13話 おっしゃるとおりかと
男はゆったり、というよりダラダラとした動作で椅子から立ち上がり、カトリさんの突然の大声に驚いたままのクリスタと、その横で耳を塞いでいる俺に近づいてくる。
長身で、見た目はかなりの男前。 しかし着崩した服と生えっぱなしの無精ヒゲが隠し切れないだらしなさを醸し出していた。
「相変わらず適当な感じですね、ヴェルナーさん」
ヴェルナー――町長氏はようやっと頭が回ったような様子で目をぱちくりさせた。
「なんだ、アルフレドくんじゃないの~帰ってたのかい? おやぁ?クリスタちゃんまで! なになに?ついにご結婚かな?」
「ちゃんと手紙をお送りしたはずですけど。 どういう感じになってるんですかね?カトリさん」
ハッキリ言って絡まれると面倒なので、あえてカトリさんに振る。
「ちょっとちょっと~無視しないでよ、おじさん傷ついちゃうでしょ~?」
「お黙りください。 お渡ししたはずですが、町長」
「あれぇ? そうだっけ? あー貰ったような貰ってないような……カトリンがチューしてくれたら思い出すかも~なーんて」
「わかりました。 アルフレド様、コレは無視して構いません。 私がお聞きしましょう」
はっはっは、と笑う町長氏を鋭い眼光で睨みつけながら、カトリさんは言う。
もちろんお言葉に甘えさせていただくことにした。
カトリさんは俺とクリスタを来客用のソファに座らせ、自分は重厚感のある木製のテーブルを挟んでその向かい側に座る。
「町長、お茶を用意してください」
「えぇ~ヤだよ、俺一応キミの雇い主だし……」
「他に役に立たないんだからそれぐらいしてください。 もぎ取りますよ」
「は~い……」
しぶしぶ、という様子で町長氏は唇を尖らせて、部屋の隅にあるこれまた高級そうな戸棚に歩いて行った。
それを見届けたカトリさんはこちらに視線を戻して軽く咳払いをする。
「……概要は手紙で確認しております。 不動産のご購入をされたいとか」
「えっ? そうなの?」
「ああ、そうなの」
クリスタは驚き、こちらを見る。 そういえば言っていなかった。
「手紙の内容とお変わりないのでしたら、お探しの物件は――」
「二人で暮らす新居を」
「ヴぇええっ!!?」
「すみません、冗談です」
だからそう胸倉を掴むな、苦しい。
カトリさんが冷たい目で見てくる。 違うんです、あなたがまともに話を進めてくれるからついふざけたくなっただけなんです。
「コホン……探してるのはあれです、俺道場でも開こうかと思ってまして。 それなりの広さの建物ないですかね」
「……それでしたら、一つだけ。 中古になりますが、30年程前に剣術道場として使われていたものがございます。 古いですが無管理ではなく、清掃を行えば数日中にもご使用いただけるかと」
そう言ってカトリさんは俺に資料を差し出してくれた。
それをざっくり眺めていると横からクリスタが小声で話しかけてくる。
「言ったらなんだけどさ、リリィ一人にそこまでしちゃうの? お金には困ってないんだろうけどもう少し使い方は考えたほうが……」
「いや、それもなんだが、実は別の使い方も考えててな――」
「その話、俺も聞きたいな~」
いつの間にやら執務机の椅子に戻っていた町長氏が机に肘を付いて、クセの強い茶髪を指で遊ばせてながらニヤニヤしている。
「家買いたいだけならさ、別にほら、えーっと……名前は忘れたけど、担当いたじゃない? ねぇカトリン?」
「カトリです。 質問の答えはイエスです」
「なのにわざわざ好いてない俺のとこに来たってことは、だ。 何か別のお願いがあって来たんじゃないかな~と思うわけよ」
町長氏は「どう?」と彼の人となりを知らない女性なら恋をしてしまいそうな瞳で俺の目を覗き込む。
仕事も私生活もいい加減な人だが妙に頭が切れるところがあるのがより面倒だ。
「……町長、お茶は」
「ん~?今飲んでるでしょ? だってお客さんに出せとは言われてな――」
また、プチン。
聞こえた時には動き出していた。 ズガンと音を立てて、ティーカップを傾けていた町長氏の頬をかすめてカトリさんが持っていた万年筆が壁に突き刺さる。
「いい加減にしろカス虫がッ!! 屁理屈をぬかす暇があるのなら便所の掃除でもしていろッ!!!」
圧倒的な凄みを感じる声色と眼光にクリスタは顔をこわばらせ、俺は無音の拍手をした。
身のこなしから眼光から、只者ではないと思っていたが、今の淀みない動作からして、元はやはりカタギではなさそうだ。
「いーねぇ~……やっぱりイイよカトリン、キミを選んだのは間違いじゃなかった!」
「チッ……少々お待ちください。 私がお茶のご用意をいたします」
まったく引かない町長氏にはっきりと舌打ちをした後、カトリさんは俺とクリスタに深々とお辞儀をして戸棚へ向かった。
「……で話を戻すけど、アルフレドくんは俺になんのお願いがあって来たのかな?」
「あなたと話すのは面倒なのでカトリさんを待ってもいいですか?」
「だっめで~す! それならお願い聞いてあげな~い!」
俺は何か手頃な投げられるものはないかと懐を探る。
「やめなさいやめなさい」
「当てないから」
「ダメだってば」
幼馴染からのストップがかかったので投擲攻撃はやめておくことにして、仕様がないので話すことにした。
「……自警団あるでしょ。 彼らをちょっとだけ鍛える場を用意しようと考えてまして。 もちろん希望者だけですが」
「ああ~そういうことね、いんじゃない? でもそんな鍛える必要ある? 団長はメチャ強いって聞くし、今だったらキミも居るしさぁ」
町長氏はティーカップにふうふう息を吹きかけて冷ましながら横目で俺を見る。
「俺がいるとしても、常に町全体を見ることなんてできません。 一部の人だけ強くてもその人が“いない方”で事件が起こったら、誰も止められない」
「――おっしゃるとおりかと」
ティーカップを乗せたトレイを持ったカトリさんが、俺と町長氏の間に割り込むように言う。
「……昨日の夕方、商店街で冒険者が暴れたそうですが、自警団は完全出遅れ、無関係の一般人が解決したとか」
眼鏡の奥から俺をチラリと見る。 やったのが俺だと当たりをつけてるのか。 流石に鋭い。
「以前から考えていましたが、この町の警備体制はあまりに不充分です。 これを機に改善を考えてみてはいかがでしょう」
俺とクリスタの前に熱々の紅茶の入ったティーカップ置き、カトリさんは整った姿勢で町長氏に向き直る。
「もうちょっと必要性をアピールしてくれないとねぇ……それなりに改善しようと思ったら大きな金を動かさなきゃならないけど、町のお金大きく動かしたいなら多くの人を納得させなくちゃならない」
言っていることはもっともである。 税金を運用するのであれば町民が納得できる理由が必須だ。
「昨日の事件じゃ不充分だって言うんですか?」
クリスタが不服そうに町長氏を細目で見る。
「不充分だよね。 お金持ちは被害に遭ってないもん」
「はい?」
明らかに喧嘩腰な「はい?」だ。 俺を止めた幼馴染よ帰って来てくれ。
「ほら、事件があったのって~確か西の商店街でしょカトリン?」
「……おっしゃる通りです」
町長氏はクリスタの怒りに気づいているだろうにまったく意に介さずヘラヘラしている。
「あそこってあんまり町の富裕層は利用しないんだよね、つまり――」
「――つまり、金持ちに危機感を覚えてもらわないと、大きな金は動かせない、ってことですね。 声がデカいのはそういう人達だから」
これ以上彼に喋らせると余計な事を言ってクリスタをより怒らせてしまいそうなので俺が言葉を繋ぐことで遮った。
「そーゆーこと。 さっすがアルフレドくん分かってるねぇ~」
「……なるほど、そういうことでしたか。 言葉が強くなってしまってごめんなさい」
クリスタはまだ胸に引っ掛かる部分がある様子だが、それを飲み込んで素直に頭を下げた。
おそらく、なぜそれほど金持ちに気を使わねばならないのか、金を持っているのなら町のことを少しくらい考える余裕くらいないのか、といった感じの不満を腹に抱えているのだろう。
そんな気が強く優しい幼馴染の為にも少しくらい何かしてみてもいいだろう。 俺は考える。
「富裕層に危機感持ってもらうには一回痛い目見せないと無理だと思うけど……そうだ、近くの森でドラゴン見つけたってのを知らせてみますか?」
「……は?」




