19話 紅剣部隊
「――さて、この間教えたことは覚えてるか?」
「えーっと……その、大体は……」
訓練用の木剣を持って自信なさげに言うリリィに、俺は「気にするな」と言ってやる。
「一回で全部覚えて理解できるんなら、指導者なんてこの世にいらない。 俺が見せた戦い方はなんとなく覚えてるか?」
「ハ、ハイっ! ……再現できるかと言われるとムリっスけど」
「そりゃそうだ。 あれができればもう王都行って騎士試験受けるだけになる」
「簡単に勝っちゃったから分かんなかったんスけど、あのバンダナの男ってそんなに強いんスか?」
リリィは首をかしげながら「師匠が強かったようにしか見えなかった」と付け足した。
「冒険者は実績に応じてランク付けされる。 一番下はDランク、一部例外を除いて一番上はAランクだ。 つまり――」
「――アイツは、Bって言って……つまり、上から2番目……ってことっスか!?」
俺の次の言葉を察してリリィは驚きの声を上げる。
「そういうことだ。 ……まあ多分それなりに強い仲間がいて、その協力者としてコツコツ実績積んだタイプだろうけどな。 昇格したてで調子に乗っちゃってたのかな」
「ああ~それなら何となくイメージできるっス」
納得したようにうんうんと頷くリリィ。
やはり人格がアレだと実力的にも舐められてしまうのだろう。 少し釘を刺しておいた方がいいかもしれない。
「でも腕前だけでもCの上の方くらいあると思うぞ」
「じゃあ、ああ見えて本当に結構すごいんスね……」
「そうだな。 だから人格や見た目は戦闘能力には関係無いと思え。 どんな相手でも油断すると死ぬ――ってのは極端かもだが、それくらいの気持ちでいろ」
「……ハイ。 師匠の言うとおりっス。 これからは肝に銘じるっス!!」
リリィはハッとして背筋を正す。 素直なのはいい事だ。
「……しかし、Bランクは余裕で食っていける肩書だったのに、あんなことしなけりゃな。 多分大きな町の冒険者ギルドで正式に降格させられるはずだ。 ちょっと悪いことした気分だな」
「それは、絶対に違います! 師匠は正しいことをしたっス!」
真剣に見つめてくるリリィの眼差しに、俺はなんだか自分が情けなくなった。
「……ま、あいつの自業自得といえばそうなんだろうな。 そんなことより、稽古といこう」
「ハイっ!!」
本当に嬉しそうな顔で、リリィは大きな返事をした。
「まずは、この間見せたお前の目指すべき戦い方の詳しい説明から始めよう」
具体的に言うと――と木剣を両手で中段に構えてリリィに見せる。
「剣を両手で持って、捌きと返しの技で敵のパワーを受け流して戦うスタイルだな」
「防御重視……みたいなことっスか?」
「半分当たりだ。 その防御寄り戦法の中でも、より動きの正確性と精密性が求められるテクニックタイプだな」
手でくるくると剣を回して弄びながらそう説明してやると、リリィは自信なさげに眉をハの字した。
「テクニック……? 正確性とか言われるとあんまり自信無いっス……それに両手で剣を持つってことは、盾は持てないってことっスよね? 森で狼と戦った時のことを考えると、盾が無くなるのは厳しい気が……」
「確かに、現時点では実戦だと盾は必須だ。 けど将来的に見るなら捨てた方がいいと俺は思う」
「むう?」と疑問符を頭に浮かべているリリィに、おれは指を2本立てて見せる。
「大きな理由は二つ。 一つ目は腕力が足りないこと」
「うーん……腕力……確かに力はあんまり自信無いっスね……」
「もう一つは、これも腕力に繋がることなんだが、盾があると攻め手が限られることだな」
「攻め手……?」
リリィは先ほどより大きな疑問符を浮かべている。
「盾でガードしたままだと腕の可動域が狭くなるから剣はどうしても振りにくくなる。 反撃のパターンが限られてしまうんだ」
「あー……確かに構えたまんまだとこう……とか、こうとかしか剣は振れないかもっス」
盾を想定した動きをして見せてうんうんと頷くリリィだったが、何かに気づいたように「ん?」と言って、こちらに向き直った。
「……でも、自分としては最悪時間稼ぎさえできればいい、と思うんですけど……」
「いや、防御一辺倒じゃダメなんだ。 例えば防御だけして反撃してこない相手がいたとして、お前ならどうする?」
「えっと、反撃が無いならガンガン攻めて――あっ」
「そう、そういうことだ。 よく理解できてるな」
ハッとしたリリィを見て俺はほくそ笑む。
「反撃が無いのがバレたら相手はより余裕を持って攻めてくるんだ。 力で押されたら相手に余裕がある分こっちは苦しくなる。 結局、自力がなきゃ押し込まれるだけになるわけだ。 防御だけ磨いても時間稼ぎは難しい」
「ムムムムム……あ、でも、輝石使って鍛えれば力はなんとか……」
「残念ながらならない。 輝石があっても無制限に伸びるわけじゃないからな。 どこかで限界くる」
残酷なようだが、ここでハッキリ言っておいた方がいい。 俺は小さく息を吸い込む。
「俺の見立てじゃ、多分お前の身体能力の上限は高くない」
「――っ」
リリィの瞳が揺れる。
その内言わなければならなかったことだ、と、俺は自分に言い訳をしながら話を続ける。
「……盾を持つスタイルは短期間でも安定させられるけど、片手でも相手が脅威に感じる反撃ができないと“上”に行くほど厳しくなる」
「“上”、っスか……?」
大きな目を少し細めて俺を見上げるリリィ。
「そうだ。 ただ『騎士になる』ってだけなら、今のまま盾を持ってガチガチに固めるスタイルの方が早い。 けど、その先――お前がもっと“上”に行くには限界があると俺は思う」
「……つまり、師匠は自分が騎士になった後のことを考えてくれてるんスね」
「そうとも言えるが、少し違う。 シュラハトには上級騎士がいるってのは知ってるな?」
「もちろんっス! 四天将直属――『紅剣』、『碧杖』、『銀盾』、『黒衣』の4つの精鋭部隊っスね!! その部隊に所属している騎士だけが上級騎士と呼ばれます!!」
リリィは急に瞳をキラキラ輝かせて、少し早口気味に答えた。
「そう、それだ。 お前にはその内の1つ、紅剣部隊に入隊することを目標にしてもらう」
「こ、紅剣んんっ!? 紅剣といえば王国最強の騎士『雷轟のサイデリア』が率いるバリバリの白兵戦部隊じゃないですか!? 自分がそんなところに……!?」
「いや、むしろ紅剣意外の方が厳しいぞ?」
紅剣はリリィが言ったとおりの白兵部隊で、碧杖は魔術主体の遠距離攻撃部隊。 銀盾も碧杖と同じく魔術主体だが、こちらは防御と支援を得意とする特殊な部隊となっている。 そして黒衣の役割は偵察、遠距離からの支援攻撃――裏仕事として暗殺、サイレントキル。
この中で、どれに適正があるのかと考えれば――
「……確かに、紅剣くらいしかできそうにないっス……」
「教える俺の目線でも、俺は魔術あんまり得意じゃないから碧杖は無理。 暗殺経験は無いから黒衣も教えられないし、銀盾は入隊条件が厳しすぎる……ってことで消去法で紅剣になるな」
「うーんでも確か……」とリリィは眉間に人差し指を押し付けながら言う。
「普通の騎士はみんな流派というか、決まった武器で決まった戦い方をするもんっスよね?」
「ああ、基本はシュラハト伝統の実戦剣術や槍術だな。 普通は全員これを学ぶ。 お前が武装に剣と盾を選んだのは前に見た騎士が使ってたからだろ?」
確か1年前にヴェーク村に来た者の多くは普通の騎士だったはずだ。 彼女の記憶にある騎士のイメージはおそらくそれしかない。
「ハイ、そのとおりっス。 それが普通の騎士なんだったら、やっぱり今のままの方がいい気が……」
「“ただの騎士”になれるだけのシュラハト流は教えられなくもない。 けど、ただなれただけで満足するのは違うよな?」
「――っ」
リリィは俺の言葉に目を見開いた後、大きく頷いた。
「……ハイ。 自分の夢は村のみんなに胸を張れる立派な騎士になることです。 騎士の肩書だけで満足なんてできないっス」
「いい夢だ、それでこそ協力のしがいがある」
(俺としては)満面の笑みでそう言って、すぐに真剣な表情を作る。
「なら、今からその為の訓練を積むべきだ。 騎士になれるくらい強くなってからスタイルをガラッと変えるのは難しい」
何年も盾ありきの戦い方をしていれば、そのぶんだけ切り替えてから慣れるまでに時間を要する。
戦闘スタイルを変えるなら、これが最後のチャンスなのだ。
「……今のままでは限界があって、師匠の言う戦い方ならそれを越えられる、と……」
「リスクはあるし、絶対じゃない。 どっちを選んでも、お前なら騎士になれるはずだ。 その上で俺を信じてくれるなら、盾を捨てる決意をしてくれ」
……これはあくまで俺の予想でしかない。 自分で選んだ戦い方を極めたいというのは当然のこと――
「わかりました! 師匠の言うとおりにするっス!」
リリィは迷う暇もなく、そう即答した。
「……あっさりだな」
「師匠のことは誰より信じてます、誰より尊敬してます。 最初っから師匠の言うとおりにするつもりだったんス」
「でも」とリリィは言葉を続ける。
「自分は師匠のことが大好き過ぎるので、多分何でも言うことを聞いちゃうと思うんです。 だからこそ、疑問に思うように、というか……ええっと……」
言葉を必死に探すように、途切れ途切れに話すリリィ。 俺は邪魔をしないように黙ったままそれを聞く。
「“考える”ように、したんです。 師匠がこの間言ってたように」
「……なるほど」
「……あっ! 師匠が間違ったことを言うかもとか、そういうことではなく! 自分の中でちゃんと理屈を理解できるようにというか……」
「分かってるよ」
意識したわけではないが、幾分優しい声が口から滑り落ちた。
「とにかく、ちゃんと自分なりに理解して、ちゃんと決めました! その、口答えして申し訳ありません!」
「……いや、いい。 納得できるまで聞くのは大事だ。 これからも疑問に思ったことはガンガン言ってくれ」
滑り落ちてくるままにそう言ってやると、リリィの表情はパッと明るくなった。
「じゃあ、早速いいっスか?」
「もちろん」
「紅剣部隊に入隊を目指すのはいいとして、師匠の教える剣術でも入隊って許されるもんっスか?」
当然の疑問である。 その疑問にたいしての回答は既に想定していた。
「紅剣は隊長のサイデリアさんの意向でかなり自由度が高い。 強ければどんなスタイルでもOKだ。 だから今後の目標は紅剣部隊に直接入隊することになる」
「聞いたことはありましたけど、本当にそんな感じなんスね……正直あんまり信用してなかったっス」
流石に騎士を目標としているだけに既に聞いたことがあったか。 確かに、あの人の逸話は信じ難いものばかりだからな。
「分かりました。 では、このまま指導の続きをお願いします!」
「……ちょっと時間使い過ぎたな。 続きは昼を食ってからにしよう」
「……あ。 ご、ごめんなさい! 自分のせいで……!」
「有意義な時間だったし気にするな」
ペコペコと頭を下げるのをやめさせて俺は出口を指差す。
「それよりメシ行こう。 なんか食いたいものあるか?」
「あっ……一緒に行きたいっスけど、自分、おむすび持ってきてるので……」
「おむすび……ああ、おにぎりか。 自分で作ったのか?」
「ハイ、自分で握ったっスけど」
なるほど、と呟いて、俺は出口に歩いて行き靴を履いた。
「師匠……?」
「すまん、食うの10分待てるか?」
「……へ? は、ハイ……平気っス」
「よし、ありがとう。 ちょっと待っててくれ」
困惑した様子のリリィを置いて、俺は全力で駆けだした――




