15話 魔眼
「――こちらになります」
「大きい……ですね」
カトリさんの案内で木造の建物の前に到着した俺達は、まずその大きさに驚かされることになった。
「資料で見てはいたけど、実際見ると結構違うな。 こりゃ掃除が大変そうだ」
「確かに……思ったより古びてはないけど、中々よこれは」
入り口前の石階段に乗った枯葉を足で払いながらクリスタは眉をひそめる。
「……ま、とりあえず買います」
「即決!? もうちょっと考えなさいよ! せめて中見てからとか……」
「大丈夫大丈夫。 ねぇカトリさん」
クリスタの言うことはもっともであるが、俺にはここで大丈夫だろうという確信があった。
「……それは、私を試していると受け取っても?」
「あなた次第です」
眼鏡の奥に微かな緊張を張り付けたカトリさんの問いに、俺はあえて曖昧に答える。
そんな俺の答えの意図を読み取ったのか、小さく息を吸い、彼女は口を開いた。
「……私の意見としましては、この物件が最もアルフレド様の用途に適したものであると考えております。 これ以上のものは、少なくともこの町にはございません。 自信をもってお勧めさせていただきます」
言いきって、今度は小さく息を吐く。 眼鏡の奥の瞳は真っ直ぐこちらを見据えている。
「……だってさ」
「いや、あたしにそう言われても……っていうか何あんたカトリさん威圧してんの?」
「まあ待て。 これには理由があるんだ」
眉を吊り上げるクリスタを「どうどう」と落ち着かせてから、俺はカトリさんに向き直る。
「とりあえず、脅すような真似をしてもうしわけない」
深々と頭を下げると、はっとカトリさんが息を吞む音が微かに聞こえた。
「……で、どういうことか説明してもらえる?」
「簡単に言うと、カトリさんは俺を敵に回したくないんだよ。 ね、カトリさん」
「は、はい……」
ほんの少し弱々しさを感じる声色でカトリさんは頷く……頷いたはずだ、見えないけど。
「とりあえず頭上げなさい?」
くいっと服の襟首を軽く引っ張られて、俺は顔を上げる。
誠心誠意頭を下げたつもりだったが、カトリさんの表情は硬いままだ。
「敵に回したくないってどういうこと? あんたなんかした?」
「してないけど、カトリさんくらいの実力者になるとドラゴン倒した俺への恐怖ってのが実感として強く認識されるんだよ。 だからまあそれを利用したというか。 俺に下手な物件紹介できないだろっていう空気を作った――」
「それは、違いますっ! 私が勝手にそう感じてしまっただけのこと……!」
カトリさんが動揺した様子で俺の言葉に割り込む。
「ちょ、待って。 待ってください。 そりゃカトリさんならアルが強いことくらい気づけるんだろうけど、そもそもこいつのドラゴン倒したって発言だってホントかどうか分からないでしょう?」
「それは……」
「分かっちゃうんですよね? カトリさんには」
言い淀むカトリさんに、今度は俺が遮る形で言葉を繋ぐ。
「どうしてそんなことが分かるの? あたしはあんたの強さも、あんな嘘吐くにしてもすぐ白状するってことも分かってるから噓じゃないって分かる。 でもカトリさんとあんたは初対面でしょう?」
「眼、でしょ?」
「……っ!」
俺は自分の目元を指でとんとんと叩いて見せると、カトリさんは切れ長の目を丸くして息を吞んだ。
「いわゆる『魔眼』ってやつ。 能力は……嘘見抜くか、感情読み取るとかそのあたり。 眼鏡はその制御用のマジックアイテムだ」
「……感服いたしました。 そのとおりでございます。 確かに、私の眼は魔眼……その能力も嘘を見抜く、というもので間違いありません」
カトリさんは少し俯いて力なく首を振る。
「ウソ、そんな眼が……!?」
「あるんだよ、たまーに。 生まれつきだったりある日突然目覚めたり、あるいは自分や他人が術式刻んで作ったりと様々理由はあるけどな」
言っていると、どんどんカトリさんの顔が曇っていくのでここらで蘊蓄はやめておく。
「……黙っていて申し訳ございません。 事前にご説明をしないのは信用に関わるというもの……ましてこのような能力を隠していたなど……」
「いや、それは別にいいです」
「……えっ?」
特段気にしてもいないのでそう言って、ついでに、なあクリスタ、と傍らの幼馴染に話を振る。
「まあね。 けど、そんな眼があるならこいつの言ったことが信用できたのも納得だわ。 アルの言うこと言い方全部ウソ臭いのよね~」
「ひどい……俺は7割は真剣だぞ」
「…………」
けらけらと笑い、気にした様子もないクリスタと、貶されて落ち込んでいる俺とを交互に見て、カトリさんは微かに、本当によく見なければ分からないほどに微かに、口角を上げた。
「……アルフレド様。 あなたは、ヴェルナー町長に少し似ていますね」
「えっ? 喧嘩売ってます?」
唐突にバカにされてしまった。 これは戦争の時が近いかもしれない。
「あー……でもちょっと分かるわ。 通じるものはあると思う。 あんたをねっとりしつこくしたのが町長さんね」
「泣いてもいいかな?」
なんてことだ、俺があの人に関わりたくないという気持ちは同族嫌悪だったというのか?
「いえ、似ているとはいっても、良い所だけです。 アレは適当なことしか言わず、怠け者で無能でスケベで死ぬほどだらしがないですが……」
どんどん貶めていくが、それ本当にいい所あるんだろうか。 それにまあまあ俺に当てはまっている気さえする。 やっぱり遠回し喧嘩を売られているのでは?
そんな俺の内心など知る由もなく、カトリさんはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……“人”を、良く見ています。 だから、他人を傷つける嘘は吐きません」
カトリさんは柔和な表情を浮かべ、自分の中で確かめるように言った。
「だから結婚したわけですね」
「……っ!? それも、気づかれていたのですね……」
目を見開いて驚くカトリさんだが、それよりももっと驚いている人間がいた。
「どどど、どういうこと!? 結婚!? 結婚ってその……誰と誰の?」
「はい。 私とヴェルナー町長でございます」
「はああああああああああっ!!!??」
驚きのあまり、耳を塞ぎたくなるような大声を上げるクリスタ。 うん、気持ちは分かる。
「なんでっ!!??」
シンプルな一言から感情全てが伝わってくるようだ。
この「なんで」は、なぜ町長氏と結婚したのか、そしてなぜ俺がそれに気づけたのか、という疑問がこもっているのだろう。
「髪紐だよ。 カトリさん、その髪紐、東方国の一部地域で結婚指輪の代わりに使われてるやつでしょ?」
「おっしゃるとおりです……よくご存じでしたね。 これは本当に狭い地域だけの風習なのに」
「一応世界中旅したので。 まあたまたまですよ」
ははは、と俺が笑うと、「そっちも気になったけど!」とクリスタがカトリさんに詰め寄る。
「そっちよりこっちですよ! そりゃいい所があるのは確かなんでしょうけど、結婚ですよ結婚!? 一生モノの付き合いじゃないですか!? どこが決め手になってあの人と!? お金ですか!? それとも顔!?」
我が幼馴染ながら酷い言い様である。 これ以上ないほど失礼。
しかし、やはり気持ちは理解できる。 あの容姿ながら町の女性には完全に軽く見られており、女好きにもかかわらず俺の知る限りでは女性の影はなかった。 そんな町長氏と結婚ともなると生半可ではないだろう。
言い方はよろしくないが、俺も疑問なのであえてクリスタの邪魔はしない。 このあと二人で無粋を謝ろうじゃないか。
「それは……」
「それは……?」
クリスタの喉がゴクリと鳴る。
「…………私がいなければ、もっとダメになってしまいそうで……」
「あっ……」
…………そういう考えもあるのか。 あるな。 そういう趣味趣向は本で何度か読んだことがある。
「……あとはまあ、その、顔も……」
「ううん……」
クリスタはもう何も言えなくなってしまい、言葉にならない声を出すだけだ。
それも仕方ない。 俺の方も、カトリさんが微かに赤くなっているというおそらく非常に稀な状況だというのに、何の感慨も湧かないでいるのだから。
なんというか、意外と俗っぽい人なのかもしれない。
「……しかしまあ、うん、ああ、そう言えば町の人達はお二人がご結婚されてるのを知りませんよね?」
どうにかこうにか会話を続けるために言葉を捻り出す。 実際に気になっていたことでもあったしな。
「アレと結婚したなどと知られたくはありませんから」
カトリさんは淀みない口調でそう言った。 じゃあなんで結婚したんだろう。
しかし疑問が解けた。 ポピュラーな指輪を選ばなかったのもそういうわけだ。 ……どういうわけだ?
「……そうですか、分かりました。 ありがとうございます。 じゃあこの物件は購入するってことでよろしくお願いします」
隣のクリスタがどっと疲れた様子なので、俺は強引に話を纏めにかかる。
事前に色々値引き交渉とか考えていたのだが、こう話が転がってしまうのは予想外だった。 けどまあもういいや。
「本当に中を見ないでよろしいので?」
「よろしいです。 よろしくお願いします」
――その後、金額や諸々契約の話をその場で事務的に済ませ、現在クリスタと二人、帰り道である。
「……何でか、すごい疲れた」
「ごめん」
俺には平謝りするしかなかった。 こんな形で読みが外れるとは思っていなかったのだ。
「……けどまあ、他の理由も推測できなくはないんだよなぁ」
「なに? もっかい言って?」
「なんでもない、独り言だ」
仮にあの魔眼が先天的なものであるのなら、生まれつき制御可能なように体が出来ているはず。
けど、制御用の眼鏡を着用してるってことは……つまりそういうことだ。
おそらくそのあたりで町長氏に心を救われたとか、俺達には話せない深い話があったのだろう。 そうであってくれ。
結局のところ、彼女の言ったことの真偽は不明なのだ。 俺には嘘を見抜く能力など無いのだから。
「うん、でも……あたしも分からないじゃないわ……うん」
そう言って、クリスタは意味深に俺を横目で見た。




