第10話 巨人ガロン、受付嬢に恋をする
人生やり直しには、保険が必要です。
異世界転生保険株式会社、通称《異転保ドットコム》。
この会社の保険商品で異世界に転生した契約者、および被保険者は、現地に設立された転生ケア事務所で、まず3日間の『異世界転生者初期適応プログラム』講習を受ける。
この世界のことと、最低限のサバイバルを学ぶのだ。
転生後の人生で何が一番大事かと問われたら、「転生ケア事務所」一択だ。
将来何かトラブルが起こっても、ここが転生者を守る最後の砦となるのだ。
そうした強い信念と誇りを持って、事務所の職員たちは日々新しい転生者を迎える。
転生者たちは彼らの手厚いフォローを受けながら、まず住民登録と住居探しをする。
そして、この異世界での再出発の準備が整ってから、いよいよ希望職のギルドに登録することになる。
転生ケア事務所の建物の1階に全ギルドの窓口があるため、まだ馴染まない村の中を歩き回る必要がない。
素晴らしく便利なのに「◯番さーん、◯番窓口の◯ギルドに、必要書類を持っておいでくださーい」と呼び出されて、泣くやつがいるのは何故だろう。
特に冒険者に、その率が高い。
さて。
ギルドに正式登録した後に、個々の対応で相応しい保険を契約する。
転生者には、冒険者以外にも生産職スキル持ち、学生、研究者。スローライフ志望者など。 しばらく無職希望者もいるが、これは「帰宅部ギルド」が受け皿になる。
実にバラエティーに富んでいる。
斡旋する保険の種類も膨大だ。
そして今日の新規顧客(見込み)は……
「次の方、どうぞ」
受付嬢にゃあさんが呼ぶと、入口の扉が外れた。
ばきん!!と景気のいい音を立てて、蝶番から。
「すみません!! 取れました!!」
『お前が壊したんだろう!!!』
事務所の全員の心の声が揃った。
そのまま扉を盾のように構えて近づいて来たのは、並はずれて巨大な男だった。
滅多に見かけない巨人族だ。
身長2メートル半。腕は丸太。胸板は城壁。
なのに、その童顔は、初登校の新入生みたいにきらきらしている。
にゃあさんは、前に立ちはだかった男に、お仕事モードの完璧な笑みが向けた。
「お名前は?」
「可憐だ!!」
「はあっっっ!!!??」
あまりにそぐわない名前に、受付嬢の仮面が一瞬剥がれ落ちた。
「いえ!! 貴女が!!!」
囁けば口説き文句だが、軍の起床ラッパ顔負けに怒鳴られては、喧嘩を売られたも同然。
にゃあさんの尻尾がゾゾゾと膨らんだ。
「貴方のお名前をお願いします (てめえ、さっさと名乗りやがれ)」
副音声の方が大きい。
「ガロンです!!」
「扉代、後で請求します」
「はい!!」
嬉しそうに返事をするな、と周囲は思った。
奥のデスクで三枝正樹はため息をつく。
自身の転生時に一緒に講習を受け、そして村を襲った魔物の群れと戦った同志だ。狼を叩き潰していた。拳で。
あの後、魔物討伐隊に加わって村を離れていたはず。
万が一居たら、こんなうるさくてデカいものを見逃すはずがない。
「よう、久しぶり、ガロン。今日はなんの用だ?」
「おう、三枝かあ〜!!」
にゃあさんがあっさり三枝に対応を任せて姿を消してしまったので、とても残念そうだ。
ガッカリ感を損なうことなく叫んでいる。
思いのほか器用だ。
「冒険者ギルドってのがあるんだろ、入りにきた!!」
「いや、ちょっと待て」
三枝の顔が怖くなった。
「お前、魔物討伐隊に参加してたよな」
「おう!! そうだぜ!!」
巨大な樽のような胸を張る。
「アカリさんが誘ってくれたんだぜ!!」
「その前にギルドに登録しなかったのか?」
ガロンは満面に疑問を表明した。
「なんで!?? アカリさんが『そんな面倒なこと、しなくてかまわん』って言ったぜ!!」
「不法労働じゃねえか!!!」
直属の上司が不法行為を促進させていた。
三枝を一方的に部下にしたおかげで書類仕事がガンガン捗ると見てとるや、アカリは、自分がここの保安責任者であることを完璧に忘れたように趣味の魔物の討伐に出掛けていた。
もちろん、今日もいない。
「まあ良いや、俺がなんとかするから。
じゃあ、ガロン。前世情報を確認するぞ」
ファイルの中身に目を走らせ、閉じた。
表紙を確認して、また開いた。
「……病弱、長期療養、外出困難……?」
「おう!!」
三枝は目の前の巨体を見上げた。
「本当に?」
「ひと月で外に出られる日はせいぜい3日だったぜ!!
それで、そのまま救急車で病院ただいまコースが定番だな!!
理学療法のあとは大抵ICUに入ったぞ!!」
笑顔で語るなよ、と三枝は思った。
もう一度ファイルを見る。
異世界転生保険証書には、全てが仔細に記されている。
前世のガロンは、生まれつき身体が弱かった。
病院のベッドと天井が世界の大半だった。
それでも夢はあった。
古代文明の研究者。
遺跡を歩き、土器に触れ、失われた文字を読み解くこと。
そして猫を飼うこと。
だがどの夢も叶わなかった。
「今の俺は違うぜ!!」
ガロンは両腕をぶんと広げた。
「見ろ、この身体!!」
「言われなくても見えてる」
「走れる! 飛べる! 岩、持てる! 徹夜できる! 最高だ!!!」
「声量を下げろ」
ガロンは転生する時、何を望んだわけでもない。
強い肉体が欲しいと願ったこともない。
それなのに与えられたのは頑丈な身体だった。
それどころか巨人族だ。
本人は大喜びである。
「毎日が祭りだぜ!!」
「その祭りで村が壊れないようにするのが、うちの仕事だからな。俺の手間を増やしたら、掛け金上げるぞ」
三枝はパンフレットを広げてみせた。
探索者向け危険回避と保険加入のすすめ
墜落、崖崩れ、落盤事故。
毒矢トラップ 並びにミミックによる咬傷。
仲間の裏切り。
「お前の頑丈さは元からとんでもないから、以上のリスクに備えられる遺跡探索者ライトプランを……」
「入る!!」
ガロンが即答した。
「まだ説明途中だぞ」
「遺跡って言ったよな!?」
「言った」
「もう最高!!!」
三枝は耳をおさえた。
ライブ会場に10時間居たみたいな頭痛と耳鳴りがする。
ノイズキャンセラー、次の給料で絶対買う。
今は仕方がないのでティッシュを丸めて耳に詰めた。
接客の体裁など考えずにもっと早くやるべきだった。
静かになった世界に、ほうっと安堵のため息をつく。
「なお古代呪詛による石化、アーティファクトの取り扱いの間違いによる内外傷と精神的ダメージは特約対象外だ」
「燃えてきた!」
よしよし、普通の音量で聞こえるぞ。
「なぜ喜ぶ」
加入する保険が決まった後、装備相談が始まった。
冒険者ギルド探索者部門の専門家も同席する。
三枝はそっとティッシュの箱を手渡した。
加入保険証書を冒険者ギルドに持っていけば、特例として講習終了日に日付けを遡ってギルド所属としてくれる事になった。
なんせ正規の手続きをすっ飛ばして不法労働をさせていたのが、当事務所の保安責任者だ。
全てはこうして隠蔽される。
当然。
そんな大人の事情は些末なことだと天真爛漫なガロンは、ふと顔を曇らせた。
切実な悩みがあると言う。
「服がないんだ!!」
「だろうな」
今も講習会の時の毛皮パンツに、肩からマント(どう見ても絨毯)をまとっている。
安心したことに、毛皮パンツはツヤツヤ&フカフカだ。
ちゃんと清潔にはしているらしい。
前世病弱だったから、細菌雑菌には気をつける習性が残っているのだろう。
良かった。
大音声で喚き散らして暴れる・不潔・臭いゴーレムだったら、討伐隊を差し向けられてしまう。
「市販品は、袖を通した瞬間に裂けるんだぜ!」
「だろうな」
「革鎧は着たら弾けた!」
「だろうな」
三枝は書類をめくりながら淡々と返す。
「冒険者ギルドメンバーになったら特注装備枠で補助金が出る」
「助かるぜ!」
ガロンの目が輝いた。
「いくら魔物討伐しても、報奨金が全部装備の買い直しと食費に消えてたんだ!」
冒険者ギルドの担当者が、あまりの不憫さに涙を拭った。
「ギルドへの貢献度が上がったらミールクーポンも貰える」
「マジか!?」
ガロンの鋭い視線が、にゃあさんへ向いた。
カウンターをぶち破って急接近する。
「貯金が貯まったら結婚してくれ!……ください!!!」
テンパった大声に壁のランプが6個割れた。
「好きです!!!」
「は?」
にゃあさんが、ようやく繊細な猫耳を保護していたマフを外した。
全く聴こえていなかったらしい。
周囲が音響爆弾の巻き添えダメージを食らっただけだった。
「好きです、にゃあさん! いやその! 種族として! 概念として!」
「気色悪い言い直しするな」
尻尾がガロンの顔面に飛んだ。
「ご褒美ですか!!」
「制裁だ!! そして断る!! どっか行け!!」
萎れて戻ってきたガロンに、三枝は無表情で書類を突きつけた。
「恋愛保険、要るか?」
「あるんかい!?」
「今作った。恋愛時の精神ダメージ軽減給付が付く」
「入るぜ!!」
「既往症ある奴は掛け金が上がる」
「ぬああああ!!! 諦めん!!! 俺は諦めんぞ!!!」
「うるさい。騒音訴訟保険にも入れ」
「友よ!!!」
三枝は感極まったガロンに(軽く)抱き締められて、肋骨を折られながら意識を飛ばした。
異世界、危険すぎる。
その日の午後。
ガロンは正規の冒険者ギルドの一員として、村外れのゴブリン討伐依頼を受けた。
ティッシュを耳に詰めたままのギルド補助職員が注意を促す。
「3体程度らしいが、慎重にいくんだぞ」
「了解だぜ!!」
1時間後。
帰ってきたガロンの肩には、魔物本体ではなく、倒木5本と岩2個と壊れたゴブリンの巣穴の屋根材が乗っていた。
聖女セレスティアに骨折を治して貰った三枝が、また対応する。
「ゴブリンは?」
「見つけたので突撃した!」
「結果?」
「地形ごと解決した! 一応証拠があった方が良いかなと思って、そこら辺のもの、拾って来たぜ!」
「雑!!」
ゴブリンは突撃を真っ向から食らって爆散したらしい。
DNA鑑定ってあるのか? やらないといけないのか?
腹が立つほどガロン本人は無傷だった。
「いやあ、丈夫って最高!! マジ身体が資本だよな、ブラボー異世界!!」
三枝は保険料率の再計算を始めた。
額の血管が、ちょっとキレそうだった。
夜、転生ケア事務所の営業終了後。
にゃあさんが新しく直った扉を閉めていると、軒先に巨大な影が立っていた。
「なんだお前、まだいたのか」
業務時間外に客扱いする理由は微塵もない。
「これ、どうぞ!」
差し出されたのは、山のような花だ。
根っこごと引き抜かれて、荒縄で縛られている。
花束と言えるのか、大いに疑問だ。
「花屋で買えよ。ゴブリン討伐で幾らか貰っただろ」
「すみません! きれいに咲いてたので感動して!」
「自然破壊するな」
にゃあさんは深いため息をつき、一本だけ花を抜き取った。
「これはもらう。残りは戻してこい」
「!!」
ガロンの顔が、朝陽みたいに輝いた。
「つまり脈あり!」
「違う。資源保護だ」
「優しい……!」
「話を聞け」
純な巨人は、感激のあまりスキップしながらの帰り道で、石畳を4枚割った。
三枝は翌日、その修繕費の請求書を作りながらつぶやいた。
「ガロンのやつ。死亡率は低いけど損害率が高いな」
転生ケア事務所は今日も忙しい。
【第10話・完】
《参考資料》
『異世界転生保険株式会社』契約者レビュー集(星1〜星5)一覧
★★★★★
28歳 男性 元小学校教員
転生先:獣人自治区 フロスト村
現世では毎日意味なく怒鳴られていましたが、こちらでは怒鳴られるより槍で刺されるので分かりやすいです。
住民は怖いですが、成果を出せば認めてくれます。
転生ケア事務所のアカリさんは相変わらず怖いです。
総評:前世よりマシ。
★★★★★
67歳 男性 元会社員
転生先:エルフの森
転生で腰痛が治るとは思いませんでした。
見た目、孫くらいの年齢のエルフに狩りを習っています。
総評:第二の青春。
★★★★☆
31歳 女性 元保育士
転生先:女騎士団 第七中隊
上司が筋肉で会話します。
前職より意味不明ですが、人間関係は良好です。
食堂の肉料理が最高。
総評:残業ゼロ。筋肉多め。
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