第4話 いじめられっ子中学生。異世界転生保険で魔術学院に入学するらしい。なんで?
人生やり直しには、保険が必要です。
行きたくない。
水瀬悠斗、14歳。中学2年生。
学校なんか行きたくない。
2年に進級してから、毎朝そう思っている。
夜になっても、やっぱりそう思っていた。
理由は簡単だ。
「おい、水瀬」
登校して席に着いた瞬間、後ろから頭を叩かれる。
振り向くと、大柄な男子。沢村がいた。
クラスの中心グループにいる人気者。
そして、悠斗をいじめる側の人間だった。
「パン買ってこいよ」
「……もうすぐ授業だよ」
「だから早く行けって言ってんだろ」
笑い声が起こる。
クラスメイトたちは見て見ぬふりだった。
先生も、気づいているはずなのに何も言わない。
1年の時はこんな奴じゃなかった。
漫画を貸し借りして、一緒に笑ったことだってある。
悠斗は黙って財布を持った。
教室を出る前に、通りかかった沢村の机の上の消しゴムを落としてやった。
「ばーか」
誰にも聞こえない声で呟いた。
それが精一杯だった。
怒る気力も、泣く気力も、もう残っていない。
放課後。
誰もいない公園のベンチで、買わされたパンの残りをかじる。
あいつらは結局1個も食べなかった。いつも、だけど。
スマホを見ると、母親からメッセージが来ていた。
『今日も残業で遅くなる。ごめんね。夕飯は適当にお願い』
母子家庭で母は忙しい。
心配をかけたくなくて、学校のことは何も話していない。
でも、もう……
「消えたい」
ぽつりと漏らした言葉に、背後から声がした。
「その表現は推奨いたしません、水瀬悠斗様」
振り向くと、スラリと背の高い女性が立っていた。
ツヤツヤで天使の輪っかが光る黒髪。テレビクルーが後ろにいないのが不思議なくらい綺麗な人だった。
「え」
声が喉に絡んで上ずった。
「なんで僕の名前……」
「本日登校途中に3回溜息をついておられましたね。7時42分、48分、そして8時2分です」
「言ってることが怖い」
「おそれいります」
それはそれは鮮やかな微笑みが返って来た。
黒のビジネススーツ姿なのに、場違いなほどの華やかさ。
悠斗はあんぐり口を開けた。普通、中学生にこんな出会いはない。
『でも』
胡散臭いと感じてしまった。口角をなめらかに上げたにこやかな笑みが、まるでAIで作った画像みたいだったから。
差し出された名刺には、こう書かれている。
異世界転生保険株式会社
第一営業部
天白純佳 (Ayaka Amashiro)
「……なにこれ」
「人生の再スタートを支援する会社です」
「怪しい」
「よく言われます」
天白は断りもなくベンチの端に座った。
これまで誰かに拒否されたことなどないのだろう。そんな自然体に妙な圧がある。
「水瀬悠斗様。14歳。最近の事件は、教室の机に画鋲を入れられたこと。体育館倉庫に閉じ込められたこと。給食の牛乳に塩を入れられたこと」
悠斗は弾けるように立ち上がった。
「なんで知ってるんですか!」
「営業ですので」
「意味が分かんない!」
10分後。
水瀬悠斗は公園の自販機で好物のメロンソーダを奢られていた。
「当社のサービスは単純です」
天白が自分の缶コーヒーを開ける。
「契約者様が寿命、事故、病気などで亡くなられた際、異世界への転生機会をご提供します」
「死ぬ前提なんだ」
「人はいつか死にますので」
「中学生にする話じゃないよね?」
「先日、私が担当させて頂いた方は」
天白はゆっくり口を開いた。目元に優しい笑みが揺蕩っている。
「27歳の男性なのですが。いわゆる社畜でいらっしゃいました。上司に怒鳴られ、不眠に摂食障害寸前、恋人にも捨てられました」
「……」
「でも、ご自分では死ねませんでした」
そして天白はフフっと笑う。
おもわず漏れてしまった笑いのようで、初めて人間っぽい隙がのぞいた。
「極度のビビりでいらっしゃいまして」
悠斗も少しだけ口元を緩めた。
「分かる」
天白は一歩近づいた。さっきまでの圧は無い。
「水瀬様。今いる場所が全部ではございません」
悠斗はごくりと喉を鳴らした。
「学校の外、街。趣味も仕事も、異世界もございます」
「そこで出すんだ、異世界」
「それに、今回は緊急案件です、水瀬様」
「え?」
美女はさらりと続けた。
「本日午後6時23分、歩道橋階段から転落して亡くなる予定でいらっしゃるので」
悠斗の手からジュースが落ちた。
「……は?」
「原因は意図的に行われた強度の接触」
「それって誰かに押されるってこと!!? 誰がそんなこと!!?」
「その開示は個人情報にあたるため出来かねます」
「個人情報!? そっちを守るの!!?」
「契約されますか?」
「いやいやいや……」
頭が追いつかない。
詐欺だ。変な人だ。信じる方がおかしい。
でも、この人は誰にも話していないことを知っていた。
「……もし契約しなかったら?」
「現世で終了となります」
「軽いなあ!」
午後6時20分。
悠斗は歩道橋の下に立っていた。
来たくなかったが、沢村に予習ノートを隠されて、学校に戻らないといけなかったのだ。
あと3分。急いで歩道橋を登って降りれば、余裕で道路の反対側だ。
でも、もし本当だったら。
胸がざわつく。
階段を上る。
夕焼けの風が吹く。
後ろから足音が追いかけて来た。
「おーい、水瀬ぇ」
嫌な声だ。その響きにゾッとする。
それでも振り返った。
もちろん。沢村と、その取り巻き2人だ。
前に回り込まれ、見下ろされた。
夕陽に照らされた沢村の顔はなんだか得体の知れない生き物みたいだ。
「何してんだよ、ひとりで」
「別に……」
「お前さ、最近ムカつくんだよ」
何もしていない。
でも、彼らには理由なんて要らないのだ。
沢村が肩を掴む。
「ちょっと遊ぼうぜ」
反射的に抗ったら押された。
足が浮く。
視界が傾く。
階段を落ちる、その瞬間。
世界が止まった。
風も、音も、人の表情も。
『今さらびっくりしたような顔をするなよ』
悠斗は思った。
『子供だってなにが起こるか分かるだろ、後悔先に立たずって奴だ』
飛び出しそうなほど目を見開いた沢村を見上げて、心の内が冷え冷えとするのを覚えた。
『後悔するのか? この連中が?』
その時、階段の途中に女がいきなり現れた。
「お時間です」
「本当に来た」
「予約をお取りしましたから」
にこやかに天白純佳が書類を差し出した。
異世界転生保険契約書(学生プラン)
自殺、故意の事故、犯罪行為による死亡は対象外とする。
死亡時、当社提携異世界への転生を保証する。
年齢、外見は転生先に適合するため微調整される場合あり。
教育機関への編入支援あり。
未成年契約者の転生に関する保護者通知は、当該保護者の記憶消去に伴い省略される。
「最後ちょっと怖い!」
「時間がありません」
「こいつら、逆に突き落としたり出来ない?」
「報復は契約事項に含まれていません」
そうして、
「そんな事を聞きたいんじゃないでしょう」
天白はフフッと笑った。
「……僕、向こうでちゃんとやれるかな……」
天白純佳は優しい目をした。
前回の案件27歳男の事を話した時みたいに。
「今より居場所がない世界は、そう多くありません」
悠斗は息を呑んだ。
その一言で、冷えていた胸が温かくなる。
「……契約します」
ペンを取った。
署名する。
時間が動き出す。
落下。
衝撃。
暗転。
目を開けると、白い天井だった。
柔らかなベッド。窓から差し込む朝日。
「ここ……」
全身鏡があった。
映っていたのは見慣れたはずの自分。
でも少し背が伸びていた。
幼稚園からずうっと一番前のチビだったのがコンプレックスだったから、もうすでに嬉しい。
深く息を吸った。
心が痛くない。
嘲笑う視線も、わざとらしい囁きもない。
誰にも怯える必要のない朝だった。
嬉しいと思えた。
「転生かあ」
ノックの音がして入ってきたのは、ローブ姿の女性だった。
「王立アルセリア魔術学院への編入候補者の水瀬悠斗様ですね。ようこそ」
「魔術? 学院? 編入?」
「はい。本日より3日間の『異世界転生者初期適応プログラム』を受けて頂いた後の編入となります」
「え? え?」
「なお、あなたは特待生扱いとなります」
「ええ!!?」
情報の多さにオロオロと窓の外に視線をずらした。
『普通の中学って、ないの!?』
石造りの校舎。広大な庭園。
空には魔法陣を描いて飛ぶ生徒たち。ギュンギュンいってる。某魔法学院より過激な感じがする。
頭の中に天白純佳の声が響いた。
『異世界到着おめでとうございます。現世担当の天白です。本日より転生先をお楽しみ下さい』
「高所恐怖症なんだよ!! どうしてくれるんだよ!!!」
『恐れいります、苦情受付は平日9時から18時までとなります。頑張ってくださいねー、ファイッッ!!』
「戻ってこーーーーい!!!」
人生で初めての大声だった。
水瀬悠斗、異世界転生4日後。
いかにも魔法使い!な格好の教師が、杖の先を光らせてクラスの注目を引いた。
「本日から編入する悠斗君だ」
生徒たちの視線が集まる。
これまでなら、怖くて震えていた。
でも今は違う。
「水瀬悠斗です。よろしくお願いします」
自然に声が出た。
窓際の席に座る赤髪ドリル巻きツインテールの少女が、じっとこちらを見ている。
青い瞳。誰よりも冷たそうな表情。
だが彼女の机の上には、こう書かれた厚紙が置いてあった。
『友達募集中』
悠斗が注目したのを確かめて、少女はおもむろに紙をひっくり返した。
『婚約者でも可。応相談』
「……変な奴、いる」
悠斗の第二の学生生活が、始まった。
その頃。
三枝正樹27歳は床の上に正座させられていた。
アカリは、腰に拳を当てて仁王立ち。威圧感マックスなのは相変わらず。美人だ。
「三枝正樹」
「はい」
「本日より当支部よりの臨時出向職員とする」
「嫌です」
「保険約款第12条」
「聞いてない!」
「契約書と一緒にパンフレットが渡されただろう。読んで同意したから、ここに居るんだろうが」
「トラックに轢かれる3秒前に!?」
ブラック企業のやり口だった。
アカリは書類を差し出す。
フォロー案件 王立アルセリア魔術学院 編入転生者
氏名:水瀬悠斗
年齢:14歳
「行くぞ、新人」
「誰が新人だ!」
【第4話・完】
《参考資料》
『異世界転生保険株式会社』第一営業部 新人研修資料
営業マニュアル & 苦情文テンプレート集
社外秘資料
無断転載、異世界持込、勇者への開示禁止。
第1部 営業マニュアル
第3章 契約成立率を上げる会話術
共感から入る ×「死にます」 ○「かなりお疲れですね」
現世否定をしない ×「今の人生は失敗です」○「別の選択肢もございます」
即断を迫らない ×「今すぐ契約を!」○「事故まで、まだお時間がございます」
希望を見せる「チートは保証できませんが、やり直しは可能です」
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4/28から投稿を始めましたが、おかげさまで日間異世界転移/転生で189位になれました。嬉しいです! お読みいただき本当にありがとうございます。
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