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第9話 転生魔王さまは顧客対応コールセンターで無双する

人生やり直しには、保険が必要です。


「わたくし、こういう者です」

 上背のある渋い美中年が、丁寧に一礼した後、河野日菜に名刺を差し出した。


異世界転生保険株式会社 

顧客対応コールセンター長

ゼノス・エンドミオン 楡崎( Xenos Endymion Niresaki )


 新人再研修『いい気になったな若僧。叩き潰してくれるわ by 営業部長・佐々木彰吾』が終わって、それに耐え抜いた日菜を労うために、天白は異世界からこちらに転生した例として、魔王を紹介してくれたのだ。


『思ったより斜め上のキラキラ感で攻めてきた!』

『魔王様、中二病患者だったのか!!』


 日菜は、だがその名前がしっくりくる顔を見上げながら思った。

 身長150センチの彼女からすると、大半の人間を見上げなければならないのだが。


「心の声がダダ漏れですね」

 胸を震わせる深く豊かな声で、ちょっと笑ったその男は。


「魔王様、ですよね」

「いかにも」

 その返答には、確かに世界の半分を掌の中に収めていた存在にふさわしい迫力があった。


「魔王さん、まだ勤務時間でいらっしゃいますか?」

 ニコニコと天白純佳が尋ねた。

 楡崎が軽く頷くのを確認して、

「スナックステーションで、ちょっと休憩なさいません?」


 魔王・楡崎は、さっきまでいた部屋を振り返る。


 おしゃれなガラスのパーティションで囲まれた一角が、現世の彼の城「顧客対応コールセンター」である。

 まだ10人ほどの部下がヘッドセットをつけてデスクトップPCと向き合っている。

 幸い緊急事態が起こっているようには見えない。

 魔王だった時は年単位で睡眠を取らなくても平気だったが、この現世の身体は労ってやる必要がある。


 だが……


「肉まん、蒸しますわ。二つ」

「休む」


『即答か。で、肉まんか』

 

 河野日菜の心の声は、彼女のくりくりと丸い瞳に明確に映し出されている。


 楡崎は慈悲の眼差しを向けた。

 前世でいつも足元にじゃれついてきた命知らずの魔物ウサギを思い出させる娘だった。




 3人でスナックステーションに移動する。


 魔王・楡崎は当然のようにソファーを独り占めして、長い足を優雅に組んでくつろいだ。

 視線で指示された温かい烏龍茶を運んでくる日菜。すでに下僕である。


 天白は、本格的な蒸し器を出して、肉まんを4個蒸し始めた。


「肉まん、お好きなんですか」


 研修でよれよれの日菜を憐れんだ天白が、いい体験だろうと引き合わせてくれたが。

 あまりにも突然で、予想外で、何の話題を見つけられずに日菜は焦った。


「コンビニのものが1番舌にあうが、それも悪くない」

「デパ地下で超人気で3時間行列のやつですよ、それ!!??」


 天白は気にする風もなくホホホと笑った。


「私も、帰りについつい買ってしまいますわ、コンビニ肉まん」


 うふふふ、あはははと笑い合う2人の世界が、全く違う。

 肉まんの話なのに、銀のプレートに盛られたキャビアがオシェトラかセヴリューガなのかを比べているように聞こえてしまう。


「わたしも、好きです」

 ぽそりと、なぜか敗北感を覚えつつ日菜が同意すると、魔王・楡崎は優しく笑った。

「アンまんも美味しいよね」

 

 咄嗟の寄り添いは、さすがコールセンター長。


 目を見開いて頬を染める日菜に、天白も会話の展開を手助けする。


「イケボでしょう、魔王さん。女性クレーマー討伐の平均時間は2分14秒です。

怒り心頭でかけてこられても、最後には魔王さんの手を煩わせたことをお詫びなさるんですよ、皆さん。神業でしょう、魔王だけど。

『これ以上、お仕事の邪魔は出来ませんわ』とおっしゃる有名クレーマー様に、『お役に立てましたら幸いです。またいつでもお申し出ください』と返された時など、電話の向こうで倒れておられましたね。別回線で救急車をお呼びしました」


「zoomとかだったら、えらいことですよね」


 声だけイケメンではないのだ、礼拝希望者が列をなすかもしれない。

 自分だって毎朝先頭に並びたい。

 日菜の本気のコメントに、楡崎は俯いた。


「顧客対応サービスにそれも提案されたんですが、申し訳ないが却下させてもらいました」

「なんでですか??」

 日菜は叫んだ。

 資源は有効に使わなければ!! 

 楡崎が顔出しで対応したら、全員が言いなりの条件で契約するだろう。


「気恥ずかしくて、目を見て話せないので」


 ズギュウウウウウン!!!!

 河野日菜の心臓が撃ち抜かれる派手な音が響いた。


 虚空を睨んで幸せを反芻している日菜に、また天白が救いの手を差し伸べる。

 河野日菜。こういう風にどこからか助けが振ってくるお得な体質だった。だからこそ、営業歴2年にして天白を追う成績をあげられるのだ。


「魔王さんは、あらゆる言語対応がお出来になるので」

 魔王だから。

 何故必ずその一言をつける。


「異世界補正で、能力は元の魔王様の本体よりだいぶ減っているはずですよね、それでそんなんなんですか、びっくりなインテリっぷり!!! はわわわわーーー」

「河野さん、壊れてきているわよ」


 魔王・楡崎は烏龍茶の茶器をそっとテーブルに戻した。


「日菜さんは力が減ったとおっしゃるが」


『日菜さん、日菜さん、日菜さん、って、な、な、名前呼びーー!! 推しが名前呼びーーー!!!』

 聞いちゃいない。


「でもその力があっても護りたいものを失ったので、持っててもしょうがないかな」


 とんでもないことを聞かされて、日菜は固まった

「え? え? え?」


 思わず聞き返そうとした日菜を、天白が視線だけで止めた。


「こちらの世界で適職につく事ができて、幸運でした」


「蒸し上がりましたわ。河野さんはひとつで大丈夫? 足りなかったら、とりあえずこの1つも召し上がってね」

「それだと君のがなくなってしまうだろう。私のを半分取れば良いよ。ね、日菜さん」


 この解決策の提示の早さは、さすがです!!!


 河野日菜は魔王の信者になった。

 

「実際、ありがたいと思っているよ、天白くん」

 魔王は静かに肉まんに手を伸ばした。

「やっていることは、向こうの世界と同じだが」

 疑問符の日菜に丁寧に説明してやる。

「怒れる民の声を受け止める。魔物も人も違いがない」

「はい」

「理不尽な要求にも怒らない」

「はい」

「部下の精神を守りながら数字を達成する」

「はい」

「我が魔王時代で培った技が100%活かせる」

「あー、ねー」

「犠牲も想定内でおさまる」

「でしょうね」


 その時、楡崎の部下が駆け込んできた。

「センター長! “契約した覚えがない”案件、14件同時発生です!」

「慌てるな」

 立ち上がった姿はまさに魔王。

「第1班は履歴照会。第2班は録音確認。第3班は返金規定を再確認せよ」

「はっ!」

「感情で戦うな。制度で討て」

「かっけぇ……」


 さらに別の社員が飛び込む。

「センター長! SNS炎上案件です!」

「定型文第2稿を出せ」

「ライバル社が煽っています!」

「放置しろ。自滅する」

「強い……!」


『さっき、前世と変わりがないと言ったが』


 魔王・楡崎はうっそりと笑った。


 河野日菜が凄絶な色気に当てられて倒れた。

 天白が「あらあら」と呆れながら日菜の手にある肉まんを奪い取った。一口でばっくりいって強奪の証拠を隠滅する。


 そんな天白純佳に軽く一礼して、楡崎はコールセンターに戻るべく踵を返した。

 なんだか動きが芝居がかっているのは、長年翻し慣れたマントのせいだろう。


 それにしても魔王だった頃は、こんなに尊敬と憧れのこもった視線で見つめられることはなかった。純粋な好意に満ちた顔を向けられることも。

 あそこは殺気と羨望の檻だった。

 孤独と虚無に心を削られる地獄だった。


『……一緒に転生できたら、良かったのにな……』


 悲しみも後悔も置いてきた。

 この世に転生した魔王は、ゼノス・エンドミオン 楡崎として生きていく。 

 異世界転生保険株式会社の無敵の顧客対応コールセンター長として。

 

 今日もまた、怒りに狂う民が電話の向こうから現れる。

 それを真っ向から迎え撃つのが、彼の使命だった。


【第9話・完】





《参考資料》


『異世界転生保険株式会社』第一営業部 新人研修資料

営業マニュアル & 苦情文テンプレート集

社外秘資料

無断転載、異世界持込、勇者への開示禁止。


法務部回答テンプレート

回答A(冷静)

平素よりご利用ありがとうございます。

ご指摘事項は約款第○条に基づき、補償対象外となります。

今後とも第二の人生をお楽しみください。

回答B(柔らかい)

ご不便をおかけしております。

なお、努力により改善可能な範囲につきましては、ご本人様対応となります。

回答C(強い)

再三のご連絡ありがとうございます。

同内容のご申告につき、本件は回答済みといたします。




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