少し早口にそういうと、赤い顔の幼馴染は店の奥に消えていった。
「……なんだかんだ、俺の勝ちってことでいいですか?」
「ダメ男っぷりも上がったなぁアル坊。 恥ずかしがってただけマシだが」
「相変わらず押しに弱そうなままだったからいけるかな、と……」
まあ、結果後悔したわけだが。 ……ん? ダメージ負った俺の負けかこれは?
「クリスタちゃんは押したらヤれるってマジ?」
「えぇ~? 俺なんか何っ回も口説いてるけど全然だぜ?」
周りの会話を聞く余裕ができたことで、俺の耳は聞き捨てならない会話を拾う。
「おやっさん、あの人達つまみ出してもいいですか?」
「いつものことだ。 ほっとけほっとけ」
グラスを磨く作業に戻っていたおやっさんは、俺の提案に首を振る。
いつものこと……まあ予想できたことではある。 あまり品の良い人間が集まる場ではないのは知っていた。 しかし実際に目の当たりにするとどうにも落ち着かないものだ。
しばらくボーっと考えていると、おやっさんが一通りグラスを磨き終わり手持ち無沙汰になったのか話しかけてきた。
「しかしオメー、ちゃんとリリィの面倒見てくれてるみたいじゃねェか? 今んとこどんなもんだ」
「大きく変わるほどのことはまだしてないですよ。 今後に期待、としか言えません」
「そうかい。 んで、その期待度ってのはどんなもんなんだ?」
おやっさんは少しカウンターから身を乗り出して期待の眼差しを俺に向ける。
「……身体能力や魔術的な素質に関しては、多分おやっさんの想像通りだと思います」
「……そうか」
神妙な顔つきで目を伏せるおやっさんに、俺は「けど」と続ける。
「おやっさんの想像よりずっと強くなりますよ、絶対にね」
「……そうか! そりゃあ楽しみだ!」
おやっさんはニカッと笑って磨き終わったグラスを俺の前にドンと置く。
「いい気分だ! ちょっと飲んでけアル坊!」
「いやそれは……」
「だめよ店長!」
断りを入れようとしたところで、クリスタが現れた。 助かる。
「ほら、握ってあげたわよ。 持ってきなさい」
「おお、ありがとう」
手渡された大きな布の包みはずっしりとした重みがある。 おそらく2人分作ったなこれは。
有効につかわせていただきます、という旨を伝えると「はいはい」と流された。
「……ところでクリスタ、お前店で口説かれたりとかしてるそうだな」
「ん? あー……まあ、冗談でね。 ここの店女の子あたしとリリィくらいしかいないからね。 消去法であたしに来るでしょ。 リリィに行くのは、ちょっと年齢的な趣味が危ない人くらいよ」
「冗談……? 消去法……?」
なんてことなさそうにそう言うクリスタの肩を掴む。
「ひゃっ!?」
「お前自分の魅力が分かってないのか? そんな無警戒じゃ駄目だ。 そんなんじゃその内大変なことになるぞ?」
「ちょ……! なになにっ!? 辞めろとか言うつもりじゃないでしょうね!?」
クリスタは眉をつり上げながら手を払おうをするが、俺はその手を離さない。
「そうは言わない、選ぶのはクリスタだ。 ただ……」
「ただ?」
俺は不服そうに唇を尖らせる幼馴染の瞳を見つめる。
「何かあったらすぐに言え。 お前のためなら何でもしてやる」
「んぐぅっ……!」
クリスタは真っ赤な顔で口を結び、喉の奥から言葉にならない声を出す。
「……それを恥ずかしく思わないのが分からないわ……」
数秒目を閉じ黙り込んだ後、大きなため息を吐きそう呟いた。
「……はいはい了解。 何かあったらね」
「いつでも言ってくれ」
俺の取り柄は腕っぷしくらいしかないからな。 いざとなったら矢面に立つくらいのことはするさ。
「まーまーウチでそう何かあるこたぁないさ。 俺でもそこまで適当にはしねェよ」
「信じたいけど、信じきれない自分がいますね」
「何!? 俺ぁ悲しいぜアル坊!」
おやっさんは大げさに悲しんでみせ、すぐに真剣な顔を作った。
「……ま、何かあったらディアナにぶっ飛ばされっからな。 そこだけは手ェ抜けねェよ」
「ああ、それはそうですね。 だったら信じられるかも」
普段おっとりしている人ほど怒らせると怖いという法則はよく聞くが、ディアナおばさんは見事にそれに当てはまっている人物と言える。
俺が出会ってきた大人たちの中じゃ、間違いなく一番怖い。 どう怖いかは、正直思い出したくもないので説明は割愛させていただこう。
「そんなわけであたしの心配はいいから、さっさと行きなさい。 リリィ待たせてるんでしょ?」
「おう、手間取らせて悪かったな。 それと――自警団の件、ありがとう。 この件も含めて、埋め合わせは必ずするよ。 約束だ」
俺の言葉にクリスタは少し目を見開いて驚きを示すと、やれやれというように首を振った。
「別に、いいわよ。 相当高価な物貰っちゃったしね」
そう言って右手をひらひらさせて指輪を俺に見せるようにしてふっと笑う。
「そんな物じゃお前には返せないよ。 ともかく楽しみにしててくれ。 俺は嘘は吐くが約束は守る」
「……ホントにいいんだけど、どうせ聞かないし楽しみにしとくわ」
微笑むクリスタと、磨き終わったグラスを片すおやっさんに別れの挨拶をして、代金に金貨を1枚置いて店を出る。
「はっ? ちょっと払い過ぎ――」
呼び止めようとする声を振りきって、来た道を急ぎ足で戻り、我が道場の前に立つと――
「――あ、師匠!」
入り口前の階段に暇そうに座り込んでいたリリィと目が合った。
「すまん、遅くなったな」




