18話 よそ見じゃなくて、“誘い”だ
「ゴメス、訓練用の武器をくれ。 彼のは剣でいい」
「ああ」
フェリクスはゴメスというらしい色黒の大男から木製の剣と槍を受け取り、俺に剣の方を手渡して部屋の真ん中に歩いて行く。
それに付いて俺も移動すると、団員達は何も言わずに道を開け、隅の方へ集まってくれた。
部屋の中心で、3m程距離をとってフェリクスと向き合う形になる。
「使い慣れた形ではないかもしれないが、我慢してくれ」
「……いや、丁度いい長さと重さだよ。 問題ない」
軽く手首を返したりして感触を確かめる。
ウンディーネより短くかつ重たいが、ごく一般的な剣に似せてあるのだろう、それほど違和感は無い。
「――さて、勝負は先に有効打を当てた方の勝ちの一本勝負だ。 いいな?」
了解した、と頷く。
「もちろん手加減はしないぞ? 全力でいかせてもらう」
「いやいや、お前が本気出すと下手したらここぶっ壊れるぞ?」
「そうか、なら配慮したうえでの全力にしよう。 お手柔らかに頼む」
フェリクスは不敵に微笑んだまま木槍を構える。
槍というには刃を意識しておらず、棒術のような構えだ。
「こちらこそ。 ……さ、やろうか」
「ゴメス、合図を頼む」
「ああ、分かった」
ゴメスさんは隅に並ぶ団員達から抜け出し、一歩こちらに近づいて俺とフェリクスとを交互に見る。
「準備はよろしいな? では――始めッ!!」
「――フンッ!!!」
開始の合図と同時にフェリクスがこちらに踏み込み、力任せに横薙ぎに槍を振るってきた。
……ここは俺の実力を自警団の皆さんに見せなければならない場面だ。 とるべき行動は――真っ向から受け止めること!
カァンッ!!!! ――と広い部屋に高い音が響く。
それから数秒間、この場の時が止まったかのように静かになった。
「…………団長の攻撃を、正面から受け止めた……!?」
誰かが呟いた一言を皮切りに、団員達がざわつき始めた。
「ウソだろ……!? あの馬鹿力を……!?」
「それも涼しい顔で……」
旗色がはっきりと変わった。 このくらいでいいんじゃないか、とフェリクスに目配せをする。
通じたかは不明だが、彼は一歩後ろに下がり――
「流石だな……だがまだ一本じゃあない。 まだまだいくぞ!」
――槍を構え直した。 通じないよなそりゃ。
「せああああああああッ!!」
力任せに振るわれる槍の乱舞を受け止め、捌き、跳ね返す。
フェリクスはパワーもスピードも一級品だ。 難しい技術抜きでも相当強い。 周りに影響を与えないように戦うとなると、やはり苦戦を強いられるな。
「す、すげぇ……」
「な、何をやってるのかすらよく分からんぞ……」
「流石師匠っ! 団長の攻撃にも余裕で対応してるっス!!」
いつの間にやら出てきていたリリィが嬉しそうな顔で身を乗り出している。
「よそ見は――危ないぞッ!!」
俺が視線をリリィへ向けたその瞬間、フェリクスは渾身の一閃を放つ。
剣と槍とが強くぶつかる音が再び部屋に響く。
「――悪いな、よそ見じゃなくて、“誘い”だ」
俺はフェリクスの一撃を受け流し、その首筋に木剣を突き付けていた。
「……参った。 流石だな、アルフレド」
フェリクスはほんの少し悔しさを滲ませた笑顔で槍を下げた。
「うおお……マジで団長に勝っちまったぞ!」
「まさかこれ程とは……」
「師匠~! 素敵すぎるっス~……!」
部屋はリリィを含む自警団員達の称賛の声に包まれる。 なんともむず痒い。
「やれやれ、差を埋めるどころか完全に引き離されてるな……」
「一応戦闘漬けの毎日だったからな、腕っぷしくらいは勝ててないとどうしようもない」
「それもそうか……っと、手合わせありがとう。 また相手してくれたら嬉しい」
「ああ、こちらこそ。 ……ありがとな」
「いやいや」
ニッと笑うフェリクスと握手を交わし、まだざわざわしている団員達へ向き直る。
「……というわけで、彼の腕前の程は皆にも分かってもらえたと思う。 しかし彼の本当の実力はこんなものではないぞ? なあ、アルフレド」
「うーん……まあ、そうっすねぇ」
「まだまだ半分どころか10分の1の力も出していない……だそうだ」
「言ってない言ってない」
ぶんぶんと手を振って否定するが自警団の皆さんはあまり聞いていないようで、「スゲー」だの「とんでもないな」だの「カッコイイっス」だの言っている。
「……まあ、ハイ、そんなにすごい人間ではないですがとりあえずよろしくお願いします。 あと、俺のことはあんまり言いふらさないでください。 尾ひれ付いて広まりそうなので」
「すげぇな……強いうえに謙虚だぜ?」
「見習いたいものだな……」
「強さに驕らない姿勢、素晴らしい人格者だ……」
全然違います。 ダメだこれは。 クリスタ、クリスタはどこだ? 早く来てくれ。 俺が今すごい困っているってことを皆に伝えてくれ。
「真の強者は多くを語らない……そういうことっスね!」
リリィ、お前はしばらく黙っていてくれ。 というか「目立つのはメリットがなきゃ嫌」って話お前にしたはずだが?
「はいはい、皆、落ち着いてくれ。 希望どおり他の自警団員意外にはあまり彼の話は語らないように頼む。 それでいいな? アルフレド」
どうしたものか考えているとフェリクスが団員達を落ち着かせてくれた。 ナイスガイ。
「それならここに来る団員を増やせるからメリットはある。 ほどほどならOKだ」
「だそうだ、今日のことは全力で団員に広めてくれ!」
フェリクスは悪びれる様子もなく白い歯を輝かせてサムズアップをした。
「聞けよ、話を」
「目立つのは嫌か? だがどちらにしろ広まることだ。 お前が言ったように、ここに多くの団員が来てくれなければ意味が無いし、その宣伝文句としてはオレに勝ったというのはかなり手っ取り早い。 ならば迅速に広めてしまった方がメリットがあるだろう?」
理屈でこられるとどうしようもない。 このリスクは許容しなければならないか……
「……広めるなら、正確な情報で頼む。 あることないこと広まって持ち上げられるのはゴメンだ」
「観念したのならそれでいい。 というわけだ、皆、配慮を頼むぞ」
フェリクスの呼びかけに団員達はバラバラの言葉で「了解」を示す。
わざわざ自警団に所属している人間が人を困らせるために誤情報を広めることはないだろうが、善意で、ということがあり得るのが厄介な所なのだ。
その点で言えば一番危ないのがリリィである。 俺を尊敬してくれているのは素直に嬉しいことだが、行き過ぎて持ち上げが少々過剰になってしまう。
後で俺自身の口で厳しめに言っておくとしよう。
「おっとそうだ。 この訓練用の武器一揃い……自警団の詰所にあった使い古しだが、ここの備品として使ってくれ」
「いいのか?」
「ああ、ある程度は詰所にも残してあるからな。 ここに置いた方が役に立つだろう。 好きに使ってくれ」
ありがとう、と言って纏めて置いてある木製武器達に目を向ける。
全体的に少し古くなっているもののどれも使用には問題なさそうだ。
「置き場所は……奥の部屋でいいかな?」
「そうだな、わざわざ倉庫に入れるのは面倒だ」
「よし分かった。 では運ぶ――いや、今日なにかしら訓練するか?」
「あー……特に考えてなかったしな……今日は無しで。 開始は3日後朝9時……それを隔日で実施、ということでよろしく」
団員の皆さんは最初より幾分伸びた背筋で「ハイ」と答え、武器を奥の部屋に片して帰っていった。
「じゃあな、アルフレド! 今度メシでも奢らせてくれ」
「割り勘でいいよ、じゃあな」
最後にフェリクスを見送り一息つくと、残っていたリリィが遠慮がちに話しかけてきた。
「……えっと、自分も帰った方がいいっスか?」
「うーん、稽古つけてほしいなら付き合うぞ?」
少女はパァっと表情を明るくして「お願いします!」と深々とお辞儀をした。 いちいち大袈裟な所は少し矯正した方がいいかもしれない。
「なら、昼まで軽くやるか。 木剣2本、持ってきてくれ」
「了解っス!!」




