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第11話 小鳥遊晶は、不幸のままいるべきだと思っている

人生やり直しには、保険が必要です。


 異世界転生保険株式会社。通称《異転保ドットコム》。


 この会社の保険は、異世界に希望を持つ者を繋ぐ。

 そして現地で転生者をサポートするのが「転生ケア事務所」だ。

 剣に生きる者。

 魔法を極める者。

 スローライフを夢見る者も来る。


 今日、相談窓口に現れたのは。


「……あの……」

 声の小さな、ひとりの少年だった。

 黒いフード付きマントを目深にかぶり、顔の大半を隠している。

 背は高くも低くもなく、細身。

 そして前髪は、きっちりと几帳面な七三分けだった。


 三枝正樹は書類から目を上げた。

「なんだ、七三か。どうした」

 三枝が転生した同じ日に講習を受け、魔物と戦った同志だ。


「……学生向け保険に、入りたくて……」

 その要望に、頑張って口調を接客モードに切り替える。


「どちらに進学ですか」

「……王立アルセリア魔術学園に……編入です……」

「なるほど」

 三枝は頷きながら記入する。

「お名前は、七三?」

 少年は少しだけ黙ってから答えた。

「……アキラ……小鳥遊たかなし あきらです……」

 その声には、何かを飲み込むような固さがあった。 


 小鳥遊 晶。

 前世では、女だった。

 だから、あきだった。


 でも、かわいい服を着せられるのがイヤで。

 髪を伸ばせと言われると息が詰まって。


「女の子なんだから」とそれを一番強要したのは、母だった。

 ピンクの長靴。つぶらな目のお人形。フェイクの宝石までついたリボン。

 娘として可愛がるなら当たり前だっただろう。

 だけど。

 苦しかった。悲しかった。

 誰にも言えず、誰にも理解されず、黙ったまま生きてきた。

 何より母の期待に背いていることが、ずっとつらかった。

 母から浴びせられる愛を喜ばない娘に、半端な歪んだ笑みを浮かべるだけの晶に、母は次第に責めるような視線を向けるようになった。

 それが憎しみに変わりかけた時。


 事故の日。


 車道に飛び出した猫に、とっさに身体が動いた。


 腕の中に掬い上げた瞬間、世界が凍りついた。


「小鳥遊 晶様。異世界転生保険株式会社の天白純佳と申します」


 淡々と業務手続きを進める天白に、最後にポンと背中をおされて、気づけばこの世界だった。


 天白が晶の腕から受け取ってくれた猫がひと声鳴いたのを覚えている。


 

 そして、アキラは男として生まれ変わっていた。


 声の違和感がない。

 身体の輪郭がしっくりくる。

 鏡を見るのが苦痛じゃない。


 うそみたいだった。

 ずっと夢見てきたことが、まさか本当になるなんて。


 それなのに。


 幸せになってはいけない気がした。


 母に本当のことを言えず、悲しませて、失望させたまま。

 丸ごと世界と一緒に捨てて、そうして得た幸福だから。


 だからアキラは、異世界ここで笑うことに罪悪感があった。


 またしても、誰にも言えないままで。



「では、魔術学園向け基本プランに加えて、実習中の爆発事故特約を」

「……爆発……」

「魔術学園ですからね」

「……そういうものなんですか……」

「かなり」

 三枝は淡々と説明する。

「あと、寮生活なら対人トラブル補償もおすすめです」

「……対人……」

 アキラは目を伏せた。


 人付き合いは得意ではない。

誰かに近づかれると、どこまで本当の自分を見せていいか分からない。


「何か心配ごとでも?」

「……同級生に、すごい人がいて……」

「ほう」

「……やっぱり転生者で、年下なのに学年スキップの特待生で、周りにちやほやされて、学院一の美少女に『婚約者になるか、友達になるか、それとも死にたいか』って追っかけ回されて……」

「すごい3択ですねえ。ま、良いや、それで?」

「……嫌な気持ちになるんです……」

 三枝は少しだけ口元を緩めた。

「普通ですね」

「え?」

「嫉妬でしょう」

「……そんな言い方……」

「つくろって言えば向上心です」

「雑だなあ」


 言葉と共に漏れた笑いに、自分で驚いた。


 三枝の前だからか、こっち側に来て初めて肩の力が抜ける。

 彼の、ショウユ顔の嫌味のないイケメン振りに、前世だったら劇団の看板役者でもやっていそうだな、と思う。


『でも、スキルが五体投地スライディング真っ平土下座(特大)だもんなぁ。水瀬より、絶対強いよね、この人』


「人を羨むのは、自分にも望みがある証拠です」

「……望んでいいんでしょうか……」

「何を」

 アキラは小さく答えた。

「……幸せを……」

 三枝はペンを置く。

「それ、保険では補償できません」

「……そうでしょうね……」

「でも」

 三枝は書類を閉じた。

 接客モード終了。


「幸せになるために保険に加入する資格は、全員にあるんだよ、七三」


 アキラは黙ったまま、握った拳を見つめていた。




 数日後の王立アルセリア魔術学園、男子寮。


 アキラは一人部屋のドアに念のため鍵をかけてから、机の引き出しを開けた。


 自作の杖がある。


 黒い筒状の柄。

 銀色の装飾。

 無駄に凝った起動スイッチ。


 どう見ても前世の某有名宇宙活劇の凶悪な武器だった。

「刀」を名乗りながら峰打ちも出来ない。相手をなにがなんでも殺傷するための武器。


 怖いったらない。

 だけど。


「こういうの、持ちたかったんだよな」


 男のロマンである。

 高校生だけど、中二病だ。言ってしまえば、あの活劇を作った監督も出演者も、みんな中二病だ。


 アキラはそっと杖を構える。


「ブォン」

 自分で効果音をつけた。

 少し恥ずかしくて、必要もないのに周りをうかがってしまう。

 しかし3回目はノってきた。実は擬音は得意なのだ。

「ブォン! ふんッ!!」

 8回目で踏み込みまで入った。

「ハァッ!」


 その瞬間、ドアが勢いよくはずれた。轟音と共に。


「帝国の攻撃か!!??」

「おーい!!! 小鳥遊って、講習の時の七…さん……」


 ドア枠いっぱいに現れたのは、巨大な影。

 身長2メートル半。肩幅が扉幅。笑顔の巨人ガロン。

 服は着ていた。


「……あ……」

「お!!!」 


 アキラは、杖を構えたままフリーズした。

 ガロンも固まったが2秒後に復活した。

「かっっっっこいいな!!! それ!!!!」

 寮中に響く大声だった。

「……消えたい……」

 アキラはふらふらとしゃがみ込んだ。

 前世で兄の服を着ているところを母親に見つかった時以上の衝撃を覚えていた。

「なんで!? 今の動きすごかったぞ! 音もそのもんじゃん!! ブォンって!」

「効果音まで聞いてたの!?」

「最初から!」

「最悪だ!!」


 ガロンはずかずか入ってきた。床が軋む。

「俺、ガロン! この前、異転保のケア事務所で会っただろ!」

「会ってない! 見てない! 忘れて!」

「無理だ! 七三が光の剣振ってた!!」

「言い方!!」

 アキラは顔を真っ赤にしてマントをかぶり直す。

 ガロンはにこにこしている。

「なあ、それ魔道具? 遺跡とかで使える?」

「ただの杖だよ!」

「すげえな! 俺、そういう細かいの作れない!」

「……細かいの?……」

「うん! 俺、物作ると全部壊れる!」

「……それは、まあ……そうだろうね」

 思わず笑ってしまった。

 ガロンは目を丸くする。

「お、笑った!」

「うるさい」

「やっぱ笑った方がいいな!」

 アキラはまた少し赤くなった。

 なんだこの男は、と思う。

 うるさい。

 でかい。

 遠慮がない。デリカシーも無い。

 雑。

 でも、まっすぐだった。


「なあ小鳥遊!!」

「……アキラでいいよ……」

「おう、アキラ! 今度、猫カフェ行こうぜ!」

「え?」

「王都にあるんだって! 猫さんだらけ! もう、うじゃっうじゃ!!」

 アキラは勢いよく顔を上げた。

 猫さん?

「お前、猫さん好きだろ!! 三枝さんに聞いたぜ!!!」

「本当に?」

「おう!」

「行く」

「即答!」

 ガロンは楽しそうに笑った。

 またも天井の灯りが割れた。


 幸せになってはいけないと思っていた少年は、人生で初めて、自分から誰かと約束をした。


 その相手が、その日のうちにさらに扉を3枚壊した大男だったのは、たぶん運命の雑さのせいである。


【第11話・完】




《参考資料》


『異世界転生保険株式会社』契約者レビュー集(星1〜星5)一覧


★★★★☆

22歳 男性 就活失敗

転生先:商業都市ギルド会計部

現世では内定ゼロ。

こっちでは即採用。

簿記二級が英雄扱いされました。

総評:資格は異世界で輝く。


★★★☆☆

19歳 男性 大学生

転生先:辺境農村

チート能力が土壌改善スキルでした。

地味です。かなり地味です。

でも村人には感謝されます。今日は大根を植えました。

総評:派手さはないが需要はある。


★★★☆☆

26歳 女性 配信者

転生先:迷宮都市

魔物実況で人気が出ました。

ただし毎回命がけです。

投げ銭文化がないのが痛い。

総評:収益化が課題。


時系列としては、突発回1猫カフェエピソード(5/10投稿)の前になります。

アキラが嫉妬しちゃった凄い同級生は、第4話の水瀬悠斗です。



いつもお読みいただき、ありがとうございます!

タイトルを「異世界転生保険株式会社 〜ブラック企業を事故(自己)都合退職。異世界ですら社畜だった件。転生ケア事務所勤めが始まった。本日のご用を承りますね、新規転生者さま〜」と、なろうっぽくしてみました。(いまさら!!??)


これからもよろしくお願いします!





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