第7話 転生先の聖女の善意が強すぎて世界炎上(物理)の件
人生やり直しには、保険が必要です。
今日、俺は理解した。
悪意より厄介なものがある、と。
善意だ。
俺、三枝正樹27歳・元社畜。
転生者ケア事務所で働き始めて3週間経った。
仕事は新規転生者の生活支援。
住居案内、職業紹介、転職の手伝い。苦情処理、要するに何でも屋だ。
この異世界保険株式会社提供のアフターケアサービスは、実に素晴らしい。
問題は俺の上司だけだ。例えばアカリとか、アカリとか、アカリとか。美人だけど。
そう思っていた時もありました、俺のアホ。
そして今日。
受付嬢の猫娘にゃあさんが告げた。
「三枝さん、本日から管理監視員が着任されます」
「ああ、アカリのやつがそんな事を言ってたな」
うちの会社には転生者の生活環境を整えるため、外部委託の専門家を招くシステムがある。
この村は人口1000人程度なので、管理監視員は滅多に来ないらしい。だが、そのスタッフが滞在する間は保安担当のアカリはお役御免だと、嬉々として魔物討伐に飛び出して行った。
いっそ事務所勤めを辞めて、討伐隊に入ったら良いのでは?
そこで気づいた。
にゃあさんのいつも明るくかがやく笑顔が欠片もない。
「どうした、なにかあったのか?」
ピクピク動く猫耳を撫でたい衝動を、いつものように抑え込んで俺は聞いた。
可愛いよね、にゃあさん。
祖型がサーベルタイガーなので、身の丈2メートルで、3階の屋根まで跳躍できるけど。
「……あの、ですね……」
にゃあさんが答えようとした時、
表扉がすごい勢いで開く。
舞台照明みたいなまばゆい光が差し込んだ。光源、どこだ。
白い修道服。髪は漆黒に近い深紫の豊かな巻毛。その瞳は夜の海のような深い黒。背中には追加の光輪。
ザ・聖女だ。
「はじめまして!」
声までキラキラしていた。
「わたくし、聖都より派遣されました、聖女のセレスティアと申します!
転生者の皆さま、村のお悩み、すべて救済いたします!
お困りの方が多いほど燃えますの、わたくし!!!」
「なんか強そうなの来たな……」
嫌な予感しかしなかった。
このピュアな情熱に燃え上がる、全方向への張り切りっぷりは、断固・絶対・確実にアブナイ奴だ。
にゃあさんは小声で囁く。
「能力は本物です」
「その限定はなんだよ」
「あ、聖女さま!! 苦情窓口業務は平日9時から18時です!!」
続いて、俺に向かってニッコリ。
「お疲れ様でした、三枝さん!!」
「こら、待て! まだ10時半だぞ!!!」
「本日は、新規の転生者様は、いらっしゃいません!! 聖女さまはお任せしますね! 早退しまーす!!」
「あからさまに逃げだろう!」
『知ったことではありませーん!』と遠ざかる背中が正直に語っていた。
任されていいものじゃなかった。
第1 善意の水害
その日の昼、村の広場で騒ぎが起きた。
「井戸が枯れた!」
「水が出ねえぞ!」
そこへセレスティアが現れる。
「ご安心ください!」
両手を掲げる。
空からの神々しい光。
セレスティアの全身が黄金色に燃え上がる。
次の瞬間。
広場の中央に巨大な水柱が湧き上がった。
「すげええええ!」
「さすが聖女様!」
5分後。
「家が流されたぞ!」
「畑まで水浸しだ!」
「止めてください聖女様ぁぁ!」
止まらなかった。
生活用水の川も氾濫した。
第2 善意の徘徊若返り
村の寝たきり老人が腰痛を訴えた。
「任せてください」
光。
老人の腰が治る。ついでに白髪が黒くなり、背筋が伸び、筋肉まで戻った。
元村1番のマタギの全盛期が返ってきた。
ただ、聖女が直せるのは体の異常だけだった。
「うおお!! 力が湧き出る! 魔熊を獲るぞおおお!!!」
マダラボケ老人はそのままの勢いで山に走り込んで消え、村の若者たちが一晩中捜索する事態になった。
第3 善意の魔物保護
警鐘が鳴った。
自警団の若者が駆け込んでくる。
「報告します! 聖女様が魔物をかわいそうだと保護した結果、広場で繁殖しております!」
「何やってんの!?」
「命は平等です!!」
ゴブリンの群れが店を襲っていた。
第4 善意の財政崩壊
広場中央に深紫の髪の少女が立っていた。
白い法衣。杖。神々しいオーラ。
見た目は完璧な聖女なのに、すでに究極の破壊兵器だと認識されている。
セレスティアは満面の笑みで叫ぶ。
「みなさーん! 本日より税金はゼロです!」
民衆がどよめく。好意的なものではなかった。
「さらに薬代無料! 学費無料! 家賃無料! 食材無料! 国債も帳消しにしましょう!」
「国が死ぬ!!」
「皆が幸せなら大丈夫です!」
大丈夫じゃない。
「王様への陳情は私がやります!」
「国家運営を遊びでやるな!!」
村長が震える声で言う。
「すでに村の金庫は空です……」
「早いな!」
これ以上致命的な発言を重ねないうちにと、俺は聖女を横抱きにして転生ケア事務所に連れ帰った。
セクハラ案件にならないように、ちゃんと本人のマントで簀巻きにした。
「なんなんだ、あんたは!」
頭を抱えた。これが「頭痛が痛い」って症状か。
セレスティアは本当に何も理解していない顔をする。
「わたくし、ただ皆さまを幸せにしたいだけなのです」
「常識をわきまえろ!!!」
「善意に上限などありません!」
「あるんだよ、社会には!!」
受付窓口に置かれたご意見箱を、そのまま彼女の前にひっくり返した。
「あんたは求められていない」
傷付けたくはない。だがここで自覚して止まらなかったら、もっとひどく傷付くことになる。
投書を読みながら静かに嗚咽を漏らし始めた聖女を置いて、俺はそっとドアを後ろ手に閉めた。
その夜、俺はセレスティアと村外れの丘にいた。
月明かりの中、彼女はしょんぼりしている。
真っ赤に泣き腫らした目をして、光輪も輝きを失っているから相当だ。
人を助けて泣かせたのではなく、助けようとして嫌われたのだと知った顔だった。
「……本当にご迷惑を……」
「まあ、迷惑ではあった」
「はっきり!」
「でも、助かった人もいるだろ」
井戸問題は解決した。地形も変わったが。
老人も何十年ぶりかで楽しそうだった。若者が疲労で寝込んだが。
「わたくし、昔からこうなのです」
セレスティアは呟いた。
「困っている人を見ると、全部どうにかしたくなるのです」
「で、やりすぎて壊してきた、と」
「……はい……」
「それ、俺がいた世界にもいっぱいいたよ」
「三枝さんの世界には、聖女や聖人がそんなに!?」
「いや。善人だけど、感覚おかしくて距離感バグってる人」
セレスティアはきょとんとしたあと、やっと少し笑った。
「あんたの善意は強すぎる。世界を炎上させちまうぐらいにな」
「どうすれば良いのでしょう」
「たぶん、一人でやろうとしないことだ」
俺は肩をすくめる。
「俺も前はそうだった。仕事全部抱えて、勝手に潰れかけた」
暗黒の社畜時代だ。
「……」
「なにかやる時、人の気持ちを聞いたこと、ないだろう? ほら、こうやる前にさ」
そう言って俺は聖女が天を仰ぐ動作を真似してみせた。
「人がやってると滑稽ですね」
「辛辣!」
聖女はまた萎れてしまった。
「助けるってのは、代わりに全部やることじゃなくて、一緒にやることだと俺は思ってる」
転生して悟ったのさ、俺は。
黙って聞いていた聖女は、やがて、深く頭を下げた。
「ご指導、ありがとうございます」
「いや、そんな大げさな」
「では明日から共同救済です!」
「嫌な予感しかしない」
翌朝
村の広場。
住民たちが集まっている。
「本日より!」
セレスティアが宣言した。
「皆さまと共に、適正支援を行います!」
「お、おう?」
「まず井戸修理班!」
「俺たちがやるのか」
「わたくしは補助します!」
光が飛ぶ。工具が全部ピカピカになった。
「ありがたいけど、そこじゃねえ!」
「次に畑の再生班!」
土がふかふかになる。
「今度はちょうどいい! あとは任せな!」
「老人の若返り対策班!」
昨日の老人が家から鉈を担いで飛び出して来た。
「これはやめとけ!」
「聖女さま! パン種の発酵お願いします!」
「焼くとこまでいけますよ!」
「店ごと焼けるから、限定でお願いします!」
数日後。
村は活気づいていた。笑い声も戻ってきた。
みんなで直し、みんなで働き、みんなでセレスティアの暴走を止める日々。
どうやら世界破滅を防いだらしい俺は、書類整理に勤しんでいた。
アカリが戻って来る前に、とりあえず俺が快適に働ける場所にしたい。
聖女の監視はにゃあさんに押しつけた。最初の敵前逃亡は償ってもらう。
と、頭の中に天白純佳の声が響いた。
『あー、テス、テス。マイクのテスト中。お元気ですか、三枝様』
「いま、忙しい」
けんもほろろな応答も、天白にはちっとも響かない。
『ご協力ください。現地満足度調査です』
「最悪寄りの良好だ」
『それは高評価ですね』
「どこをどう取ったらそうなる」
『ちなみに三枝様は、苦情処理能力に対する評価がダントツに高いです』
「誰が回答した調査だよ!」
『覆面です。よって、本日ただいまより正式に苦情処理兼教育係となります。おめでとうございます、ヒューヒュー』
「聞いてない!」
受付嬢にゃあさんが駆け込んで来た。
「三枝さん! 崖崩れ、恋愛相談、家畜失踪、聖女様に不当に焼却処分されたエロ本損害賠償が来ています!」
「一気に持ってくるな! 最後のは私怨だろ!」
前世より忙しい。
だが――
前世より確かに多めに笑っている。
転職先としてどうなのかは、未だ判断がつかない。
【第6話・完】
《参考資料》
『異世界転生保険株式会社』第一営業部 新人研修資料
営業マニュアル & 苦情文テンプレート集
社外秘資料
無断転載、異世界持込、勇者への開示禁止。
第2部 苦情文テンプレート集
テンプレ① 世界観相違
件名:案内された異世界内容に関する意見
平素よりお世話になっております。
このたび配属された世界について、想像していた内容との差異がありました。
具体的には、剣と魔法中心と認識しておりましたが、農業比率が高く困惑しております。
ご確認のほどお願い申し上げます。
テンプレ② 能力不足
件名:初期能力設定について
お世話になっております。
私以外の転生者と比較し、能力差を感じております。
隣人:火炎魔法Lv5
私 :帳簿整理Lv2
再査定をご検討ください。
テンプレ③ 人間関係
件名:現地住民の態度について
お世話になっております。
村人より「また人間か」と冷遇されております。
円滑な地域交流のため、初期印象改善措置を希望します。
テンプレ④ 魔王案件拒否
件名:求人内容相違
面接時には「安定した城勤務」と説明を受けましたが、
実際には不在の魔王の地位を狙う襲来頻度が高く危険です。
労災適用可否をご回答ください。
テンプレ⑤ 担当者指名
件名:担当変更依頼
現在担当者の説明が的確すぎて精神的に疲弊しております。
可能であれば、もう少し甘い担当者へ変更願います。
テンプレ⑥ 恋愛相談誤送信
件名:問い合わせ(個人的)
同じパーティの僧侶が気になります。
これは保険適用でしょうか。
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「第8話 せっかく異世界転生して勇者になったのに、魔王城に辿り着けない」5/8 19時です。
Xでも更新情報などを呟きます。
@OhashiS202604 (大枦詩乃@異世界転生保険株式会社)




