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第14話 白皙の貴公子はすべての期待値の斜め上(3)

人生やり直しには、保険が必要です。


ヴラドは天秤棒の一振りで、音もなく3人の意識を刈り取った。



そいつらには猿轡を噛ませ、木に括り付けて先を進む。

法務担当のミシュコが、そこに残った。

鎧で要所を覆った、体長2mを超える熊獣人をみたら、意識を取り戻した連中も逆らおうとは思わないだろう。

本当はミシュコはとんでもないチキンハートの持ち主で、全く戦力にならないがための処置なのだが。


チキンハート2号の木村信也は、涙目で一行に付き従った。

録音魔導具と記録水晶による記録は、転生保険株式会社の保険適用、免責、違約判断のための証拠保全に不可欠だ。

だがそれを行う記録係の扱いは、おおむね雑なものである。



さらに進むこと半時間ほど。

置き捨てられた鉱山の入口が、もう近い。


          

「静かに。坑道の入り口に、見張り2名、奥に10人以上」

冒険者ギルドの戦士ウルスラが、探索スキルで得た情報を囁いた。


「ここはやはり私が行こう」


 ヴラドがそのまま歩み出る。


「派手にやらないでよ。まだ容疑者なんだから」


 しぶい顔のアカリに笑いかけ。


「善処する」


 そして、消えた。


「え?」


 全員が目を瞬く。


 次の瞬間、意識を失った見張り2人が木の枝から逆さ吊りになっていた。


 木村はそれに水晶玉を向けつつ、

「これって、派手では?」

 すっかり仲良くなったレルが、はんなりとため息をもらす。

「静かですけどもねえ」




 坑道の闇の中で悲鳴が上がった。


 怒号。

 金属音。

 何かが壁に叩きつけられる音。

 

 戦士ウルスラとアカリは、自分達の出番が無さそうなのが、とても残念そうだ。



 賊が1人、入口から転がり出てきた。


「ば、化けもんが…た、助けて…」


 そこへヴラドが現れ、つま先で軽く蹴り倒す。

 それだけで賊は地面を数メートル転がった。


「言葉遣いに気をつけよ」


「扱いがひど過ぎる」


 木村信也の無意識のコメントも、しっかり水晶玉は拾っていた。


     


 騒ぎは数分で終わった。



 密猟団は全員拘束。

 坑道に隠されていた檻は広場に積み上げられた。

 閉じ込められていた魔物は主に幼体。成体も混じっているが、どこか体が不自由な個体ばかり。



 坑道の最奥にいた頭目は、縛られても闘志を失っていない。


 古傷で左目が潰れている。頭蓋から顎まで刀傷が川筋のようだった。


「お前……なにもんだ」


「魚屋だ」


 ヴラドは静かに答えた。


「んなわけ、あるか」


 全員が、内心、大きく頷いた。


「なんでこんなことを?」


 木村信也の問いに、頭目は吐き捨てる。


「魔物なんざ売り物だろうが」



 その言葉に、ヴラドの気配が変わった。

「売る? そやつらを、か?」

 彼の視線は檻に固定されている。

 普段の飄々とした態度は消え、低く濁った声が漏れる。

「おいおい。そんな怖い顔すんなって。ちゃんと選んでる。無駄にはしてねえ」

「選んでいる、だと?」

 牙がわずかに覗く。

「だから、不完全体ばっかりだろ。案外高く売れるんだぜ」

 軽い口調だった。


 木村信也が一歩踏み出した。

「それ、やめてください」

 小さな声だったが、震えてはいない。

「弱ってるやつを狙って、価値があるからって理由で連れてくって……それ、そんなの、ただの……」

 言葉が詰まる。

 ただの。

 なんだろう。

 間違っているのは分かっているのに、それを言い切る言葉が見つからない。


 古傷の男が肩をすくめた。

「弱肉強食だろ。魔物の世界じゃ当たり前だ。むしろ俺たちは助けてるんだぜ? どうせ死ぬやつを拾ってやってる」


 その言葉に、木村の表情が揺れた。

「……助けてる……?」

 ほんの一瞬、迷いがよぎる。


 だが、その横から凛とした声。

「なるほど。主張は理解したわ」

 アカリが、静かに言った。


 場の空気が変わる。


「確かに、単に魔物を狩るだけなら違法ではない。お前たちの言う通りだわ」

「だろ? 分かってるじゃねぇか、姐さん。じゃ、そう言うことで、この縄を……」


「でも、今回の件は、その範囲を超えている」

 アカリがミシェコを振り返った。

「未成熟個体の選別捕獲。しかも継続的かつ大規模な捕獲。これは資源の違反利用ですね」

 男の眉が、ぎゅっと寄った。

「ギルド未登録、流通経路を隠している時点で、不正取引です」

 檻の中の魔物の唸る声が、物哀しく森に吸い込まれていく。

「そして、あなたたちの行為が原因で、この周辺の魔物の行動パターンが変化している。これは危険惹起。結果責任が問われます」

「証拠なんざ無えだろうが!!」

「あるわ」

 アカリが即答した。

「村の外縁での接触頻度、個体群の移動。常態ではあり得ない攻撃性。全て完璧に記録しているわ。私たちの調査記録官がね」

 檻を指差す。

「たとえ完全体でなくても、幼体を奪い続ければ、親が、群れがどうなるか。お前たちは、それを理解していても、やめなかった」

 男たちは言葉を失う。


「最後に」

 アカリの声が冷えた。


「『助けている』という主張について」

 木村が顔を上げる。

「それが善意だと主張しても」

 アカリの呼吸は冷静だった。

「手続きも、管理も、責任も伴わない善意は、ただの過ちで、詭弁だわ」


 完全に沈黙が落ちた。


「以上をもって、お前たちの行為は危険惹起、無許可取引、未届出活動の複合違反と判断する」

 ミシュコが王国の法と異世界転生保険株式会社の意見が一致することを裏付ける。

「なにが『助けてる』だ。ちゃんちゃらおかしいわ」

 ウルスラは怒りで青ざめていた。

 アカリは軽く手を振る。

「抵抗しなければ、拘束は最小限で済ませてやる」

 その瞬間、ドラキュラが一歩前に出る。

「抵抗してくれても良いのだが?」

 口元は笑っているのに、目が氷より冷たい。

 男たちは顔を見合わせ項垂れた。

 ミシュコと木村信也、レルの張り詰めていた空気が緩んだ。

「賢明な判断をありがとう」

 アカリは淡々と言い、拘束用の簡易具を取り出した。

 魔力を通すと、鎖のように形を変える。

 男たちは抵抗しない。

 いや、できないのだろう。

 吸血鬼の赤錆色の眼が、怒りに燃える眼差しが外れていないから。


 「ちょっと待ってえな」


 ギルドの魔物生態エキスパートのレルが、アカリの拘束の手を止めた。


「水界の魔物がいまへんな」


 そうして、路上放置の排泄物を見るように、盗賊を睨んだ。


「売るなら魚や両棲類の方が値が高い。こいつらがそれをはずすとは思えまへん」


 慌てて視線を外そうとする男たちのど真ん中に、ウルスラがバルディッシュを突き立てた。

 その三日月型の巨大な刃が掠った男は、一瞬で意識を飛ばした。


「教えてくれるよな」


 壊れたマリオネットのように、全員が必死で頷く。




 賊たちの案内で坑道を通り抜け、さらに奥へ入った窪地に生簀があった。


 森が裂けるように開け、そこだけ地面が落ち込んでいる。

 雨水と湧き水を引き込みんだ即席の池に、木柵と網で囲った檻が幾つも並んでいた。

 濁った水の中で、怯えた魔物たちが網越しに身を寄せ合っている。

 水蛇の幼体。羽の生えた湖鼬。甲羅に苔を生やした亀獣。

 どれもまだ子供だ。


 アカリの眉がつり上がった。

「最低だわ。いま私たちが見つけなかったら、このまま放置されたのよ」

「商売としても三流であろう」

 ヴラドは吐き捨てるように言った。


片眼の大男が、地面に転がったまま笑った。

「講釈はあとにしろ、魚屋。たいへんだぜ」


 その声と同時に、周囲の林がざわめいた。


 大量の魔物がこちらを包囲するように、ジリジリと近づいてくる。

 幼体たちの声を追ってきたのだろう。


「この頭数は、さすがにきついな」

「こいつらのせいだから、このまま縛っておいて、食われている間に逃げるか」

 ミシュコが浮き足立ちつつも提案した。

「さらっと人非人」

 木村信也のコメントは、この後、記録映像の副音声として高評価を受けることになる。



 転生ケア事務所チームが戦いに備えた。




 その時。


 森の上方から、ばきばきと木の折れる音が響き渡る。

 新手を警戒して、全員が見上げた。


 何か巨大なものが、真っ直線に降ってくる。


 白と黒の塊。


「え?」


 次の瞬間。

 それは魔物群の正面へ着地した。


 轟音。

 衝撃。

 空を仰いで凄まじい咆哮をあげる。

 物理的な衝撃を伴ったそれは、魔物の意志を完全に砕いた。

 群れは悲鳴を上げ、森へ逃げ去っていった。


 再び咆哮。


 今度は、アカリたちへ向けて。

 暴風が吹き荒れる。

 密猟者たちが吹き飛び、生簀が崩れ、木柵が砕けた。

 幼体魔物たちはまとめて気絶した。


 土煙の中から、のっそり立ち上がった存在を見て。

 全員が凍りつく。


 丸い。

 神々しいほど丸い。

 ふさふさで。

 もふもふで。

 圧倒的だった。 


 しかも腰には前掛け。


「……ぱ、パンダ?」

「なんで前掛け……」


 パンダは、ゆっくり首を傾げた。

 次の瞬間。

 信じられない速度で跳躍。

 木村信也の目の前へ着地する。

 自分で作ったクレーターの中央で、パンダは雄叫んだ。かなりソフトに。


「元気だったかい!!」


「喋った」

 アカリが呆然と呟いた。

 ヴラドが肩をすくめる。

「この世界では、たまにあるな」


 パンダは前掛けで前足を拭きながら、流暢に言葉を紡ぐ。

「誰か、お茶ある? 暴れたら、喉乾いたわ」

 冒険者ギルドのマッド魔物研究者レルが恭しく水筒を差し出した。

 その目は憧れでいっぱいだ。

「ありがとう」

 グビリと一口。

 丁寧に蓋を閉めて、パンダは木村信也に頷いた。

「久しぶりだね、信也」

「え……母ちゃん??」


 パンダはそのままアカリたちに礼儀正しく一礼する。


「はじめまして。木村依子、75歳。神獣です。息子がお世話になります」


 雪崩れ込む情報が容量を超えた。




「捕獲された幼体たちの叫びが聞こえてね。助けに来たんだよ」


 パンダの説明。

 分かったような分からないような。


 檻にとりあえず戻された幼体たちの怯えた目に、木村信也が思わずパンダ? 母親?から離れた。

「……このまま、離してやれないのか?」

 魔物研究者のレルがかぶりを振る。

「解放したら死にます」

「え?」

「見れば分かるほどの不完全体でっしゃろ? 親の元に、群れに返されても、まともには育たないから、受け入れないし。自然の掟ですわ」

「獣が生き延びるための知恵だな」

 アカリが付け加える。

「通常なら、ギルド経由で危険度に応じて殺処分もしくは研究機関送りです」

 ミシュコも辛そうだ。

「……っっ……」

 木村信也の肩が震えた。

「でも、それだと……それは……不公平じゃないか」

「気持ちは分かる。だが、ここで『助ける』を優先すると、別の問題が出るのよ。群れに帰属できない個体を解放すれば、人間に被害が出る可能性もある」

 信也は唇を噛んだ。


 密猟者の言葉が、頭の中で反響している。

『どうせ死ぬやつを拾ってやってる』


「あの人たちと、同じになりたくないです」

 絞り出すような声だった。



 その時。


「同じではないよ」

 どがんっっ!!

 木村信也は肩をどつかれて横に飛んだ。

 神獣パンダ。たぶん、母の攻撃は、激励の肩叩きだったらしい。


「ちっこいのも、そこの情けない犯罪者どもも、アタシが引き受けるよ」

 木村の前世の母が力強く断言した。

 信也が20年引きこもっていた間、一瞬たりとも息子を見捨てなかった母親が。

 ぐるん! と太い腕を回した。


「アタシん家に連れて行く」

「家?」

「神域って呼ばれてるね。半端もンの職業訓練所さ」



 誰一人、なにひとつ、理解出来なかった。



 


 神獣パンダ・木村依子75歳の犯罪者更生と職業訓練を兼ねた神域は、ほどなく異世界転生保険株式会社から業務委託を受ける。


そしてそこは、「パンダ地獄のブートキャンプ」と呼ばれる事になるのだが。



それはまた、別の話である。



「第15話 王宮パニック。過剰防衛と繁栄のロンド」は6/24(水)19時の投稿です。


面白いと思われたら、ブックマークや☆で応援して頂けると励みになります。

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@OhashiS202604 (大枦詩乃@異世界転生保険株式会社)


AIは誤字脱字用語チェックに使用しています。


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