入隊&移住
「では、ここに署名と血印を」
言われるがままに正夫は書類に氏名を書き、持っていたナイフで指を少し切り、血印を押した。
- - - - - - - - - - - - - - - - -
彼を看護してくれたハンナという少女も、去年にこの国に移住したらしい。まだ地形に詳しそうではなかった。(周りは黒い森で囲まれてるので、軍関係者は地形に詳しくなければ作戦に支障をきたすのだが・・・・)
場所を教えてくれたのはいいものの、自分の移住先と手続きする役所がわからなかった正夫。
「ここに移住するための手続きはどこで・・・?」
「あ、そうか。今日からこの国に住むんだったんだね。じゃあこれから基地に行きましょ。」
「き、基地!?役所じゃないの?」
場所の意外性に驚く彼に彼女も少しびっくりしていた。
「え?知らなかったの?ここに住む15歳以上の男女は全員軍に入るのよ。だから、基地は役所も兼ねてるのよ。住民登録もそこでやるの。」
また1つ謎ができてしまった。
ここの軍は住民管理の仕事でもやってるのか?
そう思ってる彼をよそに彼女は
「じゃあ、もうちょっと休んだらいきましょ。私もまだやることがあるし。」
そう言って彼女は小走りで別の部屋に駆け込んだ。
一人になって正夫は考え込んだ。
この国の住民票は軍が管理することになるけど、なんでわざわざそんな負担のかかる作業をやるんだ?ましてや軍だよ。日々訓練で多忙な兵士にそんな仕事できる?雑務部でもあるのか?
考えても謎は増えるばかりだった。
ふと、彼は思った。
そういえば彼女は何者なんだ?軍に入ってるのはわかったが、住民であること以外、なにもわからない・・・・等級は?所属は?
そんなくだらないことを考えてるうちに、もう15分もたっていた。
彼女が部屋に入ってから30分、やっと出てきた。
正夫はもう起き上がってた。さっきまで乱れてた毛並みと髪はもう整えてあった。彼女は常に綺麗であったが。
「じゃ、行きましょ。あ、あとナイフとかも忘れないでね。必要だから。」
何に必要かはわからなかったが、とりあえず持ってきてた小型ナイフをポーチに入れた。
木のドアを彼女が押し、自分は後に続いた。
外に出て、彼は一瞬目を疑った。
周りは、金色の絨毯のごとく生えてる麦畑で満たされ、噂で聞いてた荒地とはえらい違いだった。家も数件建っていて、道では子供が遊んでいた。狼、犬、竜、鼠・・・色々な種の獣人の子供が、じゃれあっていた。
「どう?ちょっと驚いた?私も去年ここに住み始めた時に初めて知ったの。前は荒地だったらしいけど、軍が食料確保のために麦畑を作ったんですって。」
彼女はそう説明しながら、黄金の絨毯の脇を通った。彼もついていった。
麦畑とはいえ、高さはサトウキビと同じくらいの高さだった。上には麦らしく、ちゃんと穂がついていた。風が吹くと、穂も流されて、金色の絨毯は波立った。まるで風に吹かれる毛のように・・・・
しばらく歩くと、麦畑が途切れ、周りはあの森になっていた。木々の高さはさっきのよりも倍近く高かった。そのせいか、光があまり差し込まず、湿気の多い暗い森であった。光が差すところには花畑や池があった。
その美しさに余所見をしていた正夫を呼び戻すかのように彼女は、
「この森の先に基地があるの。この森も基地が所有していて、訓練所として使ってるの。あ、あれよ。」
彼女が指をさしたさきにいたのは、木に乗っている4人グループ編成の獣人たちであった。だが、何かが違っていた。体は全身、ベルトらしきものがあり、全員ゴーグルをかけていた。一人が木から飛び降りたかと思うと、グライダーを開いた。
こんな狭いところでグライダーは無理でしょ。
そう思った彼であったが、結果は違った。
彼らは展開したグライダーを自由自在に操縦し、木々の間を簡単にすり抜けた。
「あれは奇襲の訓練よ。夜間にやる作戦で使われる戦法だけど、今日は昼にやってるみたいね。」
彼女の説明を聞きながら、一行はさきに進んだ。
20分ぐらい歩いたとこか、やっと基地に着いた。
彼はまたも驚いた。敷地の境界を示す鉄格子が左右はるか彼方まで続いていた。滑走路も整備され、格納庫や司令塔、訓練所、その他の施設もある、巨大な基地だった。
「着いたね。ここが私たちの拠点『第一ニセコ基地』よ。空軍と陸軍が共同で使ってるの。因みに私は陸軍に入ってるの。」
ゲートに着き、彼女が身分証明書らしきものを出した。衛兵はそれを確認すると、敬礼をした。もちろん、彼女も。
目的を告げると、衛兵はゲートを開けた。
施設まではまだ道が続いてた。
周りをみると、射撃の訓練、格闘術の訓練、模擬戦闘・・・・いろんな訓練がやっていた。空軍はというと、所持してる航空機(旧式のF-22やF-15など)をしてるところ以外は、なにもやっているようには見えなかった。
「今上で空軍の模擬空戦がやってるでしょ。わかる?」
上を見ると、青い空の真っ只中で飛行機のドンパチがやっていた。ドッグファイトの訓練だろうか、全然ミサイルを撃たない。機銃の咆哮がここまで聞こえる。両者とも腕のいいパイロットなのか、全然弾が当たってない。
「さ、行きましょ。」
さきを急ぐかのように、彼女は彼の腕を引っ張って行った。
施設について、住民登録並びに入隊の手続きを行った。手続きは別の部屋でやるらしく、関係者に案内された。通された部屋は狭かった。しばらくここで待つよう言われた。
しばらく待ってると、ドアが開いた。入って来たのは老犬の事務員だった。
「えっと・・尾高正夫さんですね。」
しわが少し目立つ犬の小父さんのような事務員に確認された。
「はい。」
もちろん、迷いなく答えた。
「ええっと、東京都江戸川区〇〇町ですね。移住先はどこにしますか。」
「じゃあ、ここにします。」
地図を指で指した場所は、ハンナの家だった。
「あら、私のとこと一緒ね。」
ちょっと嬉しそうな顔をしてた彼女だった。
「看護もしてくれたし、何かお礼をしたいし、それに・・・・」
喉まで来てた言葉を吐き出すのを事務員の声がとめた。
「え~、わかりました。では、次にあなたの所属する軍も決めます。あなたは・・・えっと・・・・」
老眼なのか、リストの載った紙をジィ~っと見てる。
大丈夫か?
ちょっと馬鹿にした感想が頭の中に走った。
「え~っと、あなたは『獣人同盟陸軍ニセコ方面第3師団第2軍第7小隊』にはいることになってますね。よろしいですか?」
老眼鏡越しからギロッとにらんだ老犬の事務員。
「はい、わかりました。」
ちょっと悪寒が走った。
老犬とはいえ、この人も軍に所属してるのだろう。睨みは蛇並みだ。
「あら、私の所属してる小隊だわ。すごい偶然ね!」
キャッキャキャッキャとはしゃぐ彼女。ちょっと赤らめる顔を彼はした。
「では、ここに署名と血印を」
そうか、ここでナイフを使うのか。
謎がまたひとつ解けた気がした。
彼は言われるがままにナイフをポーチから出し、渡された住民票兼入隊手続きの書類にサインをした。そして、出したナイフで指を少し切って、血印を押した。
「はい、ありがとうございます。今からあなたはわが国『フォーゲル』の住民、並びに獣人同盟軍の一員として認めます。頑張ってくださいね。」
細々とした励ましの言葉をもらい、老犬は部屋を退出した。彼らも部屋を出て、施設を後にした。
ハンナは正夫にこう言った。
「これから2人で頑張りましょ!」
うん、と返答した彼の手を、彼女の左手が包んだ。彼らの波乱なる人生が始まるのはこれからであった・・・・・




