第12話「もう一人の魔法使い」
お疲れ様です、皆月葵です。
第12話「もう一人の魔法使い」を公開しました!
今回はこの作品で唯一の、マーリン視点の話です。
主人公もアーサーも直接は登場しません。でもこの話がなければ、次の戦場の場面の意味が変わってくる——そんな回になっています。
アーサー王伝説を知っている方はピンとくるかもしれません。知らない方も「何かが動き始めた」という空気を感じていただければ幸いです。
ぜひお楽しみください!
深夜、マーリンは水晶玉を覗いていた。
いつものことだった。眠れない夜は水晶玉を覗く。城の中を見る。アーサーの部屋を見る。騎士たちの様子を見る。北方の動きを見る。
今夜も同じように始まったはずだった。
でも違った。
北方の向こうに、見覚えのある気配があった。
(……あなただったのね)
マーリンは水晶玉を握りしめた。
水晶玉の中に、女の姿が映った。
黒髪。赤い瞳。こちらを見て、薄く笑っていた。
「久しぶりね、マーリン」
モルガンだった。
アーサーの異母姉。かつてウーサー・ペンドラゴンの娘として生まれ、アーサーとは異なる道を歩んできた女。魔法の力においては、マーリンにも引けを取らない。
「北方に何をしかけてるの?」
マーリンは静かに聞いた。
モルガンが小首を傾けた。
「相変わらず勘がいいのね」
「教えてくれる?」
「まあいいわ」
モルガンが水晶玉の中で視線を動かした。
城の中を見ているのだとわかった。アーサーの部屋を。エクスカリバーが壁に立てかけられているあの部屋を。
「あの鞘、何かいるわね」
マーリンの手に力が入った。
「気づいてたの?」
「最初から」
モルガンが静かに言った。
「鞘に意識が宿るなんて、不思議なこともあるものね」
その声は、感嘆でも驚きでもなかった。ただ静かに、事実を確認するような声だった。
「……何をするつもり?」
「別に」
モルガンが水晶玉の中で視線を動かした。
「ただ、確かめたいことがあるだけよ」
「確かめる?」
「あの鞘が本当に、噂通りのものかどうか」
マーリンは黙った。
モルガンが薄く笑った。
「そんな顔しないで。すぐ終わるわ」
「モルガン」
マーリンの声が、わずかに低くなった。
モルガンはそれを聞いて、少し楽しそうに目を細めた。
「出陣は来週でしょう? 楽しみにしてるわ」
それだけ言って、モルガンの気配が水晶玉から消えた。
部屋に静寂が戻った。
マーリンはしばらく、暗くなった水晶玉を見つめていた。
確かめたいことがある。
すぐ終わる。
その言葉が、頭から離れなかった。
モルガンが何をしようとしているのか——具体的なところまでは読めなかった。ただ嫌な予感だけが、静かに積もっていった。
翌朝。
マーリンはアーサーを廊下で呼び止めた。
「少しいい?」
「はい」
アーサーが足を止めた。
マーリンはしばらく、アーサーの顔を見た。
出陣まで数日。それでもアーサーは揺れていなかった。完璧な王の顔をしていた。
(この子は本当に、強くなった)
マーリンは小さく思った。
「出陣の際、エクスカリバーから離れないようにしなさい」
アーサーが少し首を傾げた。
「……どういう意味ですか」
「そのうちわかるわ」
「また、そういう言い方をする」
アーサーが苦笑いした。
マーリンは答えなかった。
答えられなかった。
モルガンが何をしようとしているのか、まだわからないから。わからないまま、ただ嫌な予感だけがある。
「マーリン」
アーサーが静かに言った。
「心配してくれてるんですよね」
マーリンは少し間を置いた。
「……そういうことにしておいて」
アーサーが小さく笑った。
「ありがとうございます」
それだけ言って、アーサーは廊下を歩いていった。
マーリンはその背中を見送りながら、手の中の水晶玉を握りしめた。
水晶玉の中に、アーサーの後ろ姿が映っていた。
腰に吊るされたエクスカリバーと——その鞘が、揺れていた。
(頼むわよ、鞘くん)
誰にも聞こえない声で、マーリンは呟いた。
【第12話・了】
第12話までお読みいただき、ありがとうございます!
この作品で初めて、マーリン以外の魔法使いが登場しました。
書いていて一番難しかったのは、モルガンのセリフでした。悪役として描くけど、単純な悪意じゃない。目的があって、冷静で、感情的じゃない。そういうキャラクターの言葉を選ぶのに一番時間がかかりました。
「不思議なこともあるものね」という一言に、モルガンの全部を込めたつもりです。
そして最後のマーリンの「頼むわよ、鞘くん」。
マーリンがさーくんに直接語りかける場面はこれが初めてです。この一言の意味は、次の話以降で明らかになります。
出陣まであとわずか。次回の第13話もお楽しみに!




