10話 “手本”を見せる
「――1年前、師匠に助けられたあとの村は人が住める状態じゃなくなってまして……。 それで、自分達は騎士団の人達に護衛されて別の町に行くことになったんス」
「まあ、あの惨状じゃそこに住み込んで立て直し、ってのは難しいだろうな」
家も畑も焼かれ壊され、とにかくメチャクチャな状態だったことが思い起こされる。 それなりの人が亡くなったとも聞いた。
もう少し早く着いてたら、と仲間達と後悔したのも覚えている。
「その町は快く迎え入れてくれたっス。 でも、自分のウチは弟と妹が2人ずついて、町で暮らすにはどうしてもお金が必要で……」
リリィは話しにくそうに手を揉む。
「もちろん騎士団からの支援もあったんスけどそれじゃちょっと……町にも自分ができるような仕事は残ってないし、それでもどうしようもなくなったので……」
「口減らし、か」
口をつぐむリリィに代わって言うと、彼女は慌てて首を振る。
「あっ!別にムリヤリではないっスよ? 自分から提案したんス」
「……お前ならそうだろうな」
平気なように取り繕って、笑いながら両親に提案をする姿は想像に難くない。
「なるべく近くて大きい町にってことでチセに来たけど、まあそう簡単に行くわけもなく何件も断られて、途方に暮れているところを店長が拾ってくれて今に……って感じっス」
そうか、と俺は小さく息を吐く。
大体予想していたとおりだったが、実際に本人から聞くと重みが違うな。
「だから店長のことも師匠ほどじゃないけど尊敬してるっス! おかげでほんのちょっとだけどウチにお金を入れることもできるようになったし……――師匠?」
俺の様子にリリィは驚いているようだったが、その表情は目から零れる熱いもので霞んで見えない。
「なななっ……泣いてるっスか!?」
「……弱いんだ、こういうの」
「すごい、無表情のまま涙だけがどんどん……」
手で顔を覆って涙を止めようと試みるが、これはしばらく止まらないやつだ、と悟るだけだ。
「なんていうか、意外と熱い人っスよね師匠って……」
「イメージと違って失望したか?」
「そんなっ! そりゃ最初に会った時の印象とは違いましたけど、こうやって自分のつまんない話でも真剣に聞いてくれるし、思ってたよりもずっとずっと素敵な人だったっス!」
ならよかったよ。 そう言いつつようやく涙が止まってきた感覚がした。
「あっそうだ、ハンカチ、使うっスか?」
「おう、ありがとう――」
お言葉に甘え、ぼやけた視界で青色のハンカチを受け取る。
少し涙を拭ったところで、そのハンカチに見覚えがあることに気づく。
「これは確か……」
「あ、ハイ……師匠に貰ったものっス。 えへへへ……あれからずっと使わせてもらってるっス」
はっきりとした視界で見てみれば、ハンカチは一度血を拭くのに使ったうえ1年経っているというのに随分と綺麗な状態だった。
かなり面倒だろうにシミを落としてまで使ってくれていたとはなんとも律儀な娘だ。
「あの、返した方がいいっスかね……?」
「もうこれはお前の物だよ。 今後も好きに使ってくれ」
「やった!」
リリィはぴょんと跳んで喜びを表現する。
実はデザインが気に入っていたやつだったんだが、これだけ喜んでもらえるなら少しも惜しくない。
「……あ。 でもこれ師匠の涙が……あ、洗えない、もう洗えないっス……」
「いや洗え洗え」
このぶんだと何をあげても喜びそうだな。 俺を尊敬するにも限度というものがある。
「今回は自分の話を聞いてくださってありがとうございました。 おかげでスッキリしたっス!」
「ほんとに聞いてただけだけどな」
「師匠に聞いてもらったことが重要なんです!」
リリィは両手をぎゅっと握り締め屈託のない笑顔を見せる。
「そうか、役に立てたんなら何よりだ」
ならばとこちらも笑顔で応える。 多分伝わっていないが。
「……そういえばお前、どうして騎士になりたいんだ? 言っちゃなんだが、騎士団はお前の村を救えたとは言い難いだろ」
そんなこと言ったら俺も救えていないんだが、リリィの俺への憧れの気持ちは本物のようだし論点がぶれそうなのであえて言わない。
「えーっと……そもそも自分は騎士団が遅れたせいで村の人が死んじゃったとは思ってないっス。 来てくれなかったら、もっとたくさん犠牲になってたっスから」
返ってきたのはなんとも理性的な答えだった。
「何でなりたいかっていうと、小さいころからの夢っていうのが大きな理由っスけど、護衛してくれた騎士の人達がすごく良くしてくれて……」
リリィは当時を思い出すように少し遠くを見るような目で話す。
「とにかく気を使ってくれて、それに、何度もあたし達に謝ってて……ほんとはちょっとだけ、もっと早く来てくれてれば、って思ってたけど、そういうの恥ずかしくなっちゃったっス」
「だから……」とリリィは息を吸う。
「だから、自分は騎士になりたいと思ったっス」
「なるほど……」
「あとはアレっス、ちょっと恥ずかしいけど、父ちゃんと母ちゃんを安心させてあげたいというか、二人には貧乏なせいで夢を諦めたって思わせたくないんス」
「すまん、もう一回ハンカチ貸してくれ」
「ええっ!? これでも泣いちゃうっスか!?」
結局俺の気持ちが落ち着くまでしばらくリリィに待ってもらうことになってしまった。 情けないけど耐えられなかったんだ、くそう。
◆
「いやー結局見つからなかったっスねぇ」
「まあ運任せだしこういうこともある」
夕暮れ前まで森を歩いてほどほどに強い魔物を探したが、結局見つけることができず、俺達は町に戻る道を二人並んで歩いていた。
とはいえ、目的を半分以上達成できたので俺は概ね満足している。
「1日ずっと輝石を起動しっぱなしで歩くってのも立派な訓練だ。 実際結構しんどいだろ」
「……分かっちゃうっスか? こんくらいなんてことないはずなのに不思議とすっごく疲れたっス」
輝石を起動続けると疲れやすい、というのもあるが、長い時間緊張感を保ってた疲労もあるだろう。
実は今回のは普通の人間なら体力が持たないはずのハードトレーニングなんだが、リリィは充分こなせるようだ。
「ただ歩くだけでも訓練になるんスね……奥が深いっス」
「既に体力があるのは知ってたからついでだけどな。 本筋はお前に適当な魔物と戦わせて適正を確認するのと、目指すべきスタイルを見せることだった」
「片方はできたってわけっスね! 色々考えててすごいっス師匠!!」
本当になんでも持ち上げるなこの娘。 適当に言ってるふうではないのが少々厄介だ。
そうして会話しながらしばらく歩き、古びた門の前に到着する。
「ふぃ~着いたっス……」
「早めに帰って休むといい――ん?」
「師匠? どうかしたっスか?」
「この音……」
「音? いっつもこんなもんなような……」
いつもこの時間は夕飯前の買い物客で門近くの商店街が賑わっている。 故に少しばかりうるさいのは当然だ。 しかし――
「この声はそういう感じじゃない。 ちょっと良くない状況っぽいな」
「……そう言われれば変なざわつき方なような」
「後ろに付いて来い」
リリィもただならぬ気配を感じ取ったのか無言で深く頷く。
俺は頷き返すと、緊張の面持ちの弟子を後ろに連れ、喧騒の中に飛び込んだ。
「だ~か~ら~っ! あんたが謝れば済む話でしょうが!! あんな子供に恥ずかしくないの!? 無名のショボい冒険者のくせにさっ!!」
「あれって……先輩っ?」
その中心にいたのは俺の自慢の幼馴染――クリスタだった。
どうやら赤いバンダナが印象的な大柄の男と口論しているようだ。
「何だとォ……!? このアマ、言わせておけば……! オレはBランク冒険者だぞ!!」
事態は既にヒートアップしきった後のようで、バンダナ男は青筋を立てて腰の剣を抜いた。
「おい、やばいよ……!」「クリスタちゃん! もうやめとけって!」「ママーっ!!」等々……周囲にどよめきが起こる。
「B……あいつ結構強いな」
「し、師匠、どうするんスか!?」
リリィは腕をぶんぶん振りながら俺とクリスタの方を交互に見る。
「ふ~ん、剣抜いちゃうんだ? こんな小娘相手にBランク様が」
「どこまでもオレをコケにしやがって……ちょっと痛い目見せてやんねぇとなぁ?」
男は剣を持った右腕ではなく、素手の左腕を振りかぶる。
最低限の分別があってよかった――
「……ッ! テメェ……!?」
「それ以上はやらせない」
――だからといって止めない理由はない。
俺は振りかぶった腕を掴んで止めた。
「いつの間に……テメーオレの邪魔するってのか?あぁ?」
「そりゃするでしょ。 素手だったらいいとかそういう問題じゃない」
「ケッ 女の前だからってカッコつけてんのか?」
バンダナの男は俺の手を振りほどいて笑う。
あっさり止められたというのに随分余裕があるな。 近づいてみれば酒の匂いがするし、顔も少し赤い。 それなりに飲んでいるのだろうか。
「アル、あんた帰ってたの……?」
「ただいま。 こいつ俺がもらっていいか?」
男を指差して言うと、クリスタは苦笑いで頷いた。
「……やり過ぎないでよね」
「よしきた」
俺が背中の鞘から青い剣を引き抜くと、バンダナ男の眉がピクリと動いた。
「本気でやるってのか? 剣抜くなら容赦しねぇぞガキ」
「……すみませんね皆さん。 1分だけお時間ください」
男の言葉は無視して周りの人達に断りを入れる。
クリスタは俺には何も言わず、彼らに俺と男から遠ざかるよう促していく。
ずるずると野次馬――この期に及んでこの場から離れる気がないようなのでこう呼ぶ――は後ろに下がって、俺達を中心に10メートルくらいの円になる。
「無視してんじゃ……ねぇ!!」
「おっと」
男の右袈裟斬りを軽く受け流す。 本当に容赦なく来たな。
「――リリィ!」
「は、ハイっ!?」
円の内側――俺の背後の少女へ呼びかける。
「いい機会だ、短いけど“手本”を見せる。 よく見とけ」
「――ハイ!!」
街中で本気で戦うわけにもいかないので丁度いい。 1分時間貰ったしな。 返事は聞いてないけど。
「テメェ~……舐めくさりやがって!! もういい、ぶっ殺してやる」
「さて、もういつでもかかってきていいぞ」
俺はさりげなくウンディーネを片刃に変形させ、両手で中段に構える。




