第10話「嵐の前」
お疲れ様です、皆月葵です。
第10話「嵐の前」を公開しました!
出陣まで二週間を切り、城の空気はいよいよ変わり始めます。円卓の騎士たちが一枚岩になっていく中、主人公だけが知っている「嫌な予感」。そして食事の時間のわずかな隙に、密かに積み重ねられていく練習の日々。
1ミリから始まった小さな積み重ねが、少しずつ形になっていきます。
ぜひお楽しみください!
転生して、六ヶ月が経った頃から、城の空気はずっと変わり続けていた。
出陣まで、二週間を切ろうとしていた。
俺は毎日、食事の時間に練習を続けていた。
アーサーが席につき、エクスカリバーが壁に立てかけられる。その短い時間だけが、俺の練習の時間だった。誰も見ていない、誰も知らない、ただ俺だけの時間に。
最初の日から少しずつ距離が伸びていった。
三日目には3ミリになった。
一週間経つ頃には5ミリになっていた。
そして今は、1センチに届こうとしていた。
数字だけ見れば、まだ話にならない距離だった。でも俺は続けた。ゼロじゃないから。ゼロじゃなければ、続ければ変わるから。
その頃、マーリンが珍しく険しい顔をしていた。
謁見の後、廊下でアーサーに声をかけた。
「少し、いい?」
「はい」
二人が執務室に入る気配がした。扉が閉まった。
俺には中の会話が聞こえた。
「北方の動き、普通じゃないわ」
「……どういう意味ですか」
「斥候の数だけじゃない。魔法的な気配がある。誰かが、意図的に動かしている」
しばらく沈黙があった。
「誰だと思いますか」
マーリンが少し間を置いた。
「まだ確証はないわ。でも気をつけなさい。この戦、ただの領土争いじゃないかもしれない」
それだけ言って、マーリンは出て行った。
(魔法的な気配)
俺は考えた。
アーサー王伝説の中で、魔法を使う敵といえば——
モルガン・ル・フェイ。
アーサーの異母姉。アーサーへの深い憎しみを持つ、もう一人の魔法使い。
確証はない。でも嫌な予感がした。
円卓会議でも、空気は変わっていた。
ランスロットが発言した。
「出陣の編成について、最終確認をしたい」
「同意します」
ガウェインが、珍しく即座に同意した。
いつもなら何か一言入れるはずのガウェインが、今日は黙ってランスロットの話を聞いていた。
トリスタンが静かに口を開いた。
「弓隊の配置は既に決まっています。北の高台を抑えれば、敵の動きを早期に察知できます」
「ガラハッド」
アーサーが若い騎士を見た。
「前線の支援を頼めますか」
「はい」
ガラハッドが迷いなく答えた。若い声だったが、揺れていなかった。
(みんな、覚悟が決まってるんだな)
会議の空気が、ピンと張り詰めていた。
その夜——
アーサーがさーくんに騎士たちの話をした。
「ランスロットって、甘いもの好きなんだよ」
「意外ですね」
「でしょ。こないだ厨房で蜂蜜をこっそり舐めてるところを見た」
(あのランスロットが)
「ガウェインは?」
「ガウェインはね、城の外で野良犬に餌やってる。私しか知らない」
「みんな、昼間と違うんですね」
「そう。みんな違う顔を持ってる」
アーサーが少し間を置いた。
「だから、誰も帰ってこないなんてことに、なってほしくない」
俺は黙って聞いていた。
「全員、帰ってきてほしい。当たり前のことだけど、それが一番難しい」
「アーサー」
「うん」
「それを思えるのが、アーサーが王である理由だと思います」
しばらく沈黙があった。
「……さーくん、たまに反則なこと言うね」
「看護師の受け売りです」
「何回目だよ、それ」
アーサーが笑った。
声を殺さない、本物の笑い声だった。
アーサーが横になった。俺を胸に抱えたまま。
「おやすみ、さーくん」
「おやすみなさい」
すぐに寝息が聞こえてきた。
翌日の食事の時間。
アーサーが席につき、エクスカリバーが壁に立てかけられた。
俺は意識を、革の端に集めた。
集めて、集めて、集めて——
動いた。
1センチ。
それ以上動こうとした瞬間、筋肉が引き裂かれる、その感覚に似た激痛が走った。
動こうとしたが、そこで止まった。
それ以上は動けなかった。
(足りない気がする)
これっぽちじゃ、守れるものも守れない気がした。
アーサーが食事を終える気配がした。
もうすぐ終わりだ。
でもまだ時間がある。
出陣まで、二週間。
続ける。
アーサーが壁から俺を取り、腰に装着した。
いつも通りの午後が始まった。
【第10話・了】
第10話までお読みいただき、ありがとうございます!
騎士たちの「昼間と違う顔」をアーサーがさーくんに語る場面、書いていて一番好きなシーンでした。完璧に見える人たちも、それぞれ違う顔を持っている——だからこそ、誰も帰ってこないなんてことになってほしくない、というアーサーの言葉が、俺には刺さりました。
そして食事の時間にこっそり練習を続ける主人公。1センチ動けた、でもまだ足りない。この積み重ねが次の話でどう繋がっていくのか、ぜひ見守っていただければ幸いです。
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次回の第11話もお楽しみに!




