第5話 冒険者の忠告と、1000人の観客
「——試合開始!!」
ガルバのダミ声が地下訓練場に響き渡った。
現役Aランクパーティー『紅の狼』の5人と、『夜露の雄叫び』の4人——計9人の猛者たちが、一斉に武器を引き抜き、殺気を放つ。
だが、ジョンソンは剣を抜こうともせず、ひらひらと手を振った。
「待て待て。ガルバよ、一つ提案があるんじゃが」
「あぁ? なんだ、今さら怯気づいて命乞いか?」
ガルバが下品に鼻で笑う。
相手のAランク冒険者たちからも、ドッと嘲笑が漏れた。
「おいおい、自分から大口叩いておいて腰が引けたのかよ!」
「だっせぇ! 爺さんたち、遺言なら聞いてやるぞ!」
若い冒険者たちの煽りに対しても、ジョンソンたちは怒るどころか、困ったような苦笑いを浮かべるだけだった。ベネットが白髭をなでながら、溜め息まじりに言う。
「まーまー若いの、そう焦らんでもええじゃろ。わしらはただ、このギルドの建物のことを心配しておるのじゃよ」
「……あ?」
ベネットの言葉に、ガルバが眉をひそめた。
「お前さんたち現役Aランクが9人も揃って、さらにわしらが本気で暴れたら、この地下訓練場どころかギルドの建物ごと吹き飛んでしまうじゃろう? ギルドが崩壊したら、修繕費は誰が払うのじゃ?」
「……ハッ! 建物が吹き飛ぶだと!?」
ガルバは呆れ果てて大笑いした。老人の誇大妄想もここに極まれり、といった顔だ。
「だが……フン、まあいいだろう」
ガルバの頭の中で、意地悪い計算が働いた。
こんな地下の密室で一瞬で叩き潰してはつまらない。明日の朝、街の外の広大な高原に場所を移せばどうだ?
「伝説の老兵を自称する老人たちが、現役Aランクにボコボコにされる無様な姿」を見物料を取って一般客や他の冒険者に見せつければ、ギルドとしてもちょっとした臨時収入になる。
「よかろう! ガルバ様の寛大な心に感謝するんだな! 決闘は明日の朝、街の外の『風鳴りの高原』で行う! 逃げるなよ、老害ども!」
こうして、模擬戦は翌朝へと持ち越されることになった。
※ ※ ※
翌朝。
澄み渡る秋空の下、風鳴りの高原には朝早くから熱気が立ち込めていた。
ガルバが「老人たちの愚かな挑戦」と大々的に宣伝したおかげで、会場には千人を超える観客が集まっていたのだ。
「おい、本当に80歳の爺さんたちがAランク2チームに挑むのか?」
「無茶だろ! 命がいくつあっても足りんぞ!」
「見物料払って見に来たんだ、派手にやられてくれよ!」
野次と好奇の目が飛び交う中、ついに『オールドフェニックス』の四人が入場してきた。
……しかし。
「「「「…………んー」」」」
観客たちの間に、何とも言えない微妙な空気が流れた。
神の力(?)で体力や筋力、技のキレこそ全盛期の青年期に戻っている四人だったが……長年染みついた「少し曲がった腰」や「縮んだ身長にシワシワの皮膚」までは治っていなかったのである。
見た目はどこからどう見ても、よぼよぼの老人四人衆。
ジョンソンは相変わらず剣を杖代わりにしながら歩き、ベネットは腰に手を回し、ジュピターは目を細めて客席を見渡し、清蓮に至ってはゆっくりと亀のように小股でついてくる。
「おいおい……マジでただの爺さん婆さんじゃねえか……」
「本当にあいつら歩くだけで精一杯に見えるぞ?」
「ガルバの奴、年寄りをいじめて金儲けか?」
観客席から同情の声すら漏れ始める始末だった。
対するAランク連合軍9人は、ピカピカのフルプレートアーマーや凄まじい魔力を秘めた杖を構え、万全の陣形を整えている。
「ハッハッハ! 観客の皆様、お待たせいたしました!」
ガルバが高台に立ち、大声を張り上げた。
「これより! 自称・伝説の冒険者『オールドフェニックス』対、我がギルドが誇るAランクパーティー『紅の狼』『夜露の雄叫び』による、特別適性審査模擬戦を開始する!!」
ワッと湧き上がる観客席。
相手チームのリーダーである大剣使いの男が、嘲笑を浮かべながら前に出た。
「おい爺さんたち、今なら降参を認めてやるぞ? 骨が折れて寝たきりになっても知らんぞ!」
ジョンソンは、少し曲がった腰を『トントン』と手で叩きながら、ふっと口元を緩めた。
「若者よ、心配はいらん。……腰は曲ってはいるが、お前さんたちの攻撃で折れるほど柔な身体でもないのでな」
「……ちっ、死にたいなら望み通りにしてやる!」
ガルバが手を高く掲げた。
「両者、構え! ——はじめッ!!」
合図と同時に、Aランク9人が凄まじい踏み込みで襲いかかってくる。
1000人を超える観客全員が「老人たちの即死」を確信した、その瞬間——。
四人の老兵たちの瞳に、五十年の修羅場をくぐり抜けてきた本物の「殺気」が宿った。
つづく




