第1話「目が覚めたら鞘だった件について」
お待たせしました、第1話です。
すっかり不自由な「鞘」になってしまった主人公の受難(?)と、小さな王様との夜をお楽しみください。
繰り返しになるが、鞘になっていた。
プロローグで話した通りではあるんだが、実際に体験してみると「鞘」という事実は想像の三倍くらい困惑する。目がない。耳はなぜかある気がする。口はない。手も足もない。あるのは細長い、しかし妙にリアルな「存在している感覚」だけだ。
その前に、少しだけ話をさせてほしい。
看護師になりたかった理由は、たいしたものじゃない。華やかな志望動機なんて何もなかった。ただ——誰かのそばにいることが、自分には向いている気がしていた。人を治す才能があるとか、命を救いたいとか、そういう話じゃない。ただそこにいて、話を聞いて、手を握って——そういうことなら、俺にもできる気がしていた。
だから看護師になった。
なった瞬間に、死んだけれど。
さて、鞘の話に戻ろう。
先程話した通り、エクスカリバーだとわかったのはアーサーが「重いね、エクスカリバー」と言った瞬間だ。マーリンという名前が出た瞬間に、アーサー王伝説の世界だと確定した。
その後しばらく心の中で色々と叫んだが、届く相手がいないので割愛する。
問題は、叫び終わった後だ。
(落ち着け。整理しよう)
エクスカリバーの鞘には不死を与える力がある——伝説で読んだことがある。エクスカリバー本体より鞘の方が価値があるとまで言われた、伝説の逸品だ。つまり俺は地味に見えて実はすごい存在なのでは? むしろ主役では? 剣より鞘の方が格上では?
(……与える手段が一切ないんだが)
不死を与えたくても手がない。足もない。口もない。相手に触れることすらできない。せいぜい今こうして壁に立てかけられているだけだ。
格上どころか、置き物だった。
石造りの部屋だった。たぶん。
「見える」という感覚が正確にどういうものなのかよくわからないが、光と影の輪郭くらいは感じ取れる。窓らしき場所から橙色の光が差し込んでいて、壁は冷たい石で、空気はどこか埃っぽい。
問題は俺が何もできないことだ。
動けない。喋れない。考えることしかできない。これは転生ものとしてかなりハードモードではないか。普通は異世界に転生したらチート能力があったり、前世の知識で無双したりするものだが、俺には何もない。看護師の知識があっても、手がなければ看護できない。伝説の知識があっても、口がなければ何も伝えられない。
(なんのための転生なんだ)
不満を言う相手もいなかった。
夜になった。
扉が開く音がした。
軽い足音だった。迷いがない。でもどこか疲れている。そういう足音だった。足音が近づいてくる。壁際の俺のそばで、止まった。
細い指が俺に触れた。
「重いね、エクスカリバー」
剣ごと、持ち上げられる。
「早く寝ないと、マーリンにまた怒られる」
そう呟きながら、少女は俺を抱えて歩き始めた。寝室らしき場所に移動したのだろう、石の感触が布の感触に変わった。ベッドに座る気配。
そして。
俺は、やわらかいものに包まれた。布の感触。温かい体温。
抱きしめられていた。鞘の俺が。
(抱きしめられてる!!!)
「おやすみ、エクスカリバー」
そう言って、少女はすぐに寝息を立て始めた。よほど疲れていたのだろう。目が覚めるより速く眠りに落ちる——実習で習ったことがある、それは相当消耗しているときの眠り方だと。
心配になるレベルの速さだった。
でも今の俺には何もできない。
ただそこにいることしかできない。
暗闇の中で、俺はひたすら考えた。
この子がアーサーなのだとしたら——あの、円卓の騎士を束ねた伝説の王が、この細い体の、疲れた声の、剣を抱きしめないと眠れない十代の少女なのだとしたら。
伝説というのは、ずいぶん色々と省略するものだな、と思った。
(……一つだけ言わせてほしい)
言える相手がいないのだが。
(もう少し、ちゃんと寝てくれ)
アーサーの寝息は穏やかだった。
体温は温かかった。
俺は、エクスカリバーの鞘として、この子の腕の中で初めての夜を過ごした。動けなくても、喋れなくても——誰かのそばにいることは、悪くなかった。
誰かのそばにいることが向いていると、ずっと思っていた。
それは、鞘になっても、変わらなかった。
【第1話・了】
ここまで読んでいただきありがとうございます!
動けない、喋れない、でも誰かのそばにいる――そんなハードモードな鞘の行く末を、よければ次の話もお待ちください。感想などいただけたら励みになります!




