第8話「マーリンさんはお見通しだった」
お疲れ様です、皆月葵です。
第8話「マーリンさんはお見通しだった」を公開しました!
ついにマーリンの鋭い観察眼が主人公の秘密(?)に迫る……!?
そして、魔法使いの隠された過去と、主人公が「鞘としてできること」に向き合い始める、物語の大きな転換点となる回です。ぜひお楽しみください!
転生して、五ヶ月が経った。
アーサーとの夜の会話にも慣れてきた頃、事件は昼間に起きた。
その日、アーサーは朝から機嫌がよかった。
昨夜は珍しく早めに眠れたらしい。謁見の受け答えも会議での発言も、いつもより少しだけ軽やかだった。左肩も下がっていない。呼吸も深い。
(よく眠れたんだろうな)
と思った次の瞬間。
「最近、よく眠れてるみたいね」
廊下でマーリンが言った。
アーサーの歩みが、一瞬止まった。
「……そう、ですね」
「何かいいことでもあった?」
「別に、何も」
「そう」
マーリンが微笑んだ。
水晶玉を手の中で弄びながら、何でもないように前を歩いていく。アーサーがその後に続く。
俺は腰で揺れながら、二人の会話を聞いていた。
(マーリンさん、絶対知ってる)
確信があった。
執務室でアーサーが書類仕事をしている間、マーリンは椅子に座って水晶玉を眺めていた。報告事項はとっくに終わっていたが、なぜか帰らなかった。
「マーリン、まだ何か?」
「別に。少し休んでるだけ」
アーサーが小さく溜息をついた。
しばらく沈黙が続いた。書類をめくる音だけが部屋に響いた。
「ねえアーサー」
「なんですか」
「エクスカリバーの鞘って、最近調子どう?」
(!!)
俺は内心飛び上がった。飛び上がれる体がないので飛び上がれなかったが。
アーサーの手が、一瞬止まった。
ほんの一瞬だったが、止まった。
「……鞘、ですか」
「そう。鞘。何か変わったこととかない?」
「変わったこと、は特に」
「そう」
またマーリンが微笑んだ。今度は少し意地悪な笑みだった。
「最近、夜に独り言が増えたってリリナが言ってたわよ」
アーサーの耳が、わずかに赤くなった。
「……独り言くらい、誰でも言います」
「そうね。独り言ならね」
マーリンが立ち上がった。
「それじゃ、私はこれで」
「……はい」
「よく眠れてるのは、いいことよ」
扉が閉まった。
部屋に沈黙が残った。
アーサーがゆっくりと俺の方を見て、それから天井を見て、それからまた書類に視線を落とした。
「……聞こえてた?」
「聞こえてました」
「やっぱり」
アーサーが小さく息を吐いた。
「マーリンには、バレてると思う?」
「バレてると思います」
「そっか」
少し間があった。
「……まあ、いいか」
アーサーが呟いた。諦めたような、でもどこか吹っ切れたような声だった。
「いいんですか?」
「マーリンは余計なことは言わない人だから」
それだけ言って、アーサーは書類仕事に戻った。
俺はしばらく、その横顔を見ていた。
夕方、アーサーが訓練の視察に出た隙に、事件は起きた。
執務室に一人残された俺に、足音が近づいてきた。
軽やかな、しかし迷いのない足音だった。
扉が開いた。
マーリンだった。
アーサーがいないことを確認してから、マーリンは静かに部屋に入ってきた。そして俺——壁に立てかけられた剣と鞘——の前に立った。
水晶玉を手の中で弄びながら、俺を見下ろした。
「……やっぱり、いるのね」
俺は黙っていた。
声が出るのはアーサーの前だけだ。マーリンの魔法がどういう仕組みかはわからないが、アーサー以外には届かないらしかった。
「返事はできないか。まあいいわ」
マーリンが、俺のすぐそばに腰を下ろした。
「あなたのこと、ずっと観察してたのよ。水晶玉でね」
知ってた、と思った。
「最初は何かの間違いかと思った。鞘に意識が宿るなんて、私でも見たことがない。でも確かにいる。ずっと、あの子のそばで見ている」
マーリンが水晶玉を覗き込んだ。
「あの子ね、変わったのよ。あなたが来てから」
俺は黙って聞いていた。
「昔のアーサーは、夜になると目が死んでた。王として完璧に一日を終えて、部屋に戻って、それで終わり。誰とも話さず、何も感じないように、ただ眠る。それがあの子の夜だった」
夕暮れの光が、窓から差し込んでいた。
「今は違う。部屋に戻ってから、表情が変わる。何かを楽しみにしている顔になる。あんな顔、見たことなかった」
マーリンが俺を見た。真っ直ぐに。
「あなたのおかげよ」
俺は何も言えなかった。言える口がなかった。
「だからお願いがあるの」
マーリンが立ち上がった。
「あの子を、ちゃんと守ってあげなさい」
静かな声だった。からかいでも命令でもなく、ただ真っ直ぐな、お願いの声だった。
マーリンは少し間を置いた。
「あの子を孤独にしたのは、私でもあるから」
独り言のような声だった。俺に向けた言葉なのか、自分に向けた言葉なのか、わからなかった。
ただその声には——ずっと抱えてきた何かが、静かに滲んでいた。
俺は——
答えられなかった。
声が出ない、というだけじゃなかった。
守る。
どうやって。
俺には手がない。足がない。動けない。戦えない。アーサーに何かが迫ったとして、俺には何もできない。ただそこにいることしかできない。それは看護の一部かもしれないけれど、命がかかった瞬間に、ただそこにいるだけでは——
マーリンが扉に手をかけた。
振り返らないまま、言った。
「できないと思ってるでしょう」
俺は黙っていた。
「そうかもしれない。でも」
マーリンが少し間を置いた。
「あなたが決めることよ」
扉が閉まった。
部屋に、静寂が残った。
その夜、アーサーが眠った後。
俺はずっと考えていた。
守る手段が、ない。
それは事実だった。どう考えても、どう足掻いても、俺には何もできない。鞘だから。動けないから。ただそこにいることしかできないから。
でも——
(できないと諦めることと、できないまま何もしないことは、違う)
看護師の卵として、習ったことがあった。「できることとできないことを見極めて、できることに全力を尽くす」という言葉だった。
俺にできないことは、戦うことだ。
では、できることは。
答えは出なかった。
出なかったけれど——俺は初めて、本気で考え始めた。
鞘として、何ができるか。
答えを探しながら、長い夜が続いた。
【第8話・了】
第8話までお読みいただき、ありがとうございます!
マーリンさんの隠された一面や、アーサーを想う複雑な感情が描かれる回となりました。そして、動けない「鞘」である主人公が、それでも「彼女を守るために何ができるか」を模索し始める姿を書いてみました。
二人の関係が少しずつ、でも確実に変化していくここからの物語。
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それでは、次回の第9話もお楽しみに!




