第6話 営業成績一位の天白純佳。笑顔の営業は泣かない、異世界転生を崇めない
人生やり直しには、保険が必要です。
異世界転生保険株式会社。第一営業部。
月末最終日、社内掲示板に恒例の営業成績ランキングが張り出された。
今月契約件数ランキング
1位 天白 純佳(Ayaka Amashiro) 22件
2位 鬼塚 ガブリエル(Gabriel Onizuka) 16件
3位 河野 日菜(Hina Kono) 8件
「またも3倍近く差があるんですが」
営業部2年目の河野日菜は、顔をこわばらせた。
「毎月こうじゃないですか。なにをいまさら」
隣で先輩社員の丹波が、淡々と答える。
丹波 蓮。日菜の教育係であり、社内でも有名な堅実派営業だ。
「僕が働くのは家族のためです」
常々そう公言し、定時出勤・定時退社を貫き、配偶者出産休暇、出生時育児休業、子の看護休暇、嫁の両親のための介護休暇など、取れる休みはすべて取る男である。
それでいて、今月も7件。現在進行中の案件まで含めれば、実質13件相当だ。
『やっぱり、すごい先輩だな』
だがその頼れる丹波も、第3子誕生のため来週から通常の育児休業へ入る。
日菜は少しだけ心細かった。
「すごい人なんですね、天白さん。先輩がお休みの間、サポートに付かせてもらえないかなぁ」
小柄でふわふわした雰囲気の河野日菜。
見た目は小動物だが意外と向上心は強い。
その言葉に、丹波の表情がわずかに苦くなった。
「河野さん。ちょっと肩に触れてもいいですか?」
「え? もちろんですよ?」
『コンプライアンス指南書』の異名を持つ丹波が、珍しく許可を取ってきた。
日菜が首を傾げていると、丹波はそっと肩へ手を置く。
2秒。すぐ離した。
「やめておくんだ」
「え?」
「あれは、鬼だよ」
営業部フロアの一角に設けられたスナックステーションでコーヒーを片手にくつろぐ天白純佳へ、日菜は歩み寄った。
その姿は、黒豹の前に無防備に飛び出す子うさぎのようだった。
自分の机から丹波が心配そうな視線を送ってくるのに、日菜はまったく気づかない。
「天白さん、3分、お時間いいですか?」
天白はにっこり微笑み、ソファの隣を空けた。
「河野さん。契約獲得数8件、おめでとうございます」
「ありがとうございます! 天白さんは、いつもすごいです」
天白の笑顔がさらに深くなる。
『うっ、まぶしい……!』
「何かコツがあったら、教えていただけませんか?」
「コツ、ですか」
天白は、はんなりと首を傾げた。
それだけで営業フロアにため息が広がる。
本人だけが、その美貌の破壊力を自覚していない。
白い指を1本ずつ折っていく。
「第1に、相手の人生を否定しないこと」
「はい!」
「第2に、死ぬ予定を告げるタイミングを外さないこと」
「はい?」
「第3に、契約後の苦情を恐れないこと」
「はあっ!?」
顔にも頭上にも疑問符を浮かべる日菜へ、天白は穏やかに尋ねた。
「午後から新人向けブラッシュアップ講習をするんですが、参加されます?」
「えっ、そんなのあるんですか?」
「2年に1回なので。河野さんの入社年には無かったですね」
「是非お願いします!!」
その瞬間、自席の丹波が絶望の表情で天井を仰いだのを、日菜は見逃した。
午後。会議室。
今年入社の新人営業5名、そして河野日菜。
ホワイトボードには、太字でこう書かれていた。
「契約はご縁、説明は義務、苦情は文化」
達筆だ。
営業部長・佐々木彰吾がサラサラとそれを書いて、天白に笑いかけて出て行った。
『やっちまいな』
天白が咳払い。
「まず、皆さまに申し上げます」
新人たちが背筋を伸ばした。
「私たちの仕事は、人を死なせる仕事ではありません」
全員がうなずく。
「死ぬ予定の人に、次の行き先を案内する仕事です」
新人らの唇が自信に満ちた弧を描く。
「ですが、勘違いしないでください」
天白の整った顔に笑みは無い。
「転生すれば幸せになる。そんな保証は、どこにもありません」
室内が静まり返った。
「現世で逃げた人は、来世でもたぶん逃げます。
他人を故意に傷つけた人は、世界が変わっても同じことをします」
新人たちは硬直した。
「『異世界転生保険』は、売れればいい、という商品ではありません」
天白は続ける。
「自分と何の接点もなかった人に、次の人生へ進む勇気を与えてしまう。
その責任を感じないなら、売ってはいけない」
グラスの水を一口飲む。
「人生を変えてやる、なんて思うなら、なおさらです」
沈黙。
順調に契約を取っていた河野日菜など、半泣きだった。
そうして、天白はふっと笑った。
「分かります?」
誰も答えない。
「分からないですよね。私もです」
新人たちが息を呑む。
「だから、いつも売るのが怖い。
でも、売れたのに、売れたはずなのに、躊躇して死なせてしまう方が、もっと怖い」
ホワイトボードの紙を剥がしながら、天白は元の柔らかい声に戻った。
「ですから私は、まず訪問勧誘。それから契約の二段構えにしています」
彼女の毎月トップの実績は、これに裏付けられていたのだ。
顧客と自分を決して裏切らない覚悟に。
「もちろんマニュアルは大事です。でも、自分のやり方も、ゆっくり探してくださいね」
パン、と手を打つ。
「はい、おしまいです」
そう言って、天白は部屋を出ていった。
残された新人たちは、屍累々だった。
そしてその日、河野日菜は営業マニュアルのブックマークを消した。
ちなみに。ぼちぼち仕事に慣れて無鉄砲に勢いづいた若手を、天白に木っ端微塵に踏み潰させるのが、営業部長・佐々木彰吾の密かな趣味である。
終業後6分過ぎ。
河野日菜が廊下で天白を呼び止めた。
まだ少し顔色が悪い。
「天白さん」
「はい」
「……天白さんって、転生の意味を信じてないんですか?」
一瞬の沈黙。
彼女は窓の外を見た。
「信じていますよ。制度としては」
「制度として?」
「生まれ変われば。別世界へ行けば。それだけで人が劇的に変われるとは思っていません」
「……」
「変わる人は、生きているうちに変わります。
変わる意志を持ちます。
少なくとも、自分の何が問題かを探そうとします」
営業担当者らしからぬ、冷たいほど現実的な言葉だった。
「じゃあ、なんでこの仕事を?」
天白は少し考え、肩をすくめた。
「たまに、いるんです」
「……?」
「死ぬ直前の3秒で、ちゃんと前を向く人が」
そして笑う。
「やり直したいと心から願う人には、機会くらいあってもいいでしょう?」
深く考え込む河野へ、天白は悪戯っぽく続けた。
「ところで、異世界転生って双方向なんですよ」
「え?」
「当社提携先の異世界の人は、身体能力が高かったり、魔法が使えたり、特殊スキル持ちだったりしますからね。こちらへ来ると補正されてしまうので、私たちの世界への転生希望者は少ないんです」
「は、はい……」
「でもゼロではありません」
河野が首を傾げる。
天白は種明かしをした。
「丹波さんとか」
「えええええっ!?」
「あら、もう定時で帰ってしまわれましたね」
顎に指を当て、少し考える。
「では……」
くるりと振り返り、顧客対応室へ声を張った。
「魔王さん。お手隙でしたら、少しよろしいでしょうか」
河野日菜は、床から30センチ垂直に跳んだ。
『とんでもない大物がいた!!』
その晩遅く。社内にはもう誰もいない。
天白はひとりで営業資料室にいた。
古いファイルを開く。
表紙は。
契約不成立案件 保管10年
案件番号47
契約者名:大崎静香
年齢:24
死亡原因:居住アパート屋上からの飛び降り
転生先:無し
静かな部屋で、天白は目を閉じる。
「死後の人生設計に、ご興味はおありですか?」
返事はない。
それは10年前と同じ、マニュアル通りの営業文句だった。
天白純佳は、二度とそれを言わない。
【第6話・完】
《参考資料》
『異世界転生保険株式会社』第一営業部 新人研修資料
営業マニュアル & 苦情文テンプレート集
社外秘資料
無断転載、異世界持込、勇者への開示禁止。
第1部 営業マニュアル
第5章 クレーマー対応術
代表的クレーム
「思ってた異世界と違う」
ご期待との相違につきましては、第46条をご参照ください。
「チート能力がない」
スタンダードプランは努力型商品となります。
「担当を変えろ」
担当変更には3営業日と審査が必要です。
「魔王が怖い」
現世にも類似存在は多数確認されております。
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第7話「転生先の聖女の善意が強すぎて世界炎上(物理)の件」
5/6 19時投稿です。
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