第13話 転生社畜の俺。転送陣でどっかに飛ばされる前、講習会の講師をしてた件
人生やり直しには、保険が必要です。
またしてもだ。
俺、三枝正樹(27歳。前世社畜、現世強化版社畜)は、講習室の前で深いため息を吐いた。
本来予定の『異世界転生初期適応プログラム』講師は腹を壊してダウン。
原因は、未認定・新種の鳥型魔物。
しかも自分で捌いて料理した、と。
この前は紫スライムだった。
なんで毎回キワモノを食うんだ。
そしてなんで毎回腹を壊すんだ。
学習能力、ないのか、あの人。
で、当然のように代打が回ってくる。
俺に。
「三枝、頼んだぞ」
デスクでアカリがにこにこ。
俺の茶菓子を勝手に食ってる。美人だが。
転送ケア事務所保安担当で、仕事デキレディだ。
だが、コイツに講師をやらせると魔物が村を襲うという、まるで笑えないジンクスがある。
所長のアンドレイ・ネメシュも、さすがに不必要なリスクは回避したいらしい。
「今回はアカリは外しました」
「賢明だと思う」
俺は即答した。
本音を言えば、所長にでも代わってほしいけどな。
女性陣への受けが異様に良い、貴族然とした美中年で、無駄に色気がある。声もいい。
世の中、不公平で煮詰まっている。
俺は諦めて講習室の扉を開いた。
本日の転生者は3人。
1人目。
地味なスーツ姿の女性。
姿勢は良いのに、どこか擦り減っている。
ああ、分かる。同類だ。ほのかに社畜の香りがする。
2人目。
初老の女性だが、初めてリアルに見たマダムだ。
お召しのワンピースにジャケット、俺の前世の月収2ヶ月分は絶対する。
姿勢、所作、視線。その全部が洗練されている。本物だ。
3人目。
30歳前後の男。
『こいつはいかん』
俺の社畜警報が高らかに鳴り響いた。
クレーマーだ。
重箱の隅をつついて粗探しをする目。
妙に強張った肩。
机ごと揺れる強烈な貧乏ゆすり。
指先で机をトントン叩く癖。
早い。うるさい。モールス信号か。
なんでこの世界に来るんだよ。
いや、来るのはいい。
問題は、なんで俺の担当回なんだって話だ。
今さらだが、アカリに代わってもらえないだろうか。
いや、駄目だ。
あいつの怒りと魔物襲撃のダブルパンチで村が滅ぶ。
じゃあこいつだけ隔離コースとか。
ない。
そんな制度はない。
あー、面倒くせえ。
だが俺の外面は完璧だ。
外交用の鉄壁スマイルだ。前世で嫌というほど叩き込まれた。
さらに自主トレで皇室行事のテレビ中継を研究し尽くした。
社畜笑顔、なめるなよ。
「それでは講習を始めます」
俺はファイルを開いた。
「まず前提として。この世界には『魔法』はありません。『魔術』です」
クレーマーがぴくりと反応する。いいぞ、反応が分かりやすい。
「魔石もありません。よくあるゲーム的な概念とは違います」
「じゃあどうやって魔術を使うんです?」
案の定、食いついてきた。
「魔法陣によるマナの強化取り込みと循環です。簡単に言えば、環境エネルギーの制御ですね。希望があれば魔術学院で学べます。近いとこだと夏季コースもありますよ」
「有料ですか?」
「はい」
「……」
黙った。
よし、先制1点。
俺は続ける。
「銀行制度もあります。住民登録と同時に口座が開設されます。小口取引は現金ですが、大口や継続取引は商業ギルドの口座で決済されます」
「信用はどう担保されるんですか?」
「ギルド登録と実績です」
「なるほど」
今度は素直に引いた。
珍しいな。
「次に生活環境ですが、皆さんが想像するより文明は進んでいます。マヨネーズ、ドライヤー、冷蔵庫、化粧水、水洗トイレは既に存在します」
3人の顔が喜びに輝いた。
特に社畜女性の目がキラキラだ。
分かる、その安心感。
大事だよな、水洗トイレ。
「新しい発明をしたい場合は、まず王立研究所に企画書を提出してください。採用されれば補助金と、技術支援などのサポートが付きます。商品化はギルドと王宮との三者共同事業になります」
「報酬は?」
また来た。
無駄に打たれ強い。
「案件ごとに決定されます」
「不透明ですね」
「前世よりは明確です」
ぴたりと止まった。
効いたな。
「火薬や重火器を作っても良いんですか」
なぜお前は偉そうなんだ。
「作れるんですか?」
クラフト系クレーマーか。
ちょっと煽ってやる。
「此処にはなんでも買える通販サイトや、教えて先生AIはありませんよ」
クレーマーが口をへの字にして黙った。
それでも無駄に闘志の炎が目の中に残っている。
いや、本当に作れたらすごい。
俺の「五体投地」スキルで、尊敬をあらわにしてやろう。
ちなみに近代兵器も、すでに結構ある。
お前には教えてやらんがな。
脳内バトル、盛り上がるわー
「旅行は自由ですが、長期になる場合は所属ギルドへの届け出が必要です。これを怠ると、事故時などに保険が適用されません」
「保険?」
社畜女性が初めてはっきりと口を開いた。
「はい。私たちの本業です」
俺は軽く笑う。
「あと、届け出をしないと割符、いわゆるクレジットカードが使えません。かなり不便になります」
三人とも頷いた。ここは理解が早い。
「次に魔物について。この世界では普通の生き物です。ただしマナの影響で進化する個体がいます」
「危険性は?」
「あります。他の個体を統率する存在も確認されています」
俺、就業初日に戦わされましたさ。
クレーマーの目が鋭くなる。
「ただし、人に親しみを持つ個体もいます。飼育可能なのはそのためです。ですが」
俺は一拍置く。
「むやみに近づかないでください。死にます」
沈黙。
よし、いい空気だ。
「魔王は?」
「いました。現在はいません」
あっさり言うと、3人とも少し拍子抜けした顔になる。
話の緩急、大事だよね。
「次に、いわゆる俺TUEEE系とされるチート能力ですが」
一斉に顔が上がった。
おお、マダムも食いついた。
「ほぼありません」
「は?」
クレーマーが素で声を出す。
「勇者や大剣士、賢者などは例外中の例外です。基本はこの世界への親和性が能力になります。努力で向上可能です」
「じゃあ前世の経験は?」
「上方補正されます」
社畜女性が小さく息をのんだ。
「前世で苦労した人ほど補正が高いという学説もあります」
「ああ、三枝さんは、それなんですね。『神話級社畜』って聞きましたよ」
いちいちムカつく奴だ。
そして誰だ、そんな二つ名を勝手につけたのは。
だが、この程度で俺のにっこりは崩れない。
「私はその理論には懐疑的です」
クレーマーとの間で火花が散る。
男と見つめ合うなんて、虚しい。
俺の野生が『やっちまいな』と叫ぶ。
だが、ここでやり合う気はない。
時間も無いしな。
「なるほど。本来のものの上方補正、と。それは実際に計測出来るのかしら」
マダムが静かに口を開く。かすかに傾げた首の角度が優美だ。
「魔術師ギルド窓口でマナ量とスキル計測が常に出来ます」
「ありがとう。わたくしは、これからが努力次第と分かっただけでよろしいわ」
声が柔らかいのに、妙に場が締まる。
ありがたい。
「適職は、後ほど水晶鑑定で提示されます。ただし、試用期間後の転職は可能です」
「自由な選択肢はあると」
「あります」
俺はファイルを軽く叩いた。
「さて。ローカル・コンプライアンスは非常に重要です」
声は張らない。
大声なほど、人は聞き流す。
「この世界の生活習慣、タブーなどについては継続講習を受けてください。個別相談窓口もあります」
少しだけ声のトーンを落とす。
「見切り発車は絶対にやめてください。『知らなかった』は免責になりません」
ま、こんなもんかなと油断した。
ビシっとクレーマーの右腕が上がる。
「質問です! 聖女様からの婚約破棄に遭った場合は、精神的苦痛の慰謝料は出ますか?」
え、そっち?
そして前提が限界突破で図々しい。
「お客様、それは『追放系特約』にご加入いただかないと対象外ですね」
あと、聖女セレスティアは、危険だ。
やめておけ。
教えてやらないけどな。
「最後に、一番重要な点です」
俺はファイルを閉じた。
「皆さんの元の世界では、皆さんは『存在しなかったこと』になっています」
空気が変わる。
「死んで、存在しなくなったはずの貴方たちが、ここに生まれ変わった。その矛盾を整合させるための処理です」
「生まれ変わりなら、なんで赤ん坊じゃないんだ?」
「そうなる人もいます」
講習が身体的に無理だけどな。
「私はまだ担当したことはありませんが、過去事例では、前世の記憶や体験は徐々に消えていくそうです」
「消えるんですの?」
「完全にではありません。身体年齢側に引き寄せられるんでしょうね」
俺は少しだけ声を落とした。
「こちらでも抱え続けるには辛すぎる記憶は、薄れた方がいい場合もあります」
社畜女性が俯いた。
「今後の記憶の封印も可能です。ただし適応状況を見て判断されます。自発的、あるいは強制的に」
「強制?」
「はい。適応障害を診断された時や、犯罪行為を犯した場合です」
クレーマーが何か言いかけて、やめた。
「……戻れない……?」
社畜女性がかすれた声で言う。
「戻れません」
沈黙。
ここは絶対に誤魔化さない。
たたみかける。
決して忘れてはならない事だから。
俺は3人の新しい転生者たちと、しっかりと目を合わせた。
「この世界からの再転生はありません」
静寂。
「ここで死ねば、終わりです」
3人の顔が固まる。
「だからこそ、私たち転生ケア事務所が存在します。不慮の事態を防ぐために」
一拍置く。
「そして、より良い生活のために、保険があります」
講習は終わった。
「質問は?」
沈黙。
『やれやれ、なんとかなったか』
と思った瞬間。
「……あの……」
社畜女性が震える声を出した。
「私……ちゃんと生きられますか……?」
その目を見た瞬間、理解する。
不安。
依存と執着。
どろりとした、なにか。
あ、これやばい。
俺は一瞬で理解した。
メンヘラだ。
超重量級だ。
「サポートします」
即答する。
営業ではなく、本音だ。
ここで躓かせるわけにはいかない。
「絶対にですか?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「ずっと?」
「可能な限り」
食い下がってくる。
俺にしがみつきたいのだ。
溺れる者が見境なく縋り付くように。
これは後でアカリ案件だろうか。
いや、アイツに回したら、村どころか世界が危ない。
意識を飛ばしそうになったが、なんとか踏ん張る。
クレーマーの不満指数が危険領域だ。
さあ、どうする、俺。
「三枝さん」
その時、マダムが静かに俺を見た。
「よろしいですか」
「どうぞ」
マダムはメンヘラとしっかりと視線を合わせた。
口元に微かな笑みが浮かぶ。
「貴女が不安に思われるのは当然ですわ。ですが、この場で、いま、個人的感情をぶつけるのは適切ではありません」
柔らかい。
だが逃げ場がない。
「講習は、全員に平等な時間であるべきです」
メンヘラは頭を下げた。
「……すみません……」
その瞬間を拾って、俺は続ける。
「のちほど個別相談の時間が設けられています」
マダムが微笑んで、メンヘラの手を軽くさすった。
助かった。
クレーマーが舌打ちする。
お前は黙って聖女攻略幻想でも育ててろ。
そしてセレスティアに粉微塵にされてしまえ。
午前講習終了後。
3人を食堂に送り出して、俺は椅子にへたり込んだ。
身も心もスライムだ。
「……疲れた……」
その瞬間。
床に光が走った。
転送陣。
「は?」
光が俺の足元まで広がる。
「ちょっと待て! 今、俺は講習中で……」
視界が歪む。
遠くからアカリの叫び声。
「三枝! 王宮から緊急呼び出しだ! 頼んだぞ!」
「聞いてない!!!」
光が弾けた。
『勘弁してくれ』
講師、強制交代。
社畜は今日も世界を駆け巡る。
いや。
正しくは、駆け巡らされるのだった。
【第13話・終】
《参考資料》
異世界転生保険株式会社 社訓
Porta novi mundi iis tantum aperitur
(新しい世界の扉は、それを捨てた者にのみ開かれる)
社内標語
死は終点ではなく、保険による配属転換
人生は短い。説明事項は長い。
営業部モットー
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