11話 俺は、怒ってるんだ
「こっの……死ねやァ!!」
俺の予想どおり、バンダナ男は舐めてかかれる相手ではなかった。
厚みのある長剣を片手で振り回し、軽やかに斬撃を繰り出してくる。
俺は1つ1つ斬撃を、肘や手首を柔らかく使い、剣の反りを利用しつつ最大限衝撃を和らげて受けていく。
「……ッ!」
ギンギンと金属がぶつかり合う音が商店街に響く。 じりじりとした緊張感が辺りを包んでいた。
「いいかリリィ! こうやって柔らかく受け流してやれば力で劣っていても勝負できる! 冷静に相手の攻撃を見極めろ!」
「……ハイ!!」
「相手の力を逆に利用してやるのも重要だ! 今から見せてやる!」
「ハイッ!!」
「クソッ……! オレと戦ってる時に、授業なんざしてんじゃ……ねぇッ!!」
来た――大振りの一撃ギリギリまで待って……流す!
「よっ……っと」
「――おわっ!」
相手が押し込むのに合わせて受け流すことによって体勢を崩してやると、バンダナ男はつんのめってふらついた。
その隙に首に剣を突き付けてやる。
「ひっ……」
「武器を捨てて両手を頭に付け――いや、面倒だから輝石を俺に渡せ」
剣を突き付けたまま片手で差し出して催促する。
「わ、わかった……待てよ、待てって、へへへ……今出すからよ……」
バンダナ男はゴソリ、と懐を探る。 取り出したのは小さな球体――
「あばよっ!!」
――煙玉か。
地面に投げつけられた玉が弾け、中から大量の煙が――
「……あれ?」
出ることはなかった。
バンダナの男はこれ以上なく見開かれた目で、自分の手と煙玉をぶつけ割るつもりだった地面とを交互に見る。
「なんで……」
「キャッチした。 投げさせるわけないだろ普通」
俺は煙玉を摘まんで指で転がして見せる。
「なっ……!?」
「頼むから、大人しく捕まってくれないか? これだけやって実力差が分からないほどあんたは弱くないはずだ」
冷や汗をかき、だらしなく口を開けたままの男の目を見てゆっくりと諭すように話す。
「武器もこいつも、後でちゃんと返す。 あんたがしばらく留置所で大人しくしてくれればそれが一番穏便に済むんだ。 分かるよな?」
「ぐっ……ちくしょう……! あのクソ女のせいで……!」
「あのな」
俺は未だに悪態をつき続けるバンダナ男の顔を掴む。
「……伝わらないかもしれないけど、俺は、怒ってるんだ」
「がっ……!? 痛ッ……!」
掴んだ手につい力がこもるのをギリギリで抑え込みながら、逸らせないよう男の目を見据える。
「平和な故郷で事件起こされたり、大切な幼馴染に手を上げられそうになったり、果ては“クソ女”呼ばわりされたり」
「ぐ、がっ……つぶれ……!」
「――アルっ!! もうやめなさいっ!!」
クリスタの声に、俺は顔を掴んでいた手を離してやる。
「――ううっ! ……ハァ……ハァ……っ!」
四つん這いになって脂汗を流し、必死で息を整えている男から目は離さず、周辺視野だけで歩み寄るクリスタを捉える。
「……もう充分でしょ。 そのくらいにしときなさい」
「元々これ以上は、私怨になるからやる気ないよ。 ちょっと反省のために痛い目みてもらおうと思っただけだ」
真剣な顔をするクリスタに、俺は努めて冷静に言う。
「ウソ。 あたしが止めなきゃ最低でも気絶するまではやってたわ」
……がしかし、流石は幼馴染。 彼女には俺の演技などお見通しのようだ。
「…………」
「黙んのやめなさい分かりやすい」
「……とりあえず、コイツ縛るからちょっと待ってくれ」
俺は近くの店の店主からロープを貰い、懐の輝石を奪い取った後でバンダナ男を縛り付けて拘束した。
減らず口を叩けないように猿ぐつわも噛ませておこう。
「……よし、こんなもんでいいだろ」
ロープでぐるぐる巻きにされてフガフガと苦しそうだがまあ死にはしない。
あとは自警団にお任せだな。
「本当は大事にしたくなかったからここの留置所で済ませてもらおうと思ったけど、それだけじゃ更生してくれそうにないからちゃんと大きな町の牢屋に入ってもらう。 反省してくれ」
俺は男を見下ろしてそれだけ言うと、ポカンと突っ立ったままのリリィを見る。
「自警団に事情聴取とかされたくないし、逃げるぞ」
「えっ? は、ハイ!!」
「……残念ながら、もう来たわよ」
「マジでか」
クリスタの指差す方を見ると、簡素な武装をした数人の男が、既にまばらになっていた野次馬の生き残りの向こうに見えた。
だが確かに、これでも遅いくらいだ。 普通ならこの辺りに1人は巡回しているはずなんだが……
「1人いたけどソイツに睨まれて逃げてってたわ」
「……まあ、普通自警団員1人で勝てるレベルじゃないから応援呼ぶのが正解ではある」
改めてこの町は戦力が薄いなと思う。 何人かは頼りになる人材はいるが、その数人がいない場所で事件が起こればこうなってしまう。
……しかし、それよりはまず、自警団をさっさとやり過ごす方法を考えなくては。
「……あたしが話しとくから、帰んなさい。 リリィも、疲れてるでしょ?」
「ありがとう、助かる」
「い、いいんスか? 先輩1人で大丈夫っスか?」
「あんたも知ってのとおり自警団には知り合いいるし、あたしが悪い事したわけじゃないし平気よ。 はい行った行った!」
クリスタはしっしっ、と追い払うような動作をする。
俺はその好意に甘えて、後ろから呼び止める自警団の声を無視し、リリィを連れて「流石だなアルフレド!」「カッコいい~……」「よっ!色男!」など色々と囃し立ててくる人々の波を抜けた。
「不本意ながら目立っちゃったな」
「師匠ってやっぱり目立つのキライなんスか?」
「メリットがあれば別にいいんだけど、今回はお前の指導に丁度いい相手だったからな……」
目立っても“実”が伴わなければ大概いいことはない。 何事も分相応が大事なのだ。
「それにしても師匠怒ると怖いっスね……自分ちょっと震えちゃったっス」
「あのレベルは稀だよ多分……――ん?」
ようやく落ち着ける場所まで離れたところで、1人の小さな女の子が母親と思われる女性と共に、遠慮がちにこちらに近づいてくる。
「あの、その……」
「ん~? どしたっスか?」
リリィは何か言おうとしている女の子にしゃがんで目線を合わせて聞き返すが、女の子はもじもじしたまま口をつぐんでいる。
すると、母親らしき女性が見かねて前に出てくる。
「実は、さっきのバンダナ男にこの子――ウチの娘がぶつかって怒らせてしまって……危ないところをあの女性が庇ってくれたんです」
「あー、なるほど。 やっぱりそういう感じでしたか」
クリスタが自分の為にあんなに食ってかかるとは思えないしな。 概ね予想していたとおりだ。
「あの……さっきは助けてくれてありがとう」
「……俺か? いや、礼を言うならあのお姉ちゃんに言ってやってくれ。 俺は君を助けてないしな」
事実だった。 俺は別に事情を知って止めに入ったわけではないし、リリィの指導に利用してさえいたのだから。
「でも、あの男を捕まえてくれたわけですし、私からもお礼をさせてください」
「いえいえ、お買い物の邪魔したのは俺もアイツも同じなんで」
ひらひらと手を振って拒否を示すと、親子そろって不思議そうな顔をした。
「えっ? ……いえ、そんなことは……あの、後日でも改めてお礼の品を」
「ではまた。 行くぞリリィ」
ペコペコと頭を下げる母親に一度だけ軽く頭を下げ返し、女の子と話しているリリィに声をかけてさっさと帰路につく。
「あ、ハイ! じゃ、デボラちゃんまたねっス! もうよそ見しちゃダメっスよ~!」
リリィは“デボラ”というらしい少女に手を振り、小走りで俺に追いついてくる。
「も~師匠ったらもうちょっと聞いてあげればよかったのに……」
「言ったろ、礼をされるべきなのは俺じゃない。 やったこと以上に称賛されるのはなんだかな」
「カッコよかったっスけどねぇ……デボラちゃんあれ師匠にホの字っスよ~?」
この言い回し……おやっさん周りからの悪い影響を受けているな。 教育のためにも早急に遠ざけたほうがいいかもしれない。
「……とにかく、俺は常に自分のことだけ考えてる。 俺の中で収支が合わないことはどうにも受け入れがたいんだ。 なにより俺自身が納得できないからな」
「師匠の言うことは難しいっス……あ、自分こっちなんでこれでさよならっスね」
リリィは曲がり角を指差す。
「お前の家そっちか」
「ハイ! あっちの方の集合住宅っス」
「ああ、あった気がする」
俺が町の地図を頭に思い浮かべているとリリィは俺に向き直って、深々とお辞儀をしてきた。
「本日はありがとうございました! 明日もよろしくお願いします!!」
「いや、明日は休め」
リリィは体を曲げたまま顔だけ上げて「え」と口を開く。
「今日は疲れたって言ってたろ。 明後日は仕事なんだから休養は必要だ」
「いえ、疲れたとは言っても明日ずっと休むほどじゃ……」
「自分が想像してるより疲弊してるはずだ。 仕方ない話だが、お前は輝石を用いた訓練が足りない。 体が慣れていないんだ」
しばらくうう~んと唸って納得のいかない顔をしていたリリィだったが、一息吐いて頷き、「分かりました」と言った。
「よし。 お前は素直だけど、それ以上に頑張り過ぎる。 俺が休めと言ったら休め。 いいな?」
「ハイっス……あ、でも今日反省というか、日記みたいなもの書くのはいいでしょうか?」
「反芻――自分で色々考えるのも大事だからな……そういえばお前読み書きできるんだよな。 いやバカにしているとかではなくな」
この町にも最低限の教育機関はある。 しかし、リリィがそこに通うほど金銭的余裕があったとは考えにくい。
さらに小さくはないこの町ですら施設は“最低限”である。 彼女の住んでいた村レベルの集落ではある方が珍しく、ほとんどの人間が読み書きできないのが普通だ。
そのため、リリィが日記を書けるだけの読み書きができるというのは驚くべきことなのである。
「騎士になるには読み書きくらいはできないとダメと聞いたので、村で読み書きできるじいちゃんに教わって……まだまだ勉強中で完璧ではないけどなんとか、ってところっス」
本当に勤勉な娘だ。 この頑張りを見せられては師匠として応えねばなるまい。
「そうか。 日記を書くのだが、やってもいいぞ。 ただし、ほどほどにな」
「ハイっ!!!」
本日一番の返事を見せたリリィと別れの挨拶を済ませ、俺は家に帰った。
◆
「うわっ! あんた人の部屋の前で何してんの?」
クリスタは自分の部屋の前で腕を組んで立ち塞がる俺を怪訝な顔で見る。
「意外と早かったじゃないか。 ちょっと用があってな」
「……部屋入ってりゃよかったじゃない。 いつ帰ってくるかも言ってないのに」
肩を竦めて呆れたように溜息をつく。
「子供じゃないし、女の子の部屋に勝手に上がるのは流石に問題あると思ってな」
「んーまあ、それはそうね。 てか自分の部屋で待っててもよかったでしょ隣なんだし」
それもそうだ、その手があったか。 俺はポンと手叩く。
「何も考えなかったんかい。 ってことは1時間くらいここで待ってたってこと?」
「早く会いたかったってことでここは一つ」
「…………で、何よ用って」
「まず、弁当ありがとう。 ウマかった」
赤い顔の幼馴染に弁当箱を返すと、さらに頬の赤みが増した。
「まず、ってことは、他に何か?」
クリスタは照れ隠しに唇尖らせてぶっきらぼうに言う。
「ああ、明日暇か?」
「明日? 仕事はないけど……」
「よし、じゃあ午後から俺と出かけないか?」
突然の誘いに目をぱちくりさせるクリスタに、俺はさらに続ける。
「ちょっとやりたいことがあってな。 付き合ってくれ」
「……今から何やるのかってのは教えて――」
胸の前でバツを作って見せると、クリスタはやれやれと頭を振って苦笑いを浮かべる。
「……もらえないわけね。 OK、いいわよ午後からね」
「恩に着る」
「また大げさな……用はそれだけでいいのね? じゃあもうそろそろ母さんも帰って来るしお風呂入っちゃいなさい。 ご飯用意しとくから」
「待て、俺も何かすることないか?」
ここにいるとほぼ何もしなくてもよくなるのは非常に楽なのだが、旅を経験した今だと何もできないのはむしろツラい。
「別にないわね。 あんた生活力低いんだから大人しくしときなさい」
「いやいや、俺だって旅を経て成長してるぞ。 焼く、煮る、炒めるを習得したんだ」
「……普通ね」
ピシャリと言われて俺もショックを隠せずに膝を抱えてうずくまる。
「へこんでるフリしてもお見通しよ。 あたしは好きでやってるからあんたは気にせずお風呂入ってきなさい」
「……ちっ やっぱりこうなるか。 わかった。 じゃあ色々よろしく」
すくっと立ち上がり軽く頭を下げる。
後ろから聞こえる「はいはい」というクリスタの溜息まじりの返事を聞きながら、俺は1階の風呂場に向かう。
「さて、いいのが見つかるといいが……」
家の階段を下りながら、俺はポツリと呟いた――




