17話 模擬戦をしよう
「……これはどういうことだ?」
思わず口をついて出た俺を責められる人間はいないだろう。
物件購入の3日後――尻込みをし続けている場合ではないと積もった埃に挑む覚悟を胸に再び訪れた道場の床はすでに、何故か磨かれてピカピカの状態だった。
いや、床だけではなく、壁や窓、天井に至るまで俺が前日に見たそれとはまったく異なっていたのだ。
しかしその程度で動揺する俺ではない。 もっと大きな引っ掛かりが目の前にあった。
「オレ達が掃除してたんだ。 もう少しで終わるからそこで待っててくれ」
「俺が訊きたいのはそういうことじゃなくてだな」
中が掃除されていたこともそうだが、俺にはそれよりも気になることがあった。
「何だってあんたらがこんなことを?」
磨かれた床よりも俺の意識を引き付けたのは、掃除道具を持ってそこらをせわしなく歩き回る自警団の皆さんだ。
そのうちの1人、最初に俺の疑問に答えた男が埃対策の布を口から外すと、端正な顔立ちに爽やかさを絵に描いたような笑顔を乗せて歩み寄ってくる。
「まず、土足!」
「あ、はい、すいません」
男に言われるがまま靴を脱ぐ。
「すまん、こっち拭き直しといてくれ!」
「ハイ、団長!」
「アルフレド、奥の部屋は掃除が終わってるからそっちで話そう。 来てくれ」
彼は俺の返事は聞かず奥の扉に向かいながら、他の団員に指示を出す。
「オレはちょっと彼と話す! 悪いが、手の空いた者はオレの分も頼んだ! 終わったら好きに休んでいい!」
「了解でーす」
「分かりました~!」
「……了解」
思い思いの返事に頷き返し、男は奥の扉の前に立ち止まってこちらを見る。
その場に留まっても俺にできることはないので、仕方なく掃除をしている自警団の皆さんに会釈をしながら奥で手招きをしているさわやか男を追う。
少しばかりの訝しみの視線は、ひとまず気づかないフリをしよう。
通された小部屋で、窓から差し込む陽光で白い歯を輝かせるさわやか男と向き合う。
「……そのうちなるだろうと思ってたけど、団長になったんだな――フェリクス」
「半年くらい前にな……そんなことより久しぶりだな、アルフレド!」
さわやか男――フェリクスは歯だけでは飽き足らず、つややかな黒髪とブラウンの瞳までもを輝かせ、俺の肩を掴む。
彼との関係を一言で表すなら『近所のお兄さんと不愛想なガキ』といったところか。 昔からほどほどに親交があり、まあ友人と言って差し支えない距離感だ。
顔良し、性格良し、自警団に所属し体を張って町を守る正義漢……とあって町の女性人気を独り占めしているハイスペック野郎である。
「久しぶり。 早速質問いいか?」
「もちろん」
「何でここの掃除を?」
「クリスタに頼まれたんだ。 「あいつ掃除とかダメダメだからなんとかならないか」ってな」
……そう聞いて、もう何も言えなくなった。 本当にあの幼馴染には頭が下がる。
「というか水臭いぞ! ここもオレ達自警団の戦闘指導の為に購入したそうじゃないか? ならばオレ達が掃除をするのは当然の礼儀というものだ!」
「……まあ間違ってはない。 けど、ちゃんと町長から金を貰って指導するつもりだったんだ。 こんなに世話になっちゃ俺の中で収支が合わない」
「けどオレ達にはタダで教えてくれるんだろう?」
フェリクスはジッと目を少しだけ細めて俺を見つめてくる。
「ああ、そのつもりだ」
「だったら掃除くらいはオレ達がするべきだ。 納得ができないなら、お前の中で収支が合うように指導に力を注いでくれ」
「……分かった、そうしよう」
少々胸につかえるモノがあるが、もうほとんど掃除を終わらせてしまっているようなので大人しく飲み下すことにする。
「やれやれ、これで適当なことはできなくなったな」
「ははははっ! どちらにせよお前は適当にやるような人間ではないだろう?」
快活に笑うフェリクスに溜息を一つ、分かりやすくぶつけてやるが、彼は気にも留めていない様子だ。
「そうだ、冒険者生活お疲れさん。 どうだった? 世界を見て回ってみて」
「うーん……まあ中々大変だったよ。 もうしばらくはゴメンかな」
彼には俺の旅の目的は話していないので、聞かれても適当にはぐらかすくらいしかできない。
「そうか……で?魔王ってのはやっぱり恐ろしいヤツだったか?」
フェリクスは珍しく小声で、そう聞いてきた。
「……気づかれてたか」
「しばらくして、だけどな。 魔王が倒れたと御触れが出て、それほど経たないうちにお前が帰ってきたことで、オレの中で確信に変わったよ」
この人は熱血バカ風だけど、若くして自警団のリーダーを任されるだけのものを持っている。 俺は、初めから隠し通せるとは思っていなかった。
「世界の為に魔物の王に戦いを挑むなんて流石だな、アルフレド!」
「違うよ。 俺はそんな立派な人間じゃない」
肩に置かれた手を払い、俺は首を振る。
「世界なんてどうなろうと知ったことじゃないんだ。 俺は勇者の手伝いをしたかっただけだよ」
「うーむ……? お前の理屈は時々分からん……しかしオレ達が助けられたのは確かだ、ありがとう!」
「そういう感謝は勇者達に伝えてくれ」
フェリクスは少しの間得心いかない顔で俺を見ていたが、切り替えるように息を吐いて「機会があればな」と言った。
「話は変わるが、リリィを弟子にしたんだってな。 今日リリィとは会ったか?」
「いや、会ってないな。 ここには来てないのか?」
「来てるぞ。 建物の裏手……丁度、この裏で落ち葉なんかの掃除をしてたはずだ」
壁を指差すフェリクスに、俺はなるほど、と呟く。
「せっかくだから会っていくか?」
「ああ、話したいことが――」
「団長! 表の掃除終わったっス!」
噂をすればなんとやら、部屋の引き戸をガラリと開けて、リリィが登場した。
「し、師匠!? 来てたっスか!?」
「そりゃ来る。 俺の道場だからな」
目をまんまるくして驚くリリィにさらりと答える。
「そ、そうっスよね……あ、そうだ!」
小柄な少女はペタペタと足音を立ててこちらに駆け寄って来ると、いい加減見慣れつつある高速お辞儀をする。
「ありがとうございますっ!! こんな立派な道場を自分の、自警団の為に用意してくださるなんて……」
「いや、まあ別件のビジネスにも使う予定だしな。 気にするな」
下げた頭を上げさせると、大きな眼が涙で濡れているのが分かった。
「……あっ、そだ! これ……少ないけど、その、月謝? みたいなものっス。 これ以上は……生活ができなくなるので借金ということでどうにか……」
リリィは言い淀みがら懐から袋を取り出して俺に差し出してくる。
しかし、俺はそれを押し返さざるを得ないのだ。
「俺としては残念だけど、これは受け取れないな」
「えっ!? す、少なすぎっスか!?」
「いやだって、自警団員からは金を取らない契約になってるし」
「……? え? えっ?」
訳が分からない、と顔に書いてあるようだ。 リリィは俺とフェリクスの顔を交互に見ているが、言葉らしい言葉は出てこない。
そうして数秒、フェリクスが先に俺の意図に気づき、「なるほど」と呟き笑みを浮かべる。
「……アルフレドの言う通りだ。 彼の指導を受けるのに我々自警団員は金銭を支払う必要はない。 だからそのお金は完全に、なんの義理も無い個人間での受け渡しになるわけだが……」
ナイスフェリクス――心の中で礼を言う。 後で直接言おう。 いらないと言われるだろうけど。
「俺だって流石に年下の女の子からただただ金を貰うなんてできないな。 ヒモみたいじゃないか」
「はははははっ! 違いない!」
「あ、えっ……?」
理解して笑うフェリクスに、ようやく飲み込めてきたリリィの対比が面白い。
「まあつまりそういうことだ。 月謝は要らない」
「ぞんな……あだし……」
「おっと、あんまり泣くな。 立派な騎士になれないぞ?」
「はい……!!」
泣かれても、戦闘しか能の無い頼りない男になだめる術は無いのだ。
「良い師匠をもったな、リリィ」
「グスッ……はい、もうどうお返ししていいのか……」
フェリクスはまるで自分の妹か娘にするような様子でリリィの頭をポンポンと叩く。
あれほどさりげなく女の子にボディタッチできるとは、やはりイケメンは違うな。 ……などと余計なことを考えていると、そのさわやかイケメンがこちらに向き直り一歩近づいて来た。
「オレからも礼を言わせてくれ。 リリィの師になってくれてありがとう!」
「お前にまで礼を言われるのはなんだかな……」
居心地悪くなり頭を掻く。
「オレは得物も違うし我流だしで、基本の基本……素振りくらいしか教えられてなかったからな。 騎士になりたいという夢の手伝いができないことを心苦しく思っていたんだ」
「それを心苦しく思える男前さは見習いたい。 ……というか俺も得物違うし我流なんだけどな」
3年前の印象ではかなり感覚と身体能力で戦っていた印象だったフェリクスだが、今もあまり変わっていないのかもしれない。
「勉強ならともかく戦闘を教えるとなるとオレには難しくてな……だから、今回自警団を鍛えてくれるというのは本当にありがたいことなんだ」
「上手くいくかは分かんないから、期待はほどほどにな。 まず、俺の指示を皆さんが受け入れてくれるかどうかだな」
3年町を出ていたのだ、知らん若造の言うことと軽んじられる可能性はある。 そのあたりはじっくりやって認めてもらうしかない部分だろう。
……いや、有効な“手”が無いわけではないのだが――
「お前の指導力は、昔アドバイスを受けたオレが保証する。 それに、一発で――とは言わないが皆を認めさせる“手”は考えてある」
自信に満ちた瞳でフェリクスは言う。
「それは……多分俺の考えと同じとだと思うんだが、いいのか?」
「構わんさ。 さあ、まず皆に挨拶に行こうか!」
ニッと笑い、さわやかに手招きをするフェリクスに付いて行く――前に、重要なことがある。
「……あ、リリィは涙止めてから来てくれ。 今のままだと俺が泣かせた感じになる」
「間違ってはないだろう? 泣かせたのはアルフレドだ」
「確かに。 もしかして俺が悪いんじゃないかこれは」
言葉というのは難しい、素直にそう思っていると、まだ涙目のリリィが首をブンブンと横に激しく振って否定を示してくる。
「いやいやいや! 違うっスから! 自分が勝手に泣いただけっス!」
「わかってるわかってる。 冗談だ。 じゃ、落ち着いたら来てくれ」
リリィにそう言って俺はフェリクスに付いて部屋を出る。
「……お、もう終わっているみたいだな。 皆!悪いがこっちに集まってくれ!」
フェリクスが集合をかけると、談笑をしたり精神統一をしていたりと思い思いの休憩をしていた団員達が集まってくる。
人数は……8、9……10人か。 フェリクスとリリィも合わせると12人の自警団員が集まったということになる。
今日仕事や用事のある人、そもそも指導を希望していない人などを除いたにしても、思ったよりも来てくれた、というのが素直な感想だ。 フェリクスの求心力がうかがえる
「……うん、全員いるな。 ――さて、皆に集まってもらったのは他でもない。 我々に戦闘指南をしてくださる教官殿をご紹介させていただきたい」
そう言って、俺の背中をポンと叩いて団員の方へ一歩進ませてくる。
「えー……アルフレド、といいます。 冒険者やってました。 皆さんにちょっとした戦闘技術や戦術を教えたいと思ってます」
とりあえず簡潔に自己紹介を終えると、まばらな拍手が返ってくる。
案の定あまり温かい反応ではなさそうだ。 運悪く顔見知りが1人もいないというのも痛い。
「このように、彼はさほど口数の多い方ではない。 しかし実力は非常に高いぞ。 指導力も問題無いとオレは思う」
「……ホントっすかねぇ? 団長教えんの下手だしなー」
「しかし団長が推すほどの人物だぞ? 只者ではないのでは?」
「見た目はあんまり強そうじゃないけど……」
……等々、皆それぞれの感想を口々に言っていたが、フェリクスがパンパンと手を叩くとすぐに静かになった。
「皆がアルフレドの能力に疑いをもつのは仕方がない。 そこで――」
フェリクスは団員に向けていた視線を俺へと移す。
「――今ここで、オレと彼で模擬戦をしようと思う!」
やっぱりそうくるか――俺は心の中で呟いた。




