3 温かい朝ご飯
歯磨きを終えて、口をゆすいでいると、美穂が口を開いた。
「みはなちゃん、あの―」
美花は水をぺっと吐き出すと、コップをしまいながら「何?」と聞いた。美穂の顔がやけに真剣で、美花の動きは固まった。
(どうしたんだろう? コップをまた割ったのかな?)
そんな真剣な顔を少し見つめていると、美穂が笑顔で言った。
「ねぇ、ついてきて!」
美穂は美花の手を取ると、リビングに向かって走り出した。
「あの、お姉ちゃん、どうしたの? またコップ割っちゃったの?」
手を引っ張られて走りながら首を傾げてそう尋ねると、美穂は目線を逸らした。
「えっと⋯⋯今見せたいのはそれじゃないよ」
(あ、割ったんだ)
「それで、何を見せたいの?」
そう尋ねると、美穂はえへへっと笑って、足を止めた。パジャマのワンピースの裾をふわっとなびかせながら、こちらを振り返る。
「見て、着いたよ!」
「え? 何が―」
言いかけて、そのまま固まってしまう。
その光景を見て、美花は思わずふふっと笑ってしまった。
何度も練習して頑張って作ったような、少し歪な形の卵焼き。握る力が足りなかったのか、具が見えてしまっている、海苔やご飯が少しボロボロなおにぎり。丸焦げの面もある、ひとつひとつの大きさが違うウインナー。
そんな美穂の作ったこのお弁当のおかずみたいなシンプルな朝ご飯が、今はとても美味しそうに感じた。
「ど、どう? みはなちゃん」
美穂が美花の顔を覗き込む。心配そうな表情で、美花が返事をするのを待っていた。
「―お姉ちゃん」
美花が呟くような声を漏らす。美穂は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「―これ、すごく美味しそう!」
満面の笑みを浮かべて、美花は言った。
「ほ、ほんとに?」
「うん、本当」
美花は微笑む。
(本当にすごいな、お姉ちゃんは)
前に美穂はお姉ちゃんという感じがしないと思ったことがあるが、やっぱり美穂は自分のお姉ちゃんだ。そして、何となく分かった。美穂が心を込めて、一生懸命作ってくれたこと。そして、美穂は頑張れば出来るということ。
「ところでさ、お姉ちゃん」
「ん?」
えへへー、と笑ったまま、美穂が美花の方を向く。
「何でこのお皿にスクランブルエッグが山積みになってるの?」
皿を指さしながら言うと、美穂は笑顔のまま固まった。そして、「えーっと⋯⋯」と戸惑う素振りを見せる。
「あ、余った卵で作ったんだ―⋯⋯」
「⋯⋯本当に?」
問い詰めると、美穂が頭をかきながら言った。
「卵焼き、失敗しちゃったのがいっぱいあって⋯⋯」
「あ、スクランブルエッグを作ったわけじゃなかったんだ⋯⋯」
(やっぱりお姉ちゃんは変わらない)
でも、その方が美穂らしくていい。そんなふうに思ったのだった。
(これからもうまくやっていけそうな気がするな)
美花はふふっと笑いながら、美穂に近づく。そして、にこっと笑って言った。
「で、ちなみにおにぎりとウインナーの失敗作はどこにあるの?」
「みはなちゃんは何でもお見通しだね⋯⋯」
美穂は圧をかける美花に対し、「あはは⋯⋯」と苦笑しながら、キッチンを指さした。そこには、海苔や具の混ざったご飯と、真っ黒焦げのウインナーが山積みになっていた。
その後、二人は入学式を無事に終えた。期待に胸を膨らませて、これからの高校生活を思い描いた。ただ、その前にお昼ご飯にスクランブルエッグを延々と食べ続けるはめになった。美花が心のなかで絶叫したのは言うまでもないだろう。
もう夕方。美花は美穂とスーパーに寄っていた。
「入学式終わったね―」
「お父さんに知らせた?」
「あっまだだ、報告しとかないと!」
美穂は慌ててスマホを取り出し、「今入学式終わったよー」と口に出しながらメッセージを打っていく。
(でも入学式が終わったの結構前だから今ではないんだけどね)
美穂はそんなことは気にしていないようだった。
「今日の食材買おうか」
「うん! じゃあ、今日は、にんじん、たまねぎ、ポテチ、板チョコ、おせんべい⋯⋯」
(⋯⋯えっと、お姉ちゃん?)
「最後の方のお菓子は何なの?」
「えっと⋯⋯材料?」
(材料って⋯⋯明らかに種類違うと思うけど)
美花は何を作るのか考えた。だが、流石に思いつかない。
(もしかして革命的な美味しさになる隠し味なのかな)
そんな事が頭をよぎったが、それだと隠し味のほうが多くなってしまうので違うだろう。違うと思いたい。
そんなことを考えていると、美穂は食材をどんどんカゴに入れていく。
「調べたらね、良さそうなのが出てきたの!」
良さそうなの? なんかやばそうだからやめて」
(成功するときもあるけどね、たまに)
生まれ持った運に抗うことは難しい。それに美穂の場合、「なんとかなる」という気合で適当にやっているところがある。
でも、本人は自覚していないので、ムスッとした顔で振り返ると、美花をビシッと指さした。
「決めつけは良くないよ! ホントに良さそうだったもん!」
(別に決めつけてないんだけどな)
「やばそう」と言っただけで、「やばい」と言ったわけではない。
ただ、訂正するよりもとりあえず早く帰りたい。お菓子は最悪買っても良いので、早く夜ご飯を作りたかった。
(お腹ペコペコ⋯⋯お姉ちゃんは平気なのかな⋯⋯)
「⋯⋯はいはい。とりあえずレジ行くよー」
「あっ、待ってー!」
ダッシュでレジに向かうと、美穂も追いかけるようについてきた。
「みはなちゃんの好きなおやつも買おうよーっ! ねえ、このアイスとか好きだったよね?」
にやにやしながらいう美穂をちらっと見ると、アイスを奪い取り、かごに入れた。
「⋯⋯やっぱり入学記念のお菓子パーティーしよっか」
(今日はお金のこともいい、よね?)
そう思ってレジに向かうと、美穂がむすっとしながら追いかけてきた。まだなにか不満なのかと、少し首を傾げていると、美穂が叫ぶようにしていった。
「あれは晩ご飯の材料だからね! パーティーするなら別で買わなきゃだからね!」
「⋯⋯はいはい」
せっかくお菓子を買うことを許可したのに、と思いながら、美花はスタスタと歩いていった。
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