第2話「王様の一日は過酷すぎる」
お読みいただきありがとうございます!
皆月葵です。
第2話「王様の一日は過酷すぎる」を公開しました。
前日とは打って変わって、今回はアーサーの「お仕事の一日」に密着します。
十六歳という若さで王の重圧を背負い、誰よりも早く起き、休憩すら取らずに走り続ける姿を、元・看護師の視点からじっと見守る回です。円卓の騎士も少しだけ登場します。
よろしければ、のんびりとお付き合いください!
転生して、翌日になった。
鞘生活二日目だ。
昨夜はアーサーに抱きしめられたまま朝を迎えた。なんというか、起きたら普通に抱きしめられていた。夢じゃなかった。鞘になったのも、アーサー王伝説の世界に転生したのも、全部現実だった。
受け入れるしかなかった。
王の朝は早い。
夜明け前、アーサーはすでに起きていた。昨夜あれだけ疲れ切った様子で即入眠していたのに、目が覚めるのは誰よりも早い。成長期の十代に必要な睡眠時間を明らかに下回っている。
(心配だな)
心配したところで何もできないのだが。
アーサーは起き上がると同時に動き始めた。気配と音でそれがわかる。衣擦れの音、水の音、鎧を身につける金属の音。その間一言も喋らない。目が覚めた瞬間から、もう「王」の顔をしているのだろうと思った。
昨夜、俺の腕の中で——いや俺が腕の代わりだったわけだが——「重いね」と呟いた少女とは別人のようだった。
鎧を着終えたアーサーが、壁から俺を取り外した。
腰に装着される。
(あ、今日は連れて行かれるのか)
そうだった。エクスカリバーは王の象徴だ。謁見の場に剣なしで現れる王などいない。俺も当然、帯同することになる。
選択肢はなかった。
謁見の間というのは、想像以上に広かった。
光と影の輪郭で感じ取れる限り、石造りの高い天井、長い廊下、両脇に並ぶ人たちの気配。アーサーが玉座に着くと、空気が変わった。さっきまでざわついていた室内が、水を打ったように静まり返る。
輪郭だけしか見えない俺にも、その変化は確かに感じ取れた。
「報告を」
アーサーの声は低く、静かで、よく通った。昨夜の掠れた声とは別人だ。この子は一体いくつの声を持っているんだろうと思った。
騎士たちが順番に報告を始めた。国境の動向、食糧の備蓄、近隣の領主との交渉状況——俺にはよくわからない話が続く。アーサーはそれを一つ一つ聞きながら、的確に指示を出していく。
(十六歳がこれをやってるのか)
俺が十六歳のとき何をしていたか思い出そうとして、やめた。比べるのが申し訳なくなったからだ。
問題は円卓会議だった。
謁見が終わった後、主要な騎士たちが円卓に集まった。これが長い。とにかく長い。
最初に発言したのは、低い落ち着いた声の騎士だった。ランスロットだ。
「現状の北方の防衛ラインでは不十分です。兵を増やすべきかと」
感情を抑えた、事実だけを並べるような話し方だった。
するともう一人の騎士が身を乗り出す気配がした。ガウェインだ。
「増やすったって、どこから引っ張ってくるんですか! 南の守りが手薄になりますよ、そんなことも考えてないんですか!」
(熱いな)
ランスロットが静かに返した。
「南のリスクは承知しています。ただ優先順位の問題です」
「優先順位? あのですね、優先順位って言葉は全部考えた上で使うもんじゃないですか?」
「……全部考えた上で言っています」
「じゃあ南が手薄になったときの対策は?」
「それはまた別の——」
「別の話にするんじゃないですよ!」
(仲悪いな、この二人)
アーサーはそれを黙って聞いていた。止めるでもなく、どちらかに肩入れするでもなく、ただ静かに聞いていた。
声の質で感じ取れることがある。アーサーの呼吸が、会議が長引くにつれてわずかに変わっていた。深くなって、それから少し浅くなる。消耗しているときの呼吸だと、実習で習ったことがある。
(疲れてるんだろうな)
言えることが何もなかった。
会議が終わったのは、日が傾きかけた頃だった。
アーサーは謁見から会議から執務から訓練の視察まで、休憩らしい休憩を一度も取らずに一日を終えた。
(誰か止めてやれよ)
止めてくれる人間はいなかった。騎士たちは王が動く限り動き続ける。
アーサーは夜、寝室に戻ると侍女を下がらせてから一人になった。鎧を脱ぎ、髪を解く音がする。ようやく十六歳の少女の輪郭に戻っていくのが、気配として伝わってくる。
その変化を、俺は壁に戻されながら感じていた。
「……今日も、お疲れ様」
昨日と同じ言葉だった。
剣に向かって言っているのだろう。俺ではなく、エクスカリバーに向かって。それでも俺には聞こえる。
アーサーは剣ごと俺を抱えてベッドに横になった。昨日と同じ体勢。昨日と同じ体温。
「……ねえ、エクスカリバー」
静かな声だった。
「私、ちゃんとできてるかな」
誰にも聞かせるつもりのない言葉だった。答えを期待しているわけでもない。ただ、声に出さずにはいられなかっただけの言葉だった。
(できてるよ)
俺は思った。
今日一日、全部感じていた。完璧な王として、一秒も気を抜かずに、誰よりも早く起きて誰よりも遅くまで動いていた。十六歳がやることじゃない。でもこの子はやっていた。
(できてる。十分すぎるくらい)
届かなかった。
当然だ、俺には口がない。
アーサーはすぐに寝息を立て始めた。昨日より少し時間がかかった気がした。今日の方が、色々と考えることがあったのかもしれない。
暗闇の中で、俺は静かに思った。
看護師というのは、患者の一番近くにいる仕事だ。手を握ることも、声をかけることも、ただそこにいることも——全部、看護の一部だと習った。
俺には今、そこにいることしかできない。
それでも、看護の一部だ。
そういうことにしておこうと思った。
自分に言い聞かせるように。
【第2話・了】
最後までお読みいただきありがとうございました!
第2話、いかがでしたでしょうか。
圧倒的な責任感と孤独を抱えるアーサーと、何もできずにただそこにいるだけの主人公。この「不自由さ」の中にある少しの温もりを大切に書いていきたいと思っています。
「面白かった」「続きが気になる」と思い、感想などいただけたら執筆の激しいモチベーションになります……!
(スマホの充電並みにエネルギーになりますので、何卒よろしくお願いいたします!)
それでは、また次回の更新でお会いできたら!




