第11話「父の話」
お疲れ様です、皆月葵です。
第11話「父の話」を公開しました!
出陣まで一週間を切り、緊張感が増す中でのアーサーとさーくんの夜の会話。今回はアーサーが初めて「父」について語る回です。
ずっと胸の中に抱えていた言葉を、さーくんにだけ打ち明けるアーサー。そして初めて見せた涙。
静かな回ですが、二人の関係の深さが一番伝わる話になったと思います。ぜひお楽しみください!
出陣まで、一週間を切っていた。
練習は続けていた。毎日、食事の時間に。アーサーが席につき、エクスカリバーが壁に立てかけられるその短い時間に、ひたすら意識を集中させた。
1センチから先がまだ動かない。
でも続けていた。
城の空気は、もう変わりきっていた。
謁見の間に届く報告は簡潔になり、廊下を行き交う騎士たちの足音が速くなり、訓練場から聞こえる声が少なくなった。準備が整っていくほど、静かになっていく。
その静けさが、少し怖かった。
アーサーは昼間、完璧な王だった。
騎士たちの前では一切の動揺を見せず、淡々と指示を出し続けた。左肩は下がらなかった。表情は揺れなかった。会議での発言は的確で、報告への応答は迷いがなかった。
誰も、この子が十六歳だとは思わないだろうと思った。
俺だけが知っていた。
夜になると、少し小さくなることを。
その夜。
アーサーがリリナを下がらせてから、ベッドに腰かけた。
俺を手に取って、少しの間、黙っていた。
「さーくん」
「はい」
「聞いていい?」
「どうぞ」
「……父のこと、話したことなかったよね」
(ウーサー・ペンドラゴンのことか)
「ないですね」
「話してもいい?」
「聞きたいです」
アーサーが少し間を置いた。
「父は、強い王だった」
静かな声だった。
「強くて、怖くて、誰も逆らえなかった。戦場では誰より前に立って、会議では誰より早く決断した。迷っているところを、一度も見たことがない」
「……どんな人でしたか」
「怖い人だった」
アーサーが繰り返した。
「でも、強かった。私が剣を持つたびに、父を思い出す。この剣を最初に握らせてくれたのも、父だったから」
月明かりが、静かに部屋に差し込んでいた。
「父みたいな王に、なれると思う?」
その問いは、俺に向けられていた。
でも答えを求めているというより——ずっと自分の中に抱えていた問いを、声に出してみた、という感じだった。
「なれないと思います」
俺は言った。
アーサーが少し固まった。
「……そっか」
「でも」
俺は続けた。
「なれなくていいと思います」
「え?」
「アーサーはアーサーだから、俺はここにいるので」
しばらく沈黙があった。
長い沈黙だった。
月明かりだけが、静かに揺れていた。
「……さーくん」
アーサーの声が、わずかに揺れた。
「うん?」
「私、ずっと父みたいにならなきゃって思ってた」
「うん」
「でも父みたいにはなれなくて、でもそれを誰にも言えなくて」
「うん」
「……怖かったんだ。ずっと」
声が、崩れた。
俺の前で、初めて泣いた。
声を殺して、でも確かに泣いていた。
俺は何も言わなかった。
言う必要がなかった。
ただそこにいた。
アーサーが泣き終わるまで、ただそこにいた。
看護師として習ったことの中に「泣いている人のそばで、ただそこにいることが、一番の看護になる夜がある」というものがあった。
今夜はそういう夜だった。
しばらくして、アーサーが言った。
「ごめん、変なところ見せた」
「変じゃないです」
「泣くつもりじゃなかった」
「いいと思います」
アーサーが少し笑った気配がした。
「さーくんって、否定しないよね」
「否定する理由がないので」
「そっか」
アーサーが俺を胸に抱えて、横になった。
いつもの体勢で。
「ねえ、さーくん」
「はい」
「父みたいになれなくていいって言ってくれたの、さーくんだけだよ」
俺は黙っていた。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
アーサーが目を閉じた。
今夜の寝息は、いつもより早く聞こえてきた。
泣いた後の、力が抜けた眠りだった。
翌日の食事の時間。
アーサーが席につき、エクスカリバーが壁に立てかけられた。
今日も練習した。
まだ足りない。
それでも続けた。
アーサーが食事を終える気配がした。
アーサーが壁から俺を取り、腰に装着した。
俺はその日の夜、アーサーの寝息を聞きながら思った。
この子の孤独の全部を、俺は知っている。
騎士たちは知らない。リリナも知らない。マーリンでさえ、全部は知らない。
でも俺は知っている。
それが、誇らしいような、切ないような——うまく言葉にできない感情だった。
翌朝、アーサーはいつも通りだった。
完璧な王の顔で、完璧な王の声で一日を始めた。
昨夜泣いた子と、今朝前を向いている子は、同じ子だ。
どちらも本物だ。
どちらも、アーサーだ。
【第11話・了】
第11話までお読みいただき、ありがとうございます!
「なれなくていいと思います。アーサーはアーサーだから、俺はここにいるので」
このさーくんの台詞、書いていて一番好きな場面でした。看護師の受け売りでもなく、伝説の知識でもなく、ただずっとアーサーのそばにいたさーくんだからこそ言える言葉だと思って書きました。
アーサーが俺の前で、初めて泣いた。
この一文に全部込めたつもりです。
出陣まであと一週間。次回からいよいよ物語が動き始めます。「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、応援をポチッと押していただけると執筆の大きなエネルギーになります!
次回の第12話もお楽しみに!




