第7話 旅立ちの日
『オールドフェニックス』のテーブルには、極上の肉料理と高級酒が所狭しと並んでいた。
模擬戦で手に入れた大金(2000ルピー)に加え、本来の討伐対象ではなかったものの、持ち帰った『深淵竜アビス・ドラゴン』の牙がギルドに超特級素材として認められ、特別報酬として5ゴールド金貨(50,000ルピー相当)が支払われたのだ。
まさに一生遊んで暮らせるほどの巨万の富。
それを惜しみなく投入した、桁外れに豪華な祝勝会である。
「ぐびっ……ぐびっ……ぷはぁぁぁっ! やっぱり五十年ぶりの酒は最高じゃのう!」
ベネットがジョッキをテーブルに叩きつけ、満足げに白髭の泡を拭った。
「Aランク復帰も果たしたし、金もできた。……で、ジョンソン。これからどうするんだ?」
ジュピターが極上の熟成肉を口に運びながら尋ねる。
ジョンソンは肉を無い歯で噛みちぎり、満足そうにフッと笑みを浮かべると、胸元から古びた手帳を取り出した。
「忘れたのか? 俺たちがこの『不死身の幽霊』になった理由を」
「「「……あっ」」」
三人の動きが止まる。
そうだ。あの老いぼれた神様と交わした、とんでもない約束があったのだ。
『世界の端にある「神々の遺跡」へ行ってほしい。危険すぎて生きている冒険者は全滅するが……死んでおるおぬしらなら行ける!』
「そういえば……あのアホ神、具体的に遺跡で『何をしてこい』と言っておったんじゃ?」
ベネットの問いに、ジョンソンは手帳のメモを指で突いた。
「神の言葉をまとめると、目的は三つだ」
ジョンソンは指を一本ずつ立てて説明を始めた。
「第一に、『神々の遺産(神器)の回収』だ。古代、神々が封印した強力な道具が遺跡に眠っているらしい。それが悪しき者の手に渡るのを防ぐため、回収し守ることとな」
「第二に、『世界の崩壊を防ぐ封印の修復』。どうやら世界の端にある遺跡は、この世界を支える大結界の起点になっているらしい。そこが経年劣化で壊れかけていて、ほっておくと世界が丸ごと消滅するそうだ」
「スケールが大きすぎるじゃろ……」
「我々で直せるものなのか?」
清蓮が呆れたように呟く。そしてジョンソンは、最後の指を立てた。
「そして第三に……俺たちにとって一番大事な『生き返りの秘宝と、若返りの神代の秘薬』の獲得だ」
その言葉に、三人の目がギラリと光った。
「生き返り……そして完璧な若返り……!」
「うむ! 今は体力こそ戻っておるが、見た目も腰の曲がりも、完全に昔のぴちぴちに戻れるということじゃな!?」
「さっき肉を食って知ったんじゃが、歯も数本抜けておってうまく噛めんしのう……」
「あぁ、秘薬そのものは貰えるそうじゃが……」
「秘宝を守り続ける義務を全うすれば、伝説の冒険者として歴史に名を刻むことだって夢じゃないぞ!」
「――ま、今あれこれ考えても仕方あるまい!」
目標が明確になった途端、四人のモチベーションは最高潮に達した。
「よし! そうと決まれば、さっそく旅の準備じゃ!」
四人は大金を握りしめ、街の武具店や道具屋へと繰り出した。
かつて買い求めるものと言えば「腰痛予防の湿布」や「老眼用の眼鏡」、「膝のサポーター」ばかりだった老いたメンバーたち。だが、現在の買い出しは過去のそれとは決定的に異なっていた。
意気揚々と店に足を踏み入れたジュピターの視線が、ある一点で止まる。
「細工の美しい金細工の細い矢筒と、風属性の付与された長弓。これをもらおう!」
ベネットも負けじと大声を張る。
「最上位の魔術書に、最も巨大な魔力の宿る魔導石の指輪と小振りな杖。これだ!」
清蓮もまた、自身のスタイルに適合した逸品を見抜いていた。
「軽量化された最高級の黒装束、それに毒塗りの暗器と手袋。これを頼む」
「……おいおい、婆さんまで正気か? それはただの油染みだらけのボロ手袋だぞ!?」
呆れて開いた口が塞がらない店主。
だが、清蓮の眼には、その手袋が秘めた圧倒的な波動の輝きがはっきりと見えていた。
ジョンソンが力強く掴み取ったのは――。
「俺にはこの重厚な大剣と、金箔装飾の円盾を!」
どこからどう見てもただの錆びたなまくらと、フチの欠けたボロの木楯。それを真顔で「至高の逸品」と呼び、次々と買い揃えていく四人。
買い取ると言っても、店内で最も格安な、そこら中に捨て置かれているような投げ売り品ばかりだ。
「……おいおい、じいさんたち、頭でも焼き切れたのか?」
何を寝言かボケをかましているのかと、呆れ果てる店主と店内のお客たち。
だが――老いた冒険者たちは知っていた。
いや、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼らの眼にだけは、その真の姿が正しく見えていたのだ。
この手にした武具こそが、神の加護を秘めた真の「伝説級」であるということを。
ちなみに、この買い出しで最も高くついたのが、腰に下げた拡張機能つきのストレージポーチだったのはご愛嬌である。
こうして半日をかけ、完璧な陣容と旅の準備を整えた四人は、街の東門へと立ち並んでいた。
つづく




