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第2話  転生先で新人研修を受ける俺。講師が超スパルタだった件 

人生やり直しには、保険が必要です。

 異世界に来た、はずだよな?

 窓の外を眺めてアンニュイな俺、三枝正樹27歳。


 深夜に2トントラックに轢かれる寸前、謎の保険会社と契約して、そのまま転生。

その後、銀髪・緑眼・革鎧バージョンの天白さんに、村の公民館みたいな建物へ連行された。

「転生ケア事務所だ」

「しょぼい」

 毛布を一枚投げられ、

「そこらへんで寝ろ」

「ひどい」


 異世界デビューが雑すぎる。

 固い床でも前世の通常運転でぐっすり眠れた自分が悲しい。


 そして朝。

 ニワトリっぽい何かの雄叫びで叩き起こされ、2階の部屋へ案内された。

 ↑ いま、ここ。


 椅子と机が一体の、懐かしのスクールデスク。安普請の石膏ボードの壁。部屋幅の深緑の黒板。俺が通っていた高校の教室そのままだ。


 だけど、窓から見える鬱蒼とした森の上空を舞ってるのは、どう見てもドラゴンだよなあ……襲って来なければ、ドラゴンでもカラスでもかまわない。


 誰にも急かされない朝。

 メールも電話も上司もいない。

 転生、最高かもしれない。


「起立!」

 鋭い声が飛んだ。

 社畜の条件反射で、瞬時に直立不動。


「礼!」

 ぴったり90度で頭を下げる。


「着席!」

 笑顔まで作ってしまった。

 前職の朝礼セットが身体に染み込んでいる。


「……なんなんだよ……」


 せっかく異世界なのに、またしても5年前リピートの新人研修だ。時給、出るのか?


 教壇に立つ女がにこやかに微笑む。

 色違いバージョンの天白純佳は、アカリと名乗った。


「おはようございます。本日より3日間、『異世界転生者初期適応プログラム』を行います」

「貴女が講師ですか?」

「本当は違う」

 アカリは即座に否定した。もう口調が崩れている。

「講師は昨日食ったスライムに当たってな。私はこの支部の保安担当者だ。よろしく。紫のスライムは食うなよ」

「もう情報が多い」


 教室には、俺以外にも何人か集められていた。


 まず小学校高学年くらいの少年だ。

 身体つきが妙にガッチリしている。ドワーフかな? 背負っているのは黄色いランドセルで、そこから斧が突き出ている。頭には同じ色の通学帽。いろいろ噛み合わない。


 その隣に、黒縁眼鏡の高校生らしき男子。

 背筋は定規みたいに真っ直ぐ、膝の上に両手を揃えて座っている。七三分けの髪は一糸乱れず、この世界でも風紀委員になれる。


 少し離れた席には、中年男。

 赤と青のチェック柄スーツに黄色い星のネクタイ。遠目にもうるさい。近くで見たらもっとひどい。そんな服、作るな売るな買うな。どんな社会生活を送っていたんだ。あ、俺が来たのとは違う世界かな?


 俺の隣には、割烹着姿の女性が座っていた。

 五十代くらいだろうか。膝の上で手をぎゅっと握りしめ、泣き出しそうな顔をしている。

 いま声をかける余裕は俺にもないが、料理ができそうという一点で将来的に仲良くしたい。


 後方の窓際に、時代劇から抜け出してきたような老人。

 野袴に脚絆、手甲。姿勢も妙にいい。落ち着き払って茶をすすっているが、どこから出した。


 そして、部屋のど真ん中の机の上に胡座をかいているのは半裸の巨人。

 筋骨隆々。毛皮の腰巻き。俺の太ももくらいある腕を組み、鋭い目で睥睨している。睨んでいるというか、たぶん通常営業でそれなんだろう。

 俺と目が合った瞬間、敵意が増した。なんでだ。


 部屋の隅に甲冑が一体直立していた。

 展示物かと思っていたら、いきなりガシャリと動いた。

「うおっ!?」

 全員の肩が跳ねた。呪いの甲冑か!? 

 巨人は座った姿勢のままちょっと飛んだ。心臓、ちっちゃいかよ。

 甲冑は金属音も高く机に向かい、無理やり身体をねじ込んで着席した。

 兜が外れ、中から現れたのは耳の尖った美女だった。

『エルフだ! 女騎士だ!! うおおお!!!』

 テンション爆上がりだ。 

 フルプレート装備なので、机にみしみしと亀裂が入っているが、俺の私物じゃないからかまわない。

 だってエルフだぜ!!?


「では配布資料をご覧ください」


 営業口調に戻したアカリの指示で各自の机に冊子を配っている少年は、ほっそりした身体と同じくらいのふわふわの尻尾が揺れている。 

 リスか? リスだな。頬がモゴモゴしているのは、ドングリか何か入っているのだろう。      

 エルフ騎士に最後の冊子を渡した後、そのまま窓から木の枝を伝って消えた。自由だな。


 もうどんな種族が出てきても驚かないが、魔法とかあるのか? 

 転生したんだもんな! 

 剣は要らない。魔法が欲しい。

 ここ3年ぐらい感じたことがなかったワクワクを覚えた。

 27歳だって青春だ!



新規転生者様用ガイドブック


母国語から現地語、またその逆も自動翻訳補助が有効です

スライムの大半は食べられません。可食のものも必ず加熱してください

王族、貴族、宗教団体の政争には関わらないでください。トラブルは自己責任となります。

非営利団体及び個人の勇者募集には慎重に応募してください。トラブルは自己責任となります。

魔法を公共の場で試さないでください。トラブルは自己責任となります。



 パラリとめくって一気にテンションが下がる。

 夢がない。そして

「いろいろ不穏すぎるだろ」


「冊子表紙にお名前をお書きください」

 アカリは平然と流した。


「皆さまには3日間で異世界生活の基本を、徹底的に学んでいただきます。この研修を受けずに外へ出た方の1年以内死亡率は73パーセントです」

「そんなに!?」

 風紀委員が叫んだ。

「『貴方のチートで成り上がりませんか』と騙され奴隷に売られる、装備不足で森に入る、肉食系の魔物をモフモフだと撫でる、などが主な原因です」

「撫でるなよ……」


「ちゃんと学べ。そうしたら皆生き抜けるようにしてやる」

 

 アカリの声と眼差しは強かった。



第1時限:貴方の世界を知ろう! 社会情勢もろもろ(絵文字惑星、力こぶ)


「この世界の通貨単位はルクスです。パン一個が2ルクス。ランチ50ルクス。素泊まりベッドのみ100ルクス。ちなみに鉄の剣は300ルクス」

「スマホ決済は?」

 極彩スーツの男が聞く。

「ありません」

「終わった……」

 いや、スマホ自体が無理だろう。最新iPhoneだってアンテナ立ってなければただのiPodだ。

 あ、充電出来るか聞かないと。俺は会社支給のAndroidだけど。wikiは使いたい。


「なお、皆さまには生活支援金として、研修修了時に一人500ルクス支給されます」

「少なくない?」

「だから研修が必要なのです」


 座学は1時間半、みっちり続いた。


第2時限:職業適性診断。なにが出るかな(音符・絵文字笑い)


 教壇の上に怪しく光る水晶玉に、順番に手を置かされる。


 俺が触れると、水晶の上に文字が浮かんだ。

「適性職業:コンサルタント 属性:天性の中間管理職」

「属性がひどい!」

「前世の経験値がまともに反映されているな」


 周囲もざわついていた。

 小学生が「薬師見習い」

 高校生は「魔術師見習い」

 老人が「大剣士」

 割烹着女性は「吟遊詩人」

 スーツ中年「鍛冶屋」

 半裸マッチョが「治療師見習い」

 鎧エルフは「刺繍マスター」


『それじゃない』感が激し過ぎる。

 大丈夫か、その水晶玉。


「では、昼休み後の最初の時間で個別面談を行います」

 アカリが笑顔で言う。

「あなた方には非常に需要の高い求人があります」


 嫌な予感しかしない。



 昼休みはなんと2時間だ。クラス?の交流を自力で頑張れと言うことらしい。

 食堂では、パンとチーズ、具沢山のスープと、正体不明の肉の盛り合わせが出た。

 美味い。転生前日からエナジードリンクとカロリーバーだけだった身体と心に沁みる。

 ド派手スーツ中年男が爪楊枝を咥えながら話し掛けてくる。

「いやあ、まさか異世界とはね」

「信じられませんよね」

「私は部長職だったんだが、過労でね。気づいたらここだ」

「……お疲れ様です」

 そのスーツで部長? どこの? とは聞けなかった。

「君は?」

「社畜で2トントラック事故です」

「そうか、同志だな」

 妙な連帯感が生まれた。


 そこへアカリがやってくる。

「三枝様、お前の午後の面談は私がやるぞ」

 名前に様を付けただけで丁寧接客ヅラをしないで欲しい。美人だ。

「俺だけ?」

「優先案件だからな」


 嫌な単語しか出てこない。



 午後の個別面談室には机と椅子が二つ。

 他の面々もそれぞれ個室に案内されて行った。

 エルフ騎士は肩がつっかえてドア枠を壊していたが。あれは保険でカバーされるのか?


 向かいに座ったアカリが一枚の紙を差し出した。

契約者:三枝正樹

年齢:27

死亡理由:交通事故(2トントラック)

プラン:スタンダード

補助内容:最低限身体補正

職業適性:コンサルタント 属性:天性の中間管理職


「誤字脱字もチェックしろよ」

 アカリの緑色の目が期待に輝いている。美人だ。

「コンサルタントなら雑用が得意だろう。私の助手になって転生者の管理を手伝え。事務所の3階に住み込みだ。家賃は給料から自動引き落とし。朝飯は出る。細かい事は適時対応だ」

「いろいろ雑だな」


 とりあえず転生先でも前職に似た仕事ができるらしい。



 2日目は実技訓練だった。

 

 保安担当武闘派のアカリは、長い銀髪を高めの位置でポニーテールに括り、見るからにウキウキしている。美人だ。

 外の訓練場に一列に並ばされ、けっこう重い木剣が配られた。働くのはやはり昨日のリス少年だ。意外と力持ち。

「今日は護身術を一通り教えるぞ!」

「俺、営業職でコンサルタントなんだけど」

「ここでは自分の身は自分で守る」


 アカリの言葉が終わった瞬間、檻が開いて、飛び出してきたのは、牙をむく大型の猪だった。前世の2倍くらいある。

「構えろ、新兵ども!!」

「説明が少ない! 新兵じゃない!!!」

 受講生たちが悲鳴を上げる中、ご隠居が嬉々として大上段に木剣を振りかぶった。

「皆のもの、やっておしまいなさい!」

「お前も早く印籠を出せよ!!」

 ご隠居と毛皮巨人とエルフ騎士が猪を囲んで牽制する間、他の受講生たちは逃げ回った。

 特に俺は猪の視線がやたらと飛んで来るので、必死さの度合いが違う。    

 なんだ、そのヘイトの高さは。

 強そうな3人に囲まれているのに、他の獲物(俺)を狙うとか、魔物か! あ、魔物だ! 

 そうして俺はセルフ・ボケツッコミの最中に足を滑らせて転んだ。

 お約束すぎる!


 魔猪が突進してくる。


 終わった!と目を閉じ、ようとしたその瞬間、身体が勝手に動いた。


「申し訳ございませんでしたぁぁぁ!」


『五体投地スライディングまっ平土下座』

 俺の頭上に、蛍光色のそんな文字が浮かび、猪がぴたりと止まった。

「……え?」


 アカリがメモを取りながら頷く。

「高圧的な相手への即時謝罪スキル発動か。十分に実戦レベルだ」

「そんなスキルいらねえよ!」


「明日も続きをやるからな。相手の第一弾はスラウルフだ」

「スライムなのかウルフなのか統一しろ!」

「噛んで溶かしてくるからスラウルフだ」


 異世界、怖すぎる。




 怒涛の3日間の講習が終わった。


 俺は転生者ケア事務所の屋上でたそがれていた。


 アカリの助手(住み込み下働き)になった俺は、3階の個室を与えられたのだ。

ベランダから梯子で屋上に上がれるなんて、ちょっとオシャレ。ビールが欲しい。


 空の青さは前世より鮮やかで、ぼんやりと滲んだように白い月が二つ見える。

 日没までには、もう数時間ある。


 疲れた。筋肉痛と知恵熱コンボだ。

 でも生きてる。

 無駄に使い潰されない実感があった。

 ちゃんと腹が減る。 

 2日目に倒した猪も美味かった。


「お疲れですね」

 隣にアカリが立つ。

 言葉を変に取り繕うから頬がモニョモニョしている。美人だ。

「そりゃな。いきなり死んで、いきなり異世界で、いきなり就職だぞ」

「前世も同じでは? こっちの方がよっぽど待遇は良いだろ?」

「……否定できない」


 アカリは少しだけ柔らかい顔をした。

「ここでは失敗しても誰も責めんぞ」

「……え?」

「せっかくのやり直しだからな」

 その言葉に、俺はしばらく何も言えなかった。


「明日の始業は9時だ。15分前には来いよ」

「感動返せ」

「頑張れ。私の担当評価に響くからな」

「やっぱ最低だな!」

 2人同時に吹き出した。


 こんな風に笑った記憶は何年もなかった。




 その時だった。


 いきなり鐘の音が響き渡る。

 危機感を煽る乱打だ。


 森の奥から地鳴り。木々が激しく揺れている。


 アカリの表情が変わった。

「まずいな」

「何が!?」

「魔物の群れだ。村が危ない」

 彼女は剣を抜き、俺に叫んだ。

「走れ、新人!」

「誰が新人だあああ!」



 ブラック企業を辞めたはずなのに。



 俺の社畜人生第2章は、開幕から命懸けだ。



【第2話・完】





《参考資料》


『異世界転生保険株式会社』第一営業部 新人研修資料

営業マニュアル & 苦情文テンプレート集


社外秘資料

無断転載、異世界持込、勇者への開示禁止。


第1部 営業マニュアル


第2章 初回接触マニュアル


推奨タイミング

通勤電車内、横断歩道で人生に疲弊している時

病院待合室で達観している時

学校帰りの公園で俯いている時

深夜コンビニ前で将来を考えている時




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