死なないために
昼の時間帯になり、走り過ぎて肺が潰れそうなほど呼吸しても、息している感覚がつかめなくなっているフィリアは地面に倒れていた。
動けるようになったシュリアスはカイに再度挑み、またしてもタコ殴りにされる。
あまりにも鬼畜な課題を出されたリクは魔法を使い過ぎて今日も嘔吐し、眩暈を起こしながら歯を食いしばって枯れ木を倒そうと、詠唱を続けている。
昼休憩もなくぶっ通しで訓練は続けられ、夕方ごろに三名とも満身創痍になり、真面に立っているのもやっとの状態に陥る。
昨日よりも優しい訓練だと思っていたが、昨日は負担を三分割していたため長時間耐えられただけであり、今日は各自で全力を出し切っているため、体力の消耗が速かったと悟る。
「丁度三人集まっている、今、言っておこう。今日から、お前らはここで生活してもらう」
「「「はぁ?」」」
疲労により、思考が真面に回っていない三名は変な声を出し、いつもよりずっと遅い処理速度でカイの言葉を咀嚼する。だが、やはり理解不能だった。
「旅の途中は野宿が基本だ。加えて、夜中に全員が寝ている状況は作るな。敵の恰好の的だ。俺は夜中に抜き打ちで見に来る。俺の存在に気づけなければ死んだと思え」
「ちょ、ちょっと待ってください。わたくし、どう見ても超絶可愛い女の子ですわよ。こんな、バカ二人と一緒に野宿など出来ませんわ! わたくしの貞操が犯されかねません! 野宿すら嫌だというのに……」
一番に申し立てたのはフィリアだった。自分が温室育ちの花か何かだと勘違いしているようだ。魔物が人間の顔の良しあしを気にするわけがない。
「魔物や敵が主に襲ってくるのは人間の体力や気力が落ちている夜だ。男女で悠長なことしている時間はない。男など気にするな。こいつらに、女を襲う度胸はない」
「な、なんだとこのやろっ! お、俺様は女くらいいくらでも襲おうと思えば襲えるぞ、ボケ!」
「お、俺だって、フィリアちゃんが近くにいたら、どうなるかわかんねえぞぉ……」
「男を気にするなって言われても、けだものが近くにいると思うだけで、鳥肌が立ちそうになりますわ……」
死ぬ危険が最も高いのが夜の間だ。三名は夜の暗闇の恐怖をまだ理解できていないらしい。
「これから長い間、旅を共にする。野宿に慣れておくに越したことはない。もちろん食事も全て自己調達だ」
「なぁあっ、食事まで奪うのかぁっ! カイ先生の薄情者ぉっ!」
リクは四つん這いになりながら、それだけは勘弁してくれと言わんばかりに泣き崩れる。貧民街にいた頃と違い、食堂で好きなだけ食事がとれる環境は、学園に入って一番よかった点だった。それ以外は、嫌なことばかり……。唯一の心のよりどころまで奪われそうになっている。
「旅の途中に食堂で毎日腹いっぱい食えると思うな。常に空腹が基本だ。食える虫や動物の部位、雑草、根、木の実、果実、全て覚え駆使すれば空腹にならずに済むだろう」
リクにとっては貧民街にいた頃の生活に戻るだけのため、精神的に大きな拒否反応はない。だが、フィリアやシュリアスにとっては未知との遭遇と同じだった。
その感覚を旅に出る前に味わえていたら、もっと苦しまずに進めたとカイは確信している。だからこそ、今、味合わせ耐性を付けさせておかなければならない。
「安心しろ。たった半月の期間でいい」
「は、半月……。お、お風呂は、お風呂は入れますわよね……」
「旅の途中なら川を見つけて体を洗えたが、見つけられなければ魔法で水を生み出し、体を拭く程度だ。風呂に入れると思うな」
フィリアの顔が真っ白になり、死んだゴキブリのように地面にひっくり返った。
「食事? 風呂? そんなもん、俺様が気にするとでも思ってんのか、ブス。襲いに来たカイを逆に返り討ちにしてやるよ、ボケ」
シュリアスだけが今までの借りを返さんと目力を強め、意気込んでいる。これは野宿に慣れる訓練であり、敵を迎撃する訓練ではないのだが、まあやる気を出しているのならいいだろう。
「えっと、今さらなんだけどさぁ、俺たちって何のために訓練しているんだ?」
リクが後頭部で腕を組みながら首を傾げ、質問した。
「ボケが。そりゃあ、今以上に強くなるためだろ」
「厄災を打倒すため以外に何かあるのかしら。そんなこともわからないの」
「だってよ、それならもっと効率がいい方法があるんじゃね? 学園で専門的なことを学んでいた方が速く強くなれそうだろ」
「学園の中で素行不良の問題児と言われていたお前が、真面に勉強するのか?」
カイの一言に、リクは小さく縮こまり押し黙った。
彼が真面に勉強できていたならば、この場にカイはいなかっただろう。おそらく、出発の前の心構え程度を放す程度だったはずだ。まさか、初めから指導する羽目になるとは勇者が現れた当時、一切考えていなかった。
何かしらやる気がなければ訓練も続かない。訓練に意味はあるが、なぜ訓練させられているのか、理解してもらうのは難しい。勉強する意味など多くの者がわかっているが、する必要性があるのかわからないのと同じだ。
「しいて言うならば……、お前達が死なないための訓練だな。口で言われるより、実際に体験した方が覚えも早いだろう」
「わたくしたち、訓練で死にかけているのだけれど……」
「俺様は死にかけてねえ。雑魚二人が勝手に死にかけているだけだ、ブス」
「死なないための訓練。全然ピンと来ねえなぁ」
「今日の訓練はここまでにする。うだうだ言っていないで、さっさと野宿の準備を進めろ。暗くなれば、それだけ危険になる」
カイは三名から離れ、それぞれの寮に半月、帰らないと伝えた。加えて、逃げ込もうとしてきても入れないように配慮してもらう。どれだけ、食料を渡したくなっても、断固拒否するように徹底させた。
大人が子供を甘やかせば、それだけ子供は駄目になる。子供を育てた覚えのないカイだったが、子供のころに両親に甘やかされていれば、今の自分はいないと思っていた。
寝室に戻り、軽い食事を取ってから体を濡れた布で拭き、ベッドで仮眠をとる。夜中に目が覚めれば森に向かう、目が覚めなければ、そのまま寝続ける。毎日、現れていては緊張感がない。来るとわかっている時ほど緊張しないものだ。本当の緊張は、いつ来るかわからない時に得られる。
目が覚めると、朝の陽ざしが出始める時間帯だった。まだ、薄暗く、夜行性の動物が眠りだすころ、校舎裏の森に気配を消しながら向かう。
開けた土地の中に別々のパーティーだといわんばかりに一定の距離を開け、落ち葉を敷き詰めた地面で眠りこくる三名を発見。どうやら、一晩では纏まれなかったようだ。各自で警戒するようにしたのかもしれないが、疲労が溜まった子供が長い間起き続けられる訳がない。
一人三時間の見張りをこなし、三名で分割すれば一人六時間の睡眠と全体で九時間の見張りができるにも拘らず、そうしなかった。おそらく、何者かに狙われる死の気配を経験した覚えがないのだろう。
カイは毒のない蛇を捕まえ、内臓を手早く処理し、眠りこくる三名の中央で焚火を作る。薪で焼くと煤塗れになるため、蛇の皮は付けたまま火を通し、香ばしく焼ければ皮を剥ぎ、筋肉質の身をいただく。朝食にもってこいの淡泊な味わいだ。
「う、うぅん……。あ、あれぇ? カイ先生」
フィリアが目を覚ますと、中央で優雅に朝食をとっているカイを見つけた。加えて、離れた位置にいるリクとシュリアスが爆睡している状況も確認する。
「ここが敵の領域ならばお前達は一晩で、死んでいた」
肉が焼けるにおいにつられ、リクとシュリアスも目が覚める。カイの姿を目撃し、目を丸くしていた。
夜中は起きており、朝が近づくにつれて油断が増し、いつの間にか寝落ち、という流れだろうと察する。
「今の野宿を採点するならばゼロ点だ。冬場なら、敵がいなくとも凍死していたな。言っておくが訓練で出来ないことが本番で出来るわけがない。これが本番ではなくてよかったな」
カイの辛辣な評価が三名の心を抉る。学業の成績が良くとも、実践で同じだけ優秀かどうかはわからない。たとえ落ちこぼれや才能がないといわれながらも、実践で実力を見せる者はいる。それだけ、勉強と実践は別物だ。
「訓練まで、あと二時間近くある。空腹のまま訓練するか、何か食ってから訓練するか。好きな方を選ぶといい」
三名の腹は肉の焼けるにおいにつられ、大きな虫の音を腹から鳴らす。日が出てきたため、森の中で食糧を探せるようになった三名は競い合うように、食料を探し合い、一時間が経過する。




