12話 ふふふ、いま来たとこ
チセの町の中心部には自慢とするには少々寂しい噴水がある。 俺は現在その前のベンチに座りクリスタを待っている。
同じ家に住んでいるのにわざわざ一度別れて、ここでもう30分以上はボーっとしていた。
「アルフレドー!」
「――お」
勝った。 自警団に目を付けられて職質されたりしないだろうかという恐怖との戦いを制したのだ。
声の方を振り返るとやはりクリスタ――
「ごめん、待った?」
ほんの少し頬を赤らめてそう言った彼女は、真っ白なワンピースに身を包んでいた。 スカートのレースが陽光を受けてキラキラと輝く。
「……初めて見る、格好だな」
俺はというと、見た目の印象が想定していたものとまったく異なり、あまり声が出なかった。
「あ、あんまり見ないでっ! 何故か余所行きのがこれしかなかったの!」
「どういうことだ?」
「母さんの仕業よ……」
拳を握り締め憤る幼馴染の話を要約すると、普段服をしまっているタンスの中の服が全て消えており、「ベットの上の服を着ろ」という主旨の手紙だけが入っていたのだという。
「それで仕方なくそれを着たと」
「あんた今日一緒に出掛けるって母さんに言ったでしょ!」
「いいじゃないか、お前の金髪にも合ってる。 綺麗だ」
「ヴっ……」
クリスタはまるで茹でたタコのように赤い顔で口をぎゅっと結んでいる。
よし、これでなんとかごまかせただろう。 ディアナおばさん、センスは良いけどやり過ぎると俺が制裁を受けるかもしれないんだ、やめてくれ。
「……ごまかされてないからね」
「ヴっ……」
まったくごまかせていなかった。 いや待て、別にいいだろう。 俺のどこが悪いというのだ? このさい全力で開き直ってみようか。
「今度からはベラベラ言いふらさないこと! ……いいわね?」
「……ん? おう」
クリスタはむすっと腕組みはするもののそれ以上は何も言わないし、何もしてこなかった。
「悪いのは母さんだし、あたしも遅くなったし……褒めてくれたから、これ以上は何も言わないわ。 ……ありがと」
最後の一言は、耳の良い俺でもギリギリ聞き取れるくらいの小さな声だった。
相変わらず目は合わせてくれないが、どうやらほとんど怒っていないようだ。
「……よし、寛大な心で許してもらったところで、一ついいか?」
「また大げさな……なによ?」
「ちょっと最初のセリフもう一回やり直してくれないか? 「ごめん」~あたりから」
「……はぁっ?」
よほど意味が分からなかったのか、腹の底から出たような声を吐き出す幼馴染に、一回だけでいいから、ともう一度頼み込む。
俺の懇願に折れたのか、はたまた待たせてしまった罪悪感からかクリスタは「わかったわよ」と答えてくれた。
「……ごめん、待った?」
「ふふふ、いま来たとこ」
「なにその気持ち悪い返し」
「ひどい」
定番の返しだというのにこれはあまりにも冷たい。
「定番って言われても聞いたこと……あー、あんた本とか好きだもんね、それの定番ってことね?」
「そうだ、ぷりん☆荒モード先生のな」
「作者名は知らないけど……。 で?今日は何すんのよ。 そろそろ教えてくれてもいいでしょ?」
ぷりん先生の良さを語ろうと考えていたのに強引に話を進められてしまう。
「……ああ、まずはこれ、開けてみろ」
「なにこの箱?」
訝しみながら俺の渡した手のひらくらいの大きさの箱を開ける。 と――
「はっ!? これ、指輪……!?」
「結構綺麗だろ、やるよ」
クリスタは真っ赤な顔で俺と指輪とを交互に見る。
「何で、こんな……!?」
「昨日の弁当頼んだ埋め合わせと、騒動の詫びと褒美って感じだ。 ちょっと地味だけどそれくらいのが好きだろ?」
「あ、あー……そういうことね……」
ホッとしたようなガッカリしたような、そんな様子でクリスタは箱から指輪を取り出した。
「……ってかサイズ全然合わないんだけど。 親指でも大きいくらいよ?」
「そんなことはない。 試しに適当な指にはめてみろ」
「えー……わかった」
頭に疑問符を浮かべたままクリスタは指輪を右手の中指にはめる。
すると、ブカブカだった指輪は瞬く間に縮んで、彼女の細い指にぴったりの大きさに変わった。
「うわっ! ……なにこれ気持ち悪い」
「ひどい。 けどまあ分かる」
マジックアイテムに馴染みがないとはいえ最初に出てくる感想がこれとは、流石俺の幼馴染である。
「痛みは無いか?」
「んー全然。 ずっと着けてたみたいにぴったり」
指輪をはめた指を動かしながら幼馴染は微笑む。
「そうか。 俺が試した時も大丈夫だったけど、一応な。 そいつは俺の旅の戦利品の一つでな、ちょっとした効果がある」
「……ふーん、別にあたしに買ったものとかじゃないわけね……まあ分かってたけど」
クリスタは中指で輝く小さな宝石を眺めながら唇を気持ち尖らせる。
「それはまた今度な。 そろそろ行こう、約束の時間が近い」
「んんん……!?」
「ついて来てくれ」
「ちょっ待って、それどういう……」
呼び止めるクリスタを無視して俺は目的地へと歩き出す。 ついて来れるようにゆっくりと。
「……あ、歩きは合わせてくれるのね」
「その靴歩きにくそうだからな」
「このくらいならたまに履くから平気よ別に。 それよりいい加減どこへ行くか教えなさいってば」
眉を吊り上げ詰め寄る幼馴染に降参だ、と俺は両手を挙げる。
「……町長さんに会いに行くんだよ。 言ったら来てくれないだろ」
「はあっ? 本気? 何でアレに……」
あれ呼ばわりは流石にヒドいぞ。 気持ちは分からないじゃないが。
「俺1人で会いたくないし……」
「いやあたしだって会いたくないんだけど?」
「頼む。 居てくれるだけでいい。 その指輪が報酬だ、断れるかな?」
「うわっずる!」
その後「居てくれ」「イヤ」「居てくれ」「イヤ」の繰り返しが続き、ついに俺が土下座をしようというところで、クリスタは折れてくれた。
「ハァ……あたしは居るだけでいいのね?」
「それでいい」
「了解……あと、これの埋め合わせはまた別で用意すること」
「わかった。 背に腹は代えられない」
大変に失礼な話をしながら、徐々に重くなる足をどうにか動かして、町長氏の邸宅前に到着する。
この町ではほとんど取り入れられていない近代的な建築様式が用いられているとかなんとかで、景観からやや浮き気味な真っ白屋敷の敷地に足を踏み入れる。
「相変わらず白いわね……」
「…………」
「アル? どうしたの――」
「――いらっしゃいませ」
「わっ!?」
クリスタが黙りこくる俺を訝しんだその時、どこからともなく眼鏡をかけた生真面目そうな女性が現れた。
女性は赤い紐でキッチリとまとめられた黒髪と銀縁眼鏡を陽光で輝かせながら、こちらに一歩近づき斜め45度のお辞儀をした。
「私は使用人の“カトリ”。 ご用件は伺っております。 アルフレド様、クリスタ様、どうぞ中へ」
カトリと名乗る女性は特徴的な銀色の瞳でこちらを真っ直ぐ見据えてくる。
「は、はい……どうも」
その視線に少し気圧されたされた様子のクリスタと共に、カトリさんに招かれ屋敷の中に入る。
彼女には見覚えがない。 全員を把握していたわけではないが、もしかしたら俺のいない3年の間に雇われた人なのかもしれない。
……と、思い傍らを歩くクリスタを見ると、彼女もどうやらカトリさんには見覚えがないようで、俺の視線に気づいて小さく首を横に振った。
踏み心地でわかるほど高級なカーペットが敷かれた廊下を抜け、『執務室』と書かれた大きな扉の前に通される。
「ヴェルナー町長が中でお待ちです。 ご準備よろしいでしょうか」
「……はい」
俺とクリスタは一呼吸して頷く。
カトリさんは「了承した」と言うように一つゆっくりと瞬きをしてドアノブに手をかけた。
ノックはしないのか、と口に出す前に、ガチャリ、としっかりとした音とともに扉が開かれる。
「失礼します。 アルフレド様とクリスタ様がいらっしゃいました」
部屋に入り、正面にある大きな執務机に座る屋敷の主にカトリさんは声をかける。
しかし、返事はない。 その時、それまで無表情だったカトリさんの眉がピクリと動いたのを、俺は見逃さなかった。
「町長……」
「んごー……んごー……」
あろうことか、町長は仕事をするはずのその椅子の上で居眠りをしていた。
呼びかけに反応を示さない居眠り男に、カトリさんはワントーン大きな声で再び声をかける。
「町長、起きてください」
「……う~……ん……」
「……起きてください」
「ううん……あと5時間……」
プチン、と音が聞こえた気がした。
カトリさんは一歩前に出て、俺達から離れるとすうっと息を大きく吸い込み――
「――起きろボンクラ!!!! 次はないぞッ!!!!」
「ぬごっ!? あー……」
ビクッと大きく体が跳ねて、居眠り男は目を覚ました。
首をぼりぼりと掻きながら辺りをきょろきょろと見まわし、俺達に気づく。
「……お? おお、いらっしゃ~い、俺になにか御用かな?」




