第4話「戦場に連れて行かれる件」
お疲れ様です、皆月葵です。
第4話「戦場に連れて行かれる件」を公開しました!
ついに訪れた実戦。鞘として、戦場という極限状態に放り込まれた主人公が見たものとは——。
日常から一変して、少し緊迫した空気の回になっています。ぜひお付き合いください!
転生して、二ヶ月が経った。
城の生活に慣れ、住人たちの個性もわかってきた頃、事態は急展開を迎えた。
朝、アーサーが鎧を身につける速度がいつもより早かった。リリナの動きも慌ただしい。謁見の間に集まった騎士たちの声の質が、いつもの会議とは明らかに違う。
(出陣か)
案の定だった。
「北の国境付近に敵の斥候が確認された。規模は小さい。今日中に対処する」
アーサーの声は静かだった。怒ってもいない。焦ってもいない。ただ淡々と、やるべきことを告げる声だった。
騎士たちが一斉に動き始める気配がした。
俺は腰に吊るされたまま、その空気を感じていた。
(……本物の戦争だ)
当たり前だ。ここはアーサー王伝説の世界で、中世ヨーロッパ風のファンタジーで、剣と鎧と馬が存在する世界だ。戦争があって当然だ。
わかってはいた。
「わかっている」と「実感する」は、全然違った。
馬に乗ったアーサーの腰に吊るされた状態での移動は、想像を絶する揺れ方をする。
(酔う)
鞘に酔いという概念があるのか不明だが、とにかくそういう感覚だった。馬が走るたびに激しく揺れ、時に跳ね、時に傾く。
(なんで戦場に連れて行かれてるんだ俺は)
考えてみれば当然だった。エクスカリバーは王の象徴であり、戦場における最大の武器だ。アーサーが出陣するなら剣は必須で、剣があれば鞘もついてくる。
俺に選択肢はなかった。
城を出てしばらく行くと、空気が変わった。
埃っぽい風。遠くから聞こえる蹄の音。騎士たちの気配が引き締まっていく。
視界の輪郭が、最近少しずつはっきりしてきていた。形がわかる程度にはなってきた。アーサーの横顔が、なんとなく見える。
その横顔が、今日は違った。
いつもの謁見や会議のときとも、夜にリリナと話すときとも違う。前を向いて、ただ真っ直ぐに——戦場へ向かう顔だった。
十六歳の顔じゃなかった。
(この子、こんな顔もするんだな)
戦闘が始まった。
剣が抜かれる感触がした。
アーサーの腰からエクスカリバーが引き抜かれた瞬間、俺は空になった。内側を満たしていた重さが消えて、急に軽くなった感覚がある。
代わりに見えたのは——アーサーの背中だった。
アーサーは強かった。
それは輪郭だけの視界でもわかった。剣を振るうたびに敵が退く気配がして、声を上げるたびに味方が奮い立つ。騎士たちが動く方向が、アーサーを中心に決まっていく。
(すごいな)
素直にそう思った。
思いながら——俺はずっとアーサーの背中だけを見ていた。
戦場では剣が主役だ。鞘は腰に吊るされたまま、ただそこにある。役割を果たした後の、空の入れ物として。
敵の動きが近づいてくる気配がした。アーサーに向かって、何かが来る気配が——
(怖い)
気づいたら、そう感じていた。
怖い。
アーサーが傷つくことが怖い。アーサーの背中に何かが届くことが怖い。この体温が、この声が——消えることが怖い。
看護師として「患者を心配する」のとは違う感情だった。もっと直接的で、もっと切実で——
でも今の俺には何もできない。
手がない。足がない。動けない。ただ腰に吊るされて、アーサーの背中を見ていることしかできない。
(守りたい)
思った。
前世で誰も看護できなかった俺が、今ここで誰かのそばにいる。でも守る手段が、何もない。
その無力さが、戦場で初めてはっきりとわかった。
どのくらい時間が経ったかわからない。
戦況は決した。
敵が退いていく気配がして、騎士たちから歓声が上がった。
小競り合いとしては、あっさりした決着だったのかもしれない。でも俺には十分すぎるくらいの「戦場」だった。
アーサーが剣を鞘に戻した。
エクスカリバーの重さが、また俺の中に収まった。
帰り道、馬上のアーサーは無言だった。
戦闘中の張り詰めた空気がゆっくりと抜けていく。それと一緒に、何か別のものも抜けていくような——そういう気配がアーサーからした。
俺はその気配を、剣越しに感じながら、ただ揺れていた。
城に戻ったアーサーは、リリナを下がらせてから寝室に一人こもった。
鎧を外す音がした。兜を置く音。手甲を外す音。一つ一つ、丁寧に。
それが全部終わった後、アーサーは俺を壁に立てかけた。
静かな手つきだった。
そのまま少しの間、立てかけた俺を見ていた。
「……ただいま」
小さな声だった。
剣に向かって言っているのだと、わかっていた。俺ではなく、エクスカリバーに向かって。それでも俺には聞こえる。
(……おかえり)
誰にも届かない言葉だった。
届かないとわかっていても、言わずにはいられなかった。
その夜、アーサーはいつもより長い時間をかけて眠りについた。
剣ごと俺を抱えて、じっとしていた。「今日も、お疲れ様」という言葉もなかった。ただ静かに、天井を見ていた。
(色々あったよな、今日は)
俺も静かに、そこにいた。
答えを出す必要はなかった。ただそこにいるだけでいい夜がある。看護師として習ったことの中に、そういう言葉があった。
アーサーがようやく目を閉じた。
寝息が聞こえてくるまで、いつもより少し時間がかかった。
「守りたい」と思った。
手段が、何もないままで。
【第4話・了】
第4話までお読みいただき、ありがとうございます!
剣と鞘の距離感、戦場での無力感など、今後の物語の核心に関わるようなエピソードを書いてみました。少し切ない夜のアーサーの様子も、感じ取っていただけたら嬉しいです。
「鞘の気持ちが痛いほどわかる」「これからどうなってしまうの?」など、感想をいただけると非常に励みになります!
次回も更新していきますので、引き続き応援よろしくお願いします!




