16話 鬼が出るか蛇が出るか
道場として使うことのできる建物を購入するため、町長宅を訪れたその翌日の昼前、俺は1クリスタとカトリさんと共に購入予定の物件の前にいた。
「――こちらがこの道場と、その隣の倉庫の鍵です。 予備は無いとのことなので、管理は慎重に」
「はいはい、ありがとうございます」
カトリさんから鍵を受け取る。 古臭い形状だが、意外にも錆は無い。
交換で、俺は鞄から麻袋を取り出し、ジャラジャラとうるさいそれを手渡す。
「じゃあこちら金貨100枚です。 お納めください」
「確かに、いただきました」
かなりの金額になる袋を眉一つ動かさずに受け取り、カトリさんは頭を下げる。
「うわぁ……これ一杯に金貨入ってるのよね……さらっと渡すとか、なんかあんたが遠く感じるわ」
今日も一緒に来ていたクリスタが苦い顔で言う。
彼女が連日付き合ってくれているのは決して暇だからではない。 今日は夜から翌朝までおやっさんの店で働くから、朝昼は空いているのだそうだ。
強制してないのになぜか付いて来たので、ムリヤリ付き合わせているのではない、とだけ弁解しておく。
「いやいや、俺としても相当な出費だぞ? 金銭感覚はそう簡単に変わらないよ」
一度に使った金額としては確か人生で2番目だ。 今後もそうそう更新されることはない記録だろう。
「あ、ホントにちゃんと100枚入ってますよ。 噓じゃないです」
「……分かっています」
「ですよね」
愚問だと分かってはいるが、とりあえずの確認だ。
「それでは、私はこれで。 また近いうちにお会いすることになるでしょう」
「はい、ありがとうございました」
お互いに挨拶を交わして別れる。 近いうちに、というのはおそらく『自警団を鍛える』という仕事の話だろう。
本当に丸投げされてるんだなぁと、気の毒に思う。 案外それが幸せなのかもしれないから本人には言わないけど。
「……さて、じゃあ入ってみる?」
「鬼が出るか蛇が出るか、だな。 ……どっちも倒したことはあるが」
石の階段を上って、木の扉に鍵を差し込み、回す。 ギィっとやや耳障りな音を鳴らし、扉が開いた。
中は非常にシンプル。 木の壁にいくつかの窓、床も一面板張りで余計な物は何も無い。
「ちょっと埃っぽいけど、意外と酷い状態じゃなさそうね……」
「25~30m四方……ってところか。 まあ充分だな」
うっすらと埃が積もる床に土足で踏み込むと、思った通り、しっかりとした感覚が足に伝わってくる。
「……もっとギシギシいうもんだと思ってた。 かなり丈夫なのね、この木」
「床だけだけど、多分かなり貴重な木材を使ってるんだと思う。 東方国のやつだな。 こりゃ金貨100枚じゃ安いくらいだぞ」
「中古1千万Gで安い……いや、東方から材料持って来て作ったってんだから妥当なんだろうけど……」
カトリさんに金貨を渡した時と同じような顔をする幼馴染を見ると、昔からの価値観のブレなさを微笑ましく思う。
「本当だったらここは靴を脱いで使うもんなんだけど、この埃じゃあちょっとな……修業と銘打ってリリィに掃除させるか。 あいつそういう修業っぽくない修業の雰囲気好きそうだし」
「コラコラ。 んな理屈でリリィ1人にやらせたら本気で怒るからね?」
冗談半分に言うと、その内心を見抜いたクリスタに叱られてしまった。 口調こそ厳しくはないが、そのエメラルドの瞳は彼女の本気を雄弁に語っている。
俺より長くリリィと接していただけにあまり面白くない冗談だったか。 なんとも愛されている弟子である。 らしいことは何もしていないくせに、師匠として鼻が高くなる気がした。
「悪かったよ、8割冗談だ。 基礎体力すら身に付いてないやつならともかく、リリィにはこれくらいじゃ訓練にはなんないしな」
「……だったらいいけど」
「実際問題どうするかな……俺は掃除苦手なんだが、じっくりやるしかないか……」
頭を捻って計画を練ろうとしたところで、クリスタが何か言いたげにこちらを見ていることに気付いた。
「どうした、クリスタ」
「……ハッキリ答えてほしい事があるの」
真剣な顔のクリスタに、俺は少し背筋を正して「何をだ?」と問う。
「リリィは本当に、騎士になれると思う? 実際に見て、あんたがどう思ったか知りたいの」
「……ハッキリ、か?」
「うん。 ここにはあんたとあたししか居ない。 遠慮なんてしなくていいわ」
クリスタは俺の目を真っ直ぐ見据えて言う。 握られた両手の拳が微かに震えていた。
ここで嘘を言ったりはぐらかしたりできるほど、俺の根性は腐ってない。
「……ハッキリ言って、そんなに才能は無いと思う。 まあ素質で言えば……“並”の範疇かな。 現時点でもまだまだ実戦レベルじゃない」
「そう……」
「――けど、強くなるよ、あいつは」
俺は下がってしまったクリスタの視線を再びこちらに向かせるよう、いつもより少しばかり力を込めてそう言った。
「俺はリリィが騎士になれると確信してる。 あいつは弱いけど……弱くない」
「……ふふっ……どっちよ、それ」
決して言葉の上手い方ではない俺の意図を読み取って、クリスタは笑みを零す。
彼女と話すうえで言葉に気を使わなくてもいいのは楽だが、稽古をつけていかなきゃならない立場になる今後もそれでは困る。
最低でも、旅をしている時と同じくらいには慎重な言葉選びを心掛ける必要があるだろう。
「そうだ、リリィから聞いたよ。 この町に来た理由」
「……ああ、やっぱり聞いたのね。 あんた、あの手の話弱いでしょ?」
泣いたのが完全に読まれている。 人をイジる時の少し意地の悪い笑顔は昔と変わらない。
なんだか悔しいので、お前もなと言い返してやる。
「そりゃあたしはね~。 だから、あんたがリリィを弟子にしないって言ったら断固抗議するつもりだったわよ」
「受け流し方がずるいな……そんで断固抗議は俺に拒否権が無いやつだろ」
「あんた次第ねそれは」
クリスタの見た目は笑顔のはずなのに、その奥はまったく笑っている気がしない。
「ま、聞いても聞かなくても俺のやることは変わらないけどな。 あいつの過去は関係ない」
「今のリリィをあんたが気に入ったから……ってことね」
流石幼馴染、話が早い。 もう少し俺に喋らせてほしいくらいに早い。
「迷っても、立ち止まっても、倒れても、何度でも前を見て進み続けられることが、本当の強さだと思う……ってロイも言ってた。 リリィはそういう強さは持ってる、と俺は思うんだな」
「ロイって……あの勇者さんよね? 流石世界を救うだけあって難しいこと言うわね」
「だな。 けど、それをやり通したから『勇者』なんだ」
共に戦い、旅をした仲間達の顔を思い出すと、無意識に口角が上がる気がする。
「……あんた本当にあの人達のこと大好きよね。 あんたの好みは分かりやすいわ」
「そりゃ世界の為に本気で戦うなんてスケールのデカい人間、普通好きになるだろ」
「いやあんたも一緒に戦ったでしょーが」
クリスタから当然の指摘が飛んでくるが、俺としては否定せざるを得ない所だ。
「ロイ達は世界の為、俺はロイ達の為だ。 名前も知らない人達の為と気に入った友人の為じゃ目的が全然違う」
「結局やったことは一緒じゃない」
「違うんだよ、俺の中ではな。 それが一番重要だ」
「あんたがそう思うんならそれでいいんだけど、さ?」
少しだけ唇を尖らせて下から覗き込むようにクリスタは言う。
「あんたに感謝してる人は、きっと世界中にいると思うわよ? それこそリリィがそうだしね」
「……そうかもな」
そのどれもこれもが俺1人でやったことではない……が、幼馴染のそんな言葉と笑顔に、まあ少しくらい誇ってもいいのかなという気にさせられる。
「ま、それはさておき、まず目の前の事を片付けなきゃな……」
俺は微笑む幼馴染から埃っぽい床に視線を移した――




