第11話 活気が戻る村
村の奥、小さな広場には五十人ほどの村人たちが肩を寄せ合っていた。
その中心には、花飾りをつけられた一人の若い少女と、青ざめた顔で頭を垂れる村長らしき老人が立っている。
「……神よ、どうかこの捧げ物で、今宵の怒りをお納めください……」
村長が涙声で祈りを捧げようとしたその時――
「頼もうー! 旅の者じゃが、喉が渇いておってな! 水を一杯いただけんかの?」
ガラガラ声の呑気な声が広場に響き渡った。
村人は一斉に跳び上がり、悲鳴をあげて振り向く。そこに立っていたのは、使い込まれた装備を身につけた四人の老人たちだった。
「ひぃっ!? た、旅人……!? なぜこんな時に!」
「いかん! 早く逃げなさい! もうすぐ『山の主』が降りてくる刻限だ!」
慌てふためく村長のもとへ、ジョンソンが悠々と歩み寄る。
「山の主とな? ほう、どんな食べ応えのある魔獣なんじゃ?」
「く、喰う話じゃない! あれは山の神……いや、邪悪な大グモだ! 毎月、若い娘を一人捧げねば、村ごと潰されるのだぞ!」
村長の説明に、ベネットが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん、神を騙る大グモとな。害虫の類ではないか」
「大蜘蛛は食べるところは少ないが甘味のある肉てのぉ!」
「村長さんよ、その娘さんを助けてほしくはないか?」
ジョンソンがニヤリと笑う。
村長は目を見開いたが、すぐに落胆の表情を浮かべた。
「む、無理だ……! お気持ちは嬉しいが、あんたがたのような老人に何ができる! あの大グモの糸は鋼より硬く、剣も魔法も弾くのだぞ!」
「鋼より硬い糸、ねぇ……」
ジュピターがお茶目にお茶をすする素振りを見せ、清蓮は腰のポーチに手を当ててフッと微笑む。
「村長さん。わしらはこれでも昔、いろいろな『頑丈なもの』を切り裂いてきてな。……よし、交渉成立じゃ。その大グモとやらを退治したら、今夜の宿と一番良い酒をご馳走してもらうぞ!」
「え……? 本気なのか……!?」
村人たちが固まる中、遠くの山裾から「キィィィィン……!」という、鼓膜を刺すような不気味な怪音が響き渡った。
山から吹き降ろす風が急に冷たくなり、村を囲む丸太の柵がミシミシと鳴り始める。
「来おったか」
ジョンソンが剣の柄に手をかけた。
だが――村人が恐れる「大グモ」の気配を感じ取ったジュピターが、ふと不審そうに目を細めた。
「……待てよ。ジョンソン、清蓮。あの気配……ただの魔獣の気配じゃないぞ」
「ぬ? どういうことじゃ、ジュピター」
恐怖に耐えかねた村人たちは、生贄の少女だけを広場に残し、一斉に家々の中へと逃げ隠れていく。
直後、頭上から巨大な影が舞い降りた!
姿を現したのは、禍々しい眼光を放つ八本足の巨大な蜘蛛。大蜘蛛は瞬く間に粘着性の糸を吐き出し、生贄の少女をぐるぐる巻きに縛り上げると、そのまま連れ去ろうと糸を引き上げた。
「させんぞ!」
ジョンソンが踏み込み、両手で持った大太刀を大きく振りかぶる。一閃――! 少女を吊り上げていた尻の糸が見事に切り落とされた。
地響きと共に着地した大蜘蛛は怒りに目を血走らせ、ジョンソンを目がけて鋼のごとき糸を大量に吹き付けた!
「ぬおっ!?」
ジョンソンはとっさに左へ躍り出て難を逃れたが、大蜘蛛は素早く振り向き、鋭い毒牙をむき出しにして襲いかかる!
「おや、苦戦しとるのか?」
離れた場所で、ベネットが不敵に呟きながら静かに長杖を構え、深く息を吸い込んで重厚な魔法の詠唱を開始した。
ジョンソンは大蜘蛛の前足へ左から剣を振り下ろしたが、大蜘蛛はすばしっこく跳ねて後方へと飛び退く。渾身の一撃は空を切った。
それを見かねたジュピターが、矢筒から三本の矢を抜き取る。
「どれジョンソン、わしに任せろ!」
「清蓮はうるさいのぅ! こやつ、すばしっこいぞ!」
井戸の脇に腰を預け、悠々と呑み物をすすりながら「ほれ、そこじゃ! 違う、行け!」と無責任に応援する清蓮に対し、ジョンソンが怒鳴り返す。
シュバッ……シュババッ!
ジュピターの手から放たれた三本の矢は風を切り、見事に大蜘蛛の両前足と頭部を射抜いた!
しかし、大蜘蛛は鋼の外殻と強靭な生命力でなおも暴れ回り、毒牙を鳴らして攻撃の手を緩めない。
ジュピターは呆れたようにジョンソンへ叫んだ。
「お前! その剣、神の加護が有るんじゃないのか!?」
「あ! 忘れとった!!」
ジョンソンが間抜けな声を上げたが、加護を込める間もなく大蜘蛛の追撃が迫る――だが、すでに遅かった。
ベネットの詠唱が、ついに極限まで高まっていた。
「――天宮の心より湧き出でよ、万物を無へと還す劫火の理。我が招くは神の威光にあらず、古き誓約を果たす断罪の炎なり……降り注げ、天滅の星火!」
ベネットが解き放った超級の攻撃魔法が、閃光となって大蜘蛛の巨躯を飲み込んだ――!
「「ズズン、バリバリバリ!!」」
凄まじい地響きとともに、巨大な黒い塊が地面へと崩れ落ちた。
「……丸焦げじゃ! 見事じゃぞ!」
ベネットが杖を構え直しながら、興奮気味に声を張り上げる。
「まあ、この大きさなら……ほれ、脚一本だけでも50人や100人分の酒のつまみになるじゃろうて!」
ジュピターが弓を収めながら、感心したように倒れた大蜘蛛を見上げた。老眼が治った今の彼女には、黒焦げになった脚の香ばしい焼き上がり加減までくっきりと見えている。
すると、周辺の家々から恐る恐ると住人たちが顔を出し始めピクピクと震える巨大蜘蛛の姿を見て、開いた口が塞がらない様子で呆気に取られている。
「こ、こんな化け物を、たった四人で……!?」
村長が震える手で髭をなでながら、ジョンソンたちのもとへ駆け寄ってきた。
つづく




