第6話「さーくん、と呼ばれる」
お疲れ様です、皆月葵です。
第6話「さーくん、と呼ばれる」を公開しました!
ついに声が届き合った二人。
昨夜のことが夢ではなかったと知り、安心したアーサーと、鞘として(そして看護師として)彼女のそばにいる意味を見出し始めた主人公。
二人の夜の静かな対話と、アーサーの意外な笑顔にご注目ください!
翌朝、アーサーはいつも通りだった。
夜明け前に起き、鎧を身につけ、謁見の間へ向かう。完璧な王の顔で、完璧な王の声で、完璧な王として一日を始めた。
俺は腰に吊るされたまま、その背中を見ていた。
昨夜のことを、夢だと思っていないか?
心配だった。アーサーが「やっぱり幻聴だった」と結論づけていたら、俺にはどうしようもない。また心の声だけの毎日が戻ってくる。
謁見が終わり、会議が終わり、執務が続いた。
一日中、アーサーは何も言わなかった。
(やっぱり夢だと思ってるのか)
そう思い始めた夕方のことだった。
執務室に一人残ったアーサーが、書類から顔を上げた。それから腰に吊るされた俺をちらりと見て、また書類に視線を落とした。
そしてごく小さな声で、呟いた。
「……さーくん、昨日のこと、覚えてる?」
(覚えてます)
「よかった。夢じゃなかった」
アーサーが小さく息を吐いた。緊張が解けたような、その息だった。
それから夜の時間が、変わった。
リリナを下がらせてから、アーサーはベッドに腰かけて俺を手に取った。
「さーくん」
「はい」
「聞いていい?」
「どうぞ」
しばらく間があった。
「前の世界って、どんなところだった?」
俺は少し考えた。どこから話せばいいかわからなかった。
「……馬じゃなくて、車っていう乗り物が走ってました」
「くるま?」
「自分で動く箱みたいなものです。馬より速い」
「……魔法?」
「機械です」
「きかい」
アーサーが繰り返した。意味がわからないのだろうが、わかろうとしている声だった。
「あなたの世界には剣はあった?」
「ありましたけど、戦いには使わないです。飾りか、武道の道具か」
「戦わない剣」
「はい」
「……平和なんだね」
アーサーが静かに言った。羨ましそうでも、悲しそうでもなく、ただそのまま受け取った声だった。
俺は少し迷って、聞いた。
「アーサーは、戦いたいですか?」
沈黙があった。
「……王だから」
答えになっていなかった。
でも俺はそれ以上聞かなかった。聞いてはいけない気がした。
数日後の夜、アーサーが聞いた。
「さーくんって、なんで鞘になったの?」
「俺にもわかりません。気づいたらなってました」
「神様とか、そういうのは?」
「会ってないです。トラックに轢かれて、次に気づいたら革製——じゃなくて、鞘でした」
「とらっく」
「俺の世界の乗り物です。それに轢かれました」
アーサーが少し考えた。
「じゃあ、さーくんは死んだの?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「意識がなくなっただけかもしれないし、本当に死んだのかもしれない。どっちかはわからないです」
アーサーがまた黙った。
「……痛かった?」
その質問は、予想していなかった。
「一瞬だったので、あまり」
「そう」
アーサーが俺を少し強く抱えた。眠る前の、いつもの体勢で。
「よかった」
小さな声だった。
俺は何も返せなかった。
また別の夜、アーサーが聞いた。
「さーくんって、前は何の仕事してたの?」
「看護師です」
「かんごし?」
「怪我をした人や病気の人のそばにいて、助ける仕事です」
アーサーが少し黙った。
「向いてそう」
「え?」
「さーくん、ずっと私のそばにいるから」
(それは鞘だからです)
そう返そうとして、やめた。
「……そうかもしれないです」
と、代わりに言った。
アーサーが小さく笑う気配がした。
「じゃあ今も看護師みたいなものだね」
「鞘ですけどね」
「看護鞘」
(なんだその造語は)
「看護鞘って何ですか」
「さーくんのこと」
アーサーがくすくすと笑った。
声を殺した、でも確かに笑っている声だった。
俺はその笑い声を聞きながら、思った。
三ヶ月間、この子の笑い声を聞いたことがなかった。微笑みは見ていた。でも笑い声は、一度も。
こんな声で笑うんだな、と思った。
それから、もう少し別のことも思った。
この笑い声を、もっと聞きたいと思った。
それが何を意味するのか——まだ、うまく言葉にできなかった。
ある夜、アーサーが聞いた。
「さーくんは、ここにいていい? 鞘として」
「……どういう意味ですか」
「本当は人間だったのに、鞘にされて、ここに閉じ込められて——嫌じゃないかなって」
俺は少し考えた。
正直に言えば、最初は嫌だった。動けない、喋れない、何もできない。看護師になった瞬間に死んで、気づいたら鞘になっていた。理不尽にもほどがある。
「最初は嫌でした」
「……正直だね」
「今は違います」
「なんで?」
俺はまた少し考えた。
「ここにいる理由が、できたので」
アーサーが黙った。
長い沈黙だった。
「……さーくん」
「はい」
「ありがとう」
俺は何も返せなかった。
ありがとうと言われる意味が、まだよくわからなかったから。
でも——悪くなかった。
鞘として、この子のそばにいることが。
看護鞘として。
【第6話・了】
第6話までお読みいただき、ありがとうございます!
「看護鞘」というパワーワードが生まれました(笑)。
孤独を抱えていたアーサーが、初めて見せた「笑い声」。それをすぐそばで聞けたことで、主人公にとってもこの世界にいる理由が明確になった……そんな回でした。
これまで以上に距離が近くなった二人ですが、ここから物語はどんな展開を迎えるのでしょうか?
次回もまた、二人の交流を楽しんでいただければ幸いです。
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また次回お会いしましょう!




