14話 承りました
俺が一つ提案をすると、周囲の時が止まった――いや、本当に止まったわけではないが、クリスタもカトリさんも、ずっとヘラヘラと落ち着きのなかった町長氏までも、凍りついたように動かなくなったのだ。
「…………ちょ、なに? ドラゴン……!? なんなのそれ! 聞いてないんだけど!?」
「どうなされたので? まさか、討伐を……? あの竜種を、単独で?」
数秒の時間停止の後、堰を切ったように2人が詰めてくる。
「まあ、ハイ。 ……いやいや、ドラゴンはドラゴンでもレッサー――つまり、低級のやつですよ? カトリさんなら多分単独でも戦えます」
俺は驚きで鋭い目を丸くするカトリさんに手を振って、たいしたことはないと否定する。
「レッサー、ですか……とはいえ……外傷もほとんど無いようですが、まさか無傷で?」
「……そうですね、余裕でした」
そう言うと、カトリさんの眉がピクリと動いた。
「……本当に無傷とは……想像以上、ですね……」
「いやぁ~やっぱアルフレドくんは規格外だねぇ~!」
「ま、それは本題から逸れるんで置いといて」
脇に置くジェスチャーをしておどけてみるも、カトリさんの険しい表情は柔らかくはならない。
……これはさっさと話を戻した方が建設的だな。
「……このドラゴンが出たって話と合わせて、魔王が死んだ“後”の外の危険をアピールって具合でなんとか富裕層動かせませんかね?」
「ん~……どうだろなー……やっぱさっきアルフレドくんが言ったように一回本当に痛い目みなきゃダメじゃないかな?」
俺よりずっとそういう人間を見てきているであろう町長氏が言うのならそうなのだろう。 彼は非常に怠け者だが、馬鹿じゃない。
「とはいえドラゴンが出たとなると、無理にでも権限を行使して対策可能な人材を集めるべきでは?」
「つってもさぁ自分らに牙剥いてこないほど善良で、ドラゴンに対抗できる人材? そんなのどこも欲しいでしょ? 簡単に用意なんてできないって。 それとも国に泣きつく? それは俺ヤだなぁ~」
言っていることは概ね正しいのだが、最後は「俺がヤダ」で締める所がなんともこの人らしくあり、町長らしくはない。
「泣きつくって……ここは一応シュラハト王国の町、ですよね? 頼んだら兵とか出してもらえないんですか?」
得心のいかないような顔でクリスタは疑問を口にする。
「う~ん」と言葉を選ぶ町長氏に代わって、俺は持ち上げた紅茶を一旦下げて答える。
「そこはちょっと複雑でな。 ウチはシュラハト傘下ではあるけど、半分別の国と言っていい」
「どういうこと?」
「ざっくり言えば、普通の町はシュラハトの貴族が治めてるから、集められた税金はシュラハト王国の金になる。 その見返りとして王都から送られた騎士や兵士が守ってくれるわけだ」
「その言い方だと、ここは普通と違うわけ?」
ああ、と言ってようやく紅茶を一口すする。 爽やかな香りが鼻に抜けた。
「ここはそういうのがないから、国に場所代くらいしか払わなくていいかわりに何かあってもほぼ自己責任ってことだな」
「ふーん……だからここにはシュラハトの兵士なんかが居ないわけね」
「実際はもっと複雑だけど、雑に認識するとそんな感じだ。 小さい村なんかも形式は似たようなもんかな」
「小さい村ねぇ……それを思うと、ここは自分達だけで守るにはちょっと大きすぎるような……」
「それだ」
ビシ、とクリスタの顔を指差す。
クリスタは「どういうことよ」とその指を押しのけ、眉をひそめた。
「問題は、これだけの大きさの町でこの形は稀……ってことなんだ。 今時古すぎるんだよ」
「意識したことなかったけど、そうなのね……」
「そうなんだよ、俺も外に出て初めて知ったからな。 戦力過多な豪傑無双集団が居るならともかく、そんな町じゃないんだから、危険と言わざるを得ない」
「まー普通自分の住んでる町の仕組みなんて考えないよね~はっはっはっ!」
けらけらと笑う町長氏に、カトリさんはもう隠す気のない舌打ちで応じる。
「あなたがそのような様子だからアルフレド様が苦心なされているのでは?」
「えぇ~でもさあ、国から仕事押し付けられるのとかヤだよ俺……」
「いつも部下に仕事を押し付けている人の言葉とは思えませんね」
本来なら突き刺さるであろうカトリさんの言葉。 しかし町長氏はまるで効いた様子もなく「あ、そうか」と手を叩く。
「それを押し付ける部下を新たに雇えばいんじゃない? いや~冴えてるね!」
「…………」
怒りや呆れを通り越したような遠い目でカトリさんは町長氏を見ている。
「だいじょーぶだいじょーぶ、俺、人を見る目だけはあるからさ! じゃなきゃカトリン雇わないって!」
「…………それは…………」
その時、険しい表情ばかりだったカトリさんの仮面がほんの少しだけ、剥がれた気がした。
最近町に来たようだが、あの戦闘力の高さもあるし、何やら込み入った事情があるのかもしれない……が、しかし、真剣にこの町の安全を考えているような人に無理に聞き出す気は微塵も起きない。
「そんな見る目だけはある俺からもお願いするよ、自警団の強化。 キミに丸投げしときゃ少なくとも悪いことにはならない。 俺の勘がそう言ってる」
「……承りました」
俺は座ったまま軽くお辞儀をする。
「そーだ、どうせなら公式にお仕事にしちゃおうか。 高くはないけど給料出すよ?」
「うーーーん……」
――来た。 そう思った俺は腕を組み少し考え込む“フリ”をした。
「……そうですね。 せっかくなのでお金ほしいです」
できるだけ平然と、思ったことだけを言う。 お金がほしいのは事実だからな。
横から感じるクリスタの何か感づいたような、そんなじっとりとした視線は文字通り無視することにする。
「オッケー! ほんじゃこの件に関しての諸々はカトリンに任せた」
「カトリです。 どうせそんなことだろうと思いました」
「あとあれだ、シュラハトの軍門に下るかどうかだけど、そっちの方針ならシュラハトの威を借りて強引に話進められるからナシではないんだよねぇ~って、こ・と・で、『前向きに検討』って感じで」
町長氏は椅子にだらりと体を預けたまま意図の読めないウィンクを俺とクリスタにぶつけてきた。
彼の容姿ならビシッと姿勢を整えて然るべきムードでやれば女の子に限らず堕とせてしまうような仕草だというのに、まったく響かないのはやはり流石というべきか。
「……では、アルフレド様、クリスタ様、ご希望であればお話した物件までご案内いたしますが」
「あー二人だけで行ったところでただ外観眺めるだけになるんで、お願いします」
俺がさっき町長氏にしたものより深いお辞儀でお願いすると、カトリさんは「わかりました」と頷いた。
「……ではそちらお下げしてもよろしいでしょうか。 お飲みになるおつもりでしたら茶菓子などご用意いたしますが」
「あ、いえお構いなく。 すぐ行きましょう」
「私もそうすることをお勧めします。 ここに長居しては怠惰がうつる」
「ヒドイな~カトリンは。 そこがまたイイんだけど」
俺は何を言われても怒る様子のない町長氏に対して30周くらい回って尊敬の念を感じなくもない。 ……いや、やっぱり感じない。
「では少々お待ちください」
カトリさんは町長氏に一瞥もくれずテキパキとその場を片付けて、俺とクリスタを出口へ導く。
「ご案内いたします。 私に付いて来てください」




