第7話「騎士たちは知らない」
お疲れ様です、皆月葵です。
第7話「騎士たちは知らない」を公開しました!
さーくんと呼ばれるようになって一月。
誰も知らないアーサーの一面を知っているのは、世界で自分だけ。そんな日々の中で、主人公が自分の気持ちに気づいてしまう――少し切なくて温かい回です。ぜひお楽しみください!
転生して、四ヶ月が経った。
さーくんと呼ばれるようになって、ひと月が経った。
夜の時間が変わってから、俺はアーサーという人間についてずいぶん詳しくなった。好きな食べ物は甘いもの全般だが人前では食べない。苦手なものは虫だが騎士の前では顔に出さない。疲れると左肩が少し下がる。考え込むと眉間に力が入る。笑うとき、最初は必ず声を殺そうとする。
全部、騎士たちは知らないことだった。
(俺だけが知ってる)
そう思うたびに、少し困った気持ちになった。
嬉しいのか、切ないのか——自分でもよくわからない感情だった。ただ、その感情が日ごとに大きくなっていることだけは、はっきりとわかっていた。
その日の円卓会議は、珍しく静かな立ち上がりだった。
北方への出陣準備が本格化する中、各騎士からの報告が続く。
ランスロットが口を開いた。
「補給線の確認が取れました。予定通り二週間以内に整います」
静かで端的な報告だった。余計な言葉が一切ない。
「ありがとうございます、ランスロット卿」
アーサーが応じた。
するとガウェインが身を乗り出した。
「整うのはいいですけど、整った瞬間に出陣できる態勢になってますか? 兵の体調管理とか、馬の状態とか、細かいところまで全部確認できてます?」
「そこまで含めての二週間です」
「含めてって言葉、信用できないんですよね俺。具体的にどう確認してるか教えてもらえます?」
「……報告書にまとめます」
「口頭でお願いしたいんですけど」
「ガウェイン卿」
ランスロットの声が、わずかに低くなった。
「今は全体の進行確認の場です。細部は後ほど個別に」
「細部が大事なんですよ、細部が!」
(また始まった)
アーサーはそれを黙って聞いていた。
止めるでもなく、どちらかに肩入れするでもなく。ただ静かに、全部を受け取っていた。
今日のアーサーの左肩は、会議が始まって一時間で少し下がり始めていた。
(疲れてるんだろうな)
俺にはわかる。でも騎士たちには見えない。
「二人とも」
アーサーが静かに言った。
室内が静まり返った。
「ランスロット卿は報告書を明日までに。ガウェイン卿は気になる点を箇条書きでまとめてランスロット卿に渡してください。二人で確認してから俺に報告を」
「……御意」
二人が同時に頭を下げた。
(うまいな)
毎回思う。毎回思って、毎回同じ結論に至る。
この子は、すごい。
その夜。
寝室に戻ったアーサーは、鎧を外してからベッドに腰かけた。珍しく、すぐに横にならなかった。
「さーくん」
「はい」
「今日の会議、聞いてた?」
「聞いてました」
「ランスロットとガウェイン、またやってたね」
「毎回ですね」
「でも、二人とも正しいんだよね」
アーサーが続けた。
「ランスロットは全体を見てる。ガウェインは細部を見てる。どっちも必要なことを言ってる。ただ……」
少し間があった。
「二人とも、相手の言ってることを聞いてないんだよね」
「アーサーが間を取ってましたよね」
「それしかできないから」
アーサーが苦笑いした気配がした。
「王って、そういうものなのかな。自分の意見より、みんなの意見をまとめることの方が多い」
「それが王の仕事だと思います」
「……さーくんって、たまに難しいこと言うね」
「看護師の受け売りです」
「何回目だよ、それ」
アーサーが小さく笑った。声を殺さない、本物の笑い声だった。
しばらくして、アーサーが言った。
「ランスロットって、私のことどう思ってるんだろう」
(急に何だ)
「どういう意味ですか」
「王として見てるのか、それとも——まあ、王として見てるよね。それでいいんだけど」
アーサーが俺を手に取って、少し持ち上げた。
「さーくんは、私のことなんだと思って見てる?」
俺は少し考えた。
「アーサーだと思って見てます」
「王じゃなくて?」
「王でもあるけど、アーサーでもある。両方」
「……どっちが本物?」
「どっちも本物だと思います」
アーサーが黙った。
今度は短い沈黙だった。
「そっか」
それだけ言って、アーサーはゆっくりと横になった。
俺を胸に抱えたまま。
「おやすみ、さーくん」
「おやすみなさい」
月明かりが、静かに部屋に差し込んでいた。
アーサーの寝息が聞こえ始めてから、俺はずっと考えていた。
「さーくんは、私のことなんだと思って見てる?」
その質問が、頭から離れなかった。
アーサーだと思って見ている——それは本当のことだ。でも正確には、もっと別の何かがある。
笑い声を聞きたいと思う。疲れていると心配になる。守りたいと思う。声を、一言も聞き逃したくない。
それが何なのか、ひと月ずっと言葉にできないでいた。
でも今夜、ようやくわかった気がした。
(好きなんだろうな、俺)
認めてしまったら、少し怖かった。
鞘だから。声は届いても、触れることも、隣に立つことも、名前を呼ぶことさえできない。アーサーにとって俺は、夜に話しかける不思議な鞘でしかない。それは変わらない。変えられない。
(好きになってはいけなかったのかもしれない)
そう思った。
思いながら——それでも、この感情を手放したいとは思えなかった。
月明かりの中で、アーサーの寝息だけが聞こえていた。
廊下では。
マーリンが壁に背を預けて、水晶玉を覗いていた。
水晶玉の中に、蝋燭の光が見えていた。
アーサーが眠っていた。
マーリンは小さく溜息をついた。呆れたような、でもどこか温かい溜息だった。
「やっかいなことになってきたわね、鞘くん」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
【第7話・了】
第7話までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに自分の気持ちに名前をつけてしまった主人公ですが、「鞘」という立場ゆえの切なさが押し寄せる回になりました。そして最後のマーリンさん、しっかり見届けてましたね(笑)。
二人の関係がどうなっていくのか、ここからさらに目が離せません!
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それでは、次回の第8話もお楽しみに!




