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第13話「最後の夜」

お疲れ様です、皆月葵です。


第13話「最後の夜」を公開しました!


出陣三日前から前夜まで。戦場に向かう前の、アーサーとさーくんの最後の夜を描いた回です。


派手な展開はありません。でもこの静けさが、次の話への助走になっています。


「好きな景色」の話、北の塔の約束、そして前夜に交わされた短い言葉。ぜひ読んでいただければ幸いです!

出陣まで、三日になった。


城の空気が、また一段変わった。


騎士たちの動きが、よりきびきびとしてきた。訓練場の声が消えた。準備は全部終わっていて、あとは出陣を待つだけだった。


待つ時間というのが、一番重い。


アーサーはその重さを、表に出さなかった。


昼間は変わらず王として振る舞い、夜はリリナを下がらせてから、俺と話した。


出陣三日前の夜。


「さーくん、聞いてもいい?」


「どうぞ」


「好きな景色って、あった? 前の世界で」


「夜の病院の廊下、ですかね」


「病院?」


「怪我した人や病気の人が集まる建物です。俺が実習してた場所」


「その廊下が好きだったの?」


「深夜になると静かになるんです。昼間はうるさくて、慌ただしくて、でも夜中の三時とか四時になると、廊下に誰もいなくなる。その静けさが好きでした」


アーサーが少し考えた。


「さーくんって、静かなところが好きなんだね」


「そうかもしれないです」


「私も」


アーサーが続けた。


「城の中で一番好きな場所、北の塔なんだ。誰も来ないから。そこから見る夜明けが好きで」


「見たことないです、その景色」


「戦が終わったら、連れて行く。約束」


「楽しみにしてます」


「本当に?」


「本当に」


アーサーが嬉しそうに笑った。


「じゃあ絶対帰ってくるね。さーくんに見せるために」


「……待ってます」


アーサーが嬉しそうに笑った気配がした。


(頼むから、本当に帰ってきてくれ)


心の中だけで、そう思った。


出陣前日の昼。


アーサーが食事のために席についた。


エクスカリバーが壁に立てかけられた。


最後の確認だった。


意識を、革の端に集めた。


集めて、集めて、集めて——


動いた。


2センチ。


それ以上動こうとした瞬間、革が裂けるような、素材そのものが悲鳴を上げ意識が遠のいてしまうような感覚が走った。


動こうとしたが、そこで止まった。


限界だった。


2センチが、全部だった。


(それでいい)


看護師として誰も助けられなかった男が、鞘として、2センチだけ動ける。


それが全部だ。


それを、使う。


アーサーが食事を終える気配がした。


アーサーにも言わないまま、俺はそう決めた。


アーサーが壁から俺を取り、腰に装着した。


出陣前夜。


アーサーはいつもより早く眠りについた。


リリナを下がらせて、俺を胸に抱えて、横になった。


「おやすみ、さーくん」


それだけだった。


言葉はなかった。


でも——アーサーが眠りにつく前、俺を胸に抱える手が、いつもより少しだけ強かった。


それだけで、十分だった。


アーサーが完全に眠ったのを確認してから、俺はしばらくそのままでいた。


寝息が聞こえていた。


体温が温かかった。


この体温を感じながら、俺は現世のことを思い出した。


アーサー王伝説を読み漁っていた頃のことを。


伝説の中のアーサーは、完璧な英雄だった。岩から聖剣を抜き、円卓を率い、ブリテンを統べた王。傷つかない存在として描かれていた。時に厳しく、時に慈悲深く——でも迷ったり、怖いと言ったり、夜に泣いたりする場面は、どの本にも書いていなかった。


(伝説というのは、ずいぶん色々と省略するものだな)


転生した夜に思ったことを、また思った。


目の前のアーサーは違う。


怖いと言える。泣ける。甘いものが好きで、虫が苦手で、北の塔から見る夜明けが好きな、十六歳の女の子だ。


そして伝説では——このアーサーはいずれ、深手を負う運命にある。


アヴァロンへ向かう運命にある。


俺はそれを知っていた。オタクとして、ずっと前から知っていた。


(でも)


目の前に、アーサーがいる。


怖いと言ったアーサーが。俺の前で泣いたアーサーが。北の塔に連れて行くと約束したアーサーが。


(そうはさせない)


伝説通りには、させない。


アーサーの寝息が聞こえていた。


体温が温かかった。


月明かりが、静かに部屋を照らしていた。


明日、この子は戦場に行く。


俺も一緒に行く。


この体温が消えることだけは、させない。


【第13話・了】

第13話までお読みいただき、ありがとうございます!


「じゃあ絶対帰ってくるね。さーくんに見せるために」


「……待ってます」


この短いやり取りが、今回一番書きたかった場面でした。


さーくんが声に出したのは「待ってます」という一言だけ。でも心の中では「頼むから、本当に帰ってきてくれ」と思っている。表に出せない本音と、声に出した言葉の落差——そこにさーくんのアーサーへの気持ちが全部詰まっている気がして。


出陣前日の昼、食事の時間に行われた最後の確認。2センチが全部だと知りながら、それを使うと決めたさーくん。


次回からいよいよクライマックスです。


「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、応援をポチッと押していただけると執筆の大きなエネルギーになります!


次回の第14話もお楽しみに!

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