↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/18

第5話「声が、届いた」

お疲れ様です、皆月葵です。

第5話「声が、届いた」を公開しました!


三ヶ月間、ずっと声が届かなかった主人公ですが、今夜ついに――。

マーリンの言葉の意味や、初めてはっきりと描かれるアーサーの表情など、大きな転換点となる回になっています。ぜひお楽しみください!

転生して、三ヶ月が経った。


俺はすっかり鞘として生きることに慣れていた。慣れたくはなかったが、慣れてしまった。これはもう諦めの境地というやつだ。


朝はアーサーに装着されて謁見へ。昼は会議か執務。夜はアーサーに抱きしめられながら眠る。先月からは時々戦場にも連れて行かれる。鞘のルーティンとして、これ以上ないくらい確立されていた。


ただ一つだけ、慣れないことがあった。


(なんというか……気になる人の腰に毎日吊るされてる状況に、どうやって慣れればいいんだ)


これだけはどうにもならなかった。


「気になる」というのが正確な表現かどうかも、よくわからない。守りたいと思っている。心配している。この子の声を、一言も聞き逃したくないと思っている。


それが何なのか、まだ言葉にできていなかった。


鞘に感情があること自体、三ヶ月前には想像もしていなかったのだから。


その日の円卓会議は、いつもより長かった。


北方の敵が動いているらしい。ランスロットとガウェインの意見が珍しく一致して、早期の大規模出陣を主張している。他の騎士たちもそれに同調する空気だった。


アーサーは黙って聞いていた。


いつものように。完璧な王として。一言一言を噛み締めるように。


会議が終わったのは、日が完全に落ちた後だった。


騎士たちが退室して、執務室にアーサーが一人残った。書類を片付ける音がしばらく続いて、それも止んだ。


深夜だった。


アーサーが立ち上がり、俺を手に取った。


寝室へ向かうのかと思ったが、違った。窓の前に立ち止まって、しばらくそこから動かなかった。


月明かりが差し込んでいた。


アーサーは月を見ていた。


視界が、少しずつはっきりしてきていた。輪郭だけだった景色に、少しずつ色と質感が戻ってくるような感覚。月明かりの中に立つアーサーの横顔が、今夜は珍しくくっきりと見えた。


疲れている。でも表情は、ただ疲れているだけじゃない。何かをずっと抱えたまま、それを誰にも言えないでいる——そういう顔だった。


どのくらいそうしていたかわからない。俺もただ、そこにいた。


「……ねえ」


アーサーが呟いた。


剣に向かって話しかけているのだと、わかっていた。いつもそうだから。「今日も、お疲れ様」と言って、それで終わりだから。


だから俺は、いつものように聞いていた。


「私、ちゃんとできてるかな」


静かな声だった。


会議室で聞かせる声でも、騎士たちに向ける声でも、戦場で響かせる声でもなかった。深夜の窓際で、月に向かって、誰にも聞かせるつもりのない声だった。


(できてるよ)


俺は思った。


いつものように、心の中だけで思った。


届かないとわかっていたから。三ヶ月間、ずっとそうだったから。


「誰かに聞いてほしかっただけ。答えなんて、いらないから」


アーサーが続けた。


その言葉が、何かに刺さった。


答えなんていらない。それはつまり、答えてくれる誰かがいないということだ。三ヶ月間、毎日見てきた。アーサーの周りには騎士がいて、リリナがいて、マーリンがいる。でも誰も、この声を聞いていない。深夜の窓際で月に向かって呟く声を、誰も知らない。


俺だけが、知っていた。


三ヶ月間、ずっと。


(できてるよ)


もう一度、思った。


届けたかった。届かないとわかっていても。三ヶ月間言えなかった言葉を、今夜だけは。


その瞬間だった。


部屋の空気が、変わった。


後から考えれば、あれがマーリンの魔法だったのだと思う。


二ヶ月前の廊下で聞いたあの言葉——「タイミングが全て」——の意味が、このとき初めてわかった。


マーリンはずっと待っていたのだ。俺が「届けたい」と思う瞬間を。心の声と感情が、完全に一致する瞬間を。


その瞬間が、今夜だった。


同時に、視界が——一気に開いた。


輪郭だけだった世界に、色が戻ってきた。月明かりの白さ。石造りの壁の灰色。アーサーの金髪の色。そしてアーサーの顔が——初めて、はっきりと見えた。


「できてるよ」


声が、出た。


俺の声が。


アーサーが、固まった。


月明かりの中で、動かなくなった。手の中の剣を、ただ握ったまま。


(……あ)


俺も固まった。


出るとは思っていなかった。三ヶ月間一度も出なかったのに。思わず言ってしまった。止められなかった。


沈黙が続いた。


五秒か、十秒か、もっと長かったかもしれない。


アーサーがゆっくりと、手の中の俺を見た。


今、その顔がはっきりと見える。


琥珀色の瞳が、大きく見開かれていた。


「……今、誰かが喋った?」


小さな声だった。


(俺です)


言うべきか迷って、でも止められなくて、また声が出た。


「俺です」


アーサーがまた固まった。


今度はもっと長い沈黙だった。


「……エクスカリバー?」


「鞘です」


「……鞘」


「はい」


また沈黙。


アーサーが窓の外を見た。月を見た。それから手の中の俺を見た。それからまた月を見た。


「私、疲れてるのかな」


「疲れてると思います。でも空耳じゃないです」


「空耳じゃない鞘が喋ってる」


「そうです」


「……そう」


アーサーはしばらく黙った。俺も黙った。月だけが静かに光っていた。


やがてアーサーが、深呼吸を一つした。


「わかった。信じる」


あっさりしていた。


(いいのか、そんなあっさりで)


「マーリンに魔法で何かされた可能性はあるし、夢かもしれないし、本当に疲れて幻聴が聞こえてる可能性もある。でも」


アーサーが続けた。


「どれでもよかった。答えてくれる声があるなら、それでよかった」


俺は何も言えなかった。


「名前、あるの?」


しばらくして、アーサーが聞いた。


「……前の世界では、ありました。でも今は鞘なので」


「じゃあ、つけていい?」


「どうぞ」


アーサーが少し考えた。


「さーくん」


「……それ、鞘から来てるんですか?」


「鞘の『さ』。くん付け」


(なんで俺の名前が鞘から来てるんだ)


「さーちゃんの方がいい?」


「さーくんでいいです」


アーサーが笑った。


初めて、その笑顔がはっきりと見えた。


会議室で見せる笑顔でも、騎士たちに向ける笑顔でも、戦場で浮かべる微笑みでもない。深夜の窓際で、月明かりの中で、十六歳の少女が笑う顔だった。


琥珀色の瞳が、細くなっていた。


俺はその笑顔を、今夜初めてはっきりと見ながら、ただ受け取った。


三ヶ月間、届かなかった声が、届いた夜だった。


その頃、城の廊下の一角で。


マーリンが壁に背を預けて、水晶玉を手の中で弄んでいた。


水晶玉の中に、月明かりの執務室が見えていた。


アーサーが笑っていた。


マーリンは小さく、しかし確かに微笑んだ。


「タイミングは、完璧だったわ」


誰にも聞こえない声で、そう呟いた。


【第5話・了】

第5話までお読みいただき、ありがとうございます!


ついに声が通じ合い、まさかの「さーくん」という名前が誕生した記念すべき回となりました。これまで孤独に戦ってきたアーサーと、彼女を見守り続けた主人公の関係が、ここからどう変わっていくのか……!


応援していただけると、次の執筆の大きなエネルギーになります!

それでは、次回の第6話もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。