第10話 生贄の儀式
「こら! ベネット!! お前、わしのタープに魔獣の血を飛ばしたじゃないか! 洗濯しろや!!」
「ちっこいのう、ちっこいちっこい、ジュピターは! そんなことで。新品じゃぞ?」
「いや! 一度使っておるから、すでに中古じゃ!! 中古!」
キーキーと揉めるふたりを横目に、ジョンソンが呆れ顔で声を挟む。
「それよりほれ、あの若いリーダーが怪我をしておるぞ。清蓮、薬を作っておるじゃろ? 少し分けてやってくれ」
「まったく、世話の焼ける……」
清蓮は溜め息をつきながらも、自家製の薬を取り出した。
「ところで清蓮、昔の癖で未だに薬を作っとるんじゃな」
ジョンソンの言葉に、老人三人は「確かに!」と顔を見合わせて納得していた。かつて大迷宮を攻略していた頃、彼らは清蓮の作る薬に何度となく命を救われたのだ。
だが――本当を言えば、今の彼らの体にはもう薬など必要ない。それなのに、未だにその感覚に慣れずにいた。
壁にぶつかる。指を挟む。叩かれる。
ほんの一瞬だが、痛みを感じてしまうからだった。
(……これも、神の加護かのう?)
もしも痛みを完全に忘れてしまえば、自分たちは本当の「幽霊」になってしまう。
「この中途半端さが、かえって良いのかもしれんな」
思わず苦笑いを浮かべる面々だった。
「これ、お前たち。帰り道まで送ってやるから、さっさと街へ帰るんだな」
清蓮は怪我の手当を済ませると、まだ腰を抜かしていた若手メンバーたちを導き、森の出口へと送っていった。
――その後。
王都へと無事に帰還した若い冒険者たちは、酒場やギルドで「迷いの森で出会った規格外の老人たち」のことを語り集めた。
そして彼らは、後になって知ることになる。
あの【オールド・フェニックス】という名が、かつて伝説の『深淵竜アビス・ドラゴン』の牙を前人未到の大迷宮から持ち帰った、伝説の冒険者パーティーであったことを――。
※ ※ ※
「さて、清蓮さんや。この後はどっちに向かうのかのぅ?」
ジュピターが杖を突きながら、白い髭を弄る。
最後尾を歩く清蓮は、腰のポーチから古びた羊皮紙の地図を取り出し、目を細めた。
「調べてみたんじゃが、この森を抜けた遥か先に、小さな村があるようじゃ」
「ほう! 村か。なら行ってみるかの! 久しぶりに温かいベッドで寝たいわい」
「あの村にわしらのベッドより温かなベッドが?あるわけ無かろうが」
ジョンソンが朗らかに笑い、先頭に立って足を進める。
その後ろを、いつものようにベネット、ジュピター、そして清蓮が続いていく。
半幽霊の体とはいえ、ずっと森の野宿では気が休まらない。一行は魔物の気配を器用に避けながら、道なき道を進んでいった。
やがて、樹々の隙間から開けた景色が見えてくる。
村の周囲には、削った丸太をぐるりと並べた簡易的な防御柵が張り巡らされていた。魔物の襲撃に備えたものだろうが、かなり年季が入っており、所々が腐りかけている。
「着いたのぅ!」
「着いた、着いた!」
ジョンソンとベネットが門の前に立ち、四人で隙間から村の中を覗き込んだ。
「……む? 誰も居ないなぁ」
「居ないか?」
「居ないな。昼間だというのに、静かすぎるぞ」
人っ子一人いない静寂に、四人は首をかしげる。
『世界の端』を目指す旅の途中とはいえ、人里の情報を得るためにも村人に話を聞きたいところだ。
「どれ、中の様子をちょいと見てくるか」
清蓮がそう呟いた瞬間――すっとその姿が揺らぎ、気配ごと掻き消えた。
元・影潜み(スニーク)の達人であった清蓮の隠形術は、姿が老いてもなお健在だ。
数分後、誰もいないはずの門の前で、ふっと清蓮が姿を現す。
「戻ったぞ」
「おお、早かったな。どうじゃった?」
「村の奥の広場に、村人たちが全員集まっておる。……どうやら『祭り』の準備をしているようじゃな」
「祭りとな! ほっほー、そりゃあ縁起が良い。ご馳走に預かれるかもしれんぞ!」
ベネットが嬉しそうに目を見開く。だが、清蓮の表情はどこか冴えなかった。
「……いや、それがな。祭りと言っても、なんだか雰囲気が妙に暗いんじゃ。『生贄』だの『刻限』だのと、物騒な言葉が聞こえてきてな」
「生贄じゃと?」
ジョンソンの眉根が寄る。
ただの賑やかな村祭りではない。この異様な静けさの理由はそこにあるようだった。
「どうする、ジョンソン? 関わらずに立ち去るか?」
ジュピターの問いに、リーダーであるジョンソンは少し考え込み、やがてフッと不敵な笑みを浮かべた。
「何を言うか。わしらは『世界の端』を目指す冒険者じゃぞ? 困っておる村人がいるなら、話を聞くくらいはしてやらんとな。それに……こんな雰囲気の空気のままじゃ、せっかくの酒も不味くなる」
「ふふ、相変わらずお人好しじゃな。……よし、参ろうか!」
四人は覚悟を決め、静まり返った村の境界線を踏み越えたのだった。
つづく




