野営
今の時期は春。木の実などは見つけにくいが、虫や生き物、山菜などならそこら中にある。食えるかどうかは自己判断。知識がなければ、毒を喰らって死ぬだろう。聖女がいれば問題ないが、無駄に体力を使わせてしまう。その一度の無駄が後に響きかねない。
「真面な品がないですわね……」
「お前が言うな、ブス」
「うぅ、街中なら、もっと食い物があるのに……。森の中ってパンとか落ちてねえのかよ」
一時間探して得られたのはミミズやカエル、芋虫など。栄養価の高い食材を見つけていたが、一歩踏み出せないでいた。まあ、腹が減り過ぎれば見た目など気にしていられないだろう。
三名が苦戦する中、カイは蛇肉とタンポポの葉を口にしている。タンポポの根の土を綺麗に払ったあと焙煎し、すりつぶす。木を削って作り出したカップに粉とお湯を入れ。タンポポ珈琲を作った。食後の一杯を優雅に飲み、三名と格の違いを見せつけている。
ゲテモノを口に出来ず雑草しか食べていない三名の訓練は酷いありさまだった。真面に力が出ず、簡単な思考も回らず、千鳥足になり転ぶ始末。そんな状況でも、実践なら死なないよう戦わなければならない。それがどれほど過酷か、多少は理解できたようだ。
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「うひぉお~、細い肉だぁあぁ~っ」
野宿生活が四日目になるとそれぞれが空腹の限界を迎えたらしく、リクがいの一番にミミズに手を出した。それを皮切りにシュリアスも芋虫を喰らい、空腹を少しでも満たす。
「うふふ……、うふふふふふふ……」
食べられるとわかっているカエルを見つめるフィリア。護身用のナイフを持ち、不気味な笑顔を作っている。カエルの腹にナイフを突き刺し、内臓を取り除いた後、火であぶり、内蔵と骨しか残らないほど貪り食った。
牛や鳥、羊の肉と同等の栄養を摂取すると、三名の体は真面に動くようになる。それを実感した三名は食事の重要性を知っただろう。
野宿も少しずつ様になっていき、日に日に各自が眠る距離が近づき三名で火を囲みながら役割分担をするようになっていった。やはり飲み込みは早い。
「体を洗いたいですわ……。汗まみれ、泥まみれ……、辛いですわぁ……」
「魔法が使えるんだから、見えない所で勝手に洗ってこればいいだろうが、ボケ」
「そ、外で裸になるなんて、聖女……、いや、淑女としての誇りが許せませんわぁ」
「フィリアちゃんが不快だと思うなら、綺麗にしてきた方がいいんじゃないか。この生活はまだまだ続くし。そもそも、そこらでトイレしているなら、一緒じゃ……ごはっ!」
リクはフィリアに殴られ、ぶっ飛ばされていた。
「デリカシーの欠片もないですわぁっ! せ、聖女はトイレなどしませんわ!」
「嘘つくなブス。人間なら、誰でもトイレに行くだろうが、ボケ……。誰も、お前の裸なんて見たかねえし、さっさと洗って来い。髪が無駄になげえから臭えんだよ」
シュリアスの一切オブラートに包まない言葉が、フィリアの胸に突き刺さる。人生で一度も言われた覚えのない、臭いという一言に立っていられないほどのダメージを受けていた。否定できないのは、自分でも臭いとわかっているからだろう。
「聖女が臭いなどあってはなりませんわ……」
ゆっくりと立ち上がる。一瞬、長い髪にナイフの刃を突き立てそうになったがとどまり、茂みに向ってよたよた歩きだす。リクとシュリアスの視線が届かない場所でローブを脱ぎ、スモックとドロワーズを脱ぎ、身を清め、多少なりとも清潔感を得た。
聖女にあるまじき、薄汚れた衣類を着こみ、石鹸のにおいではなく服から上ってくる汗臭さに溜息をつく。
「なんでわたくしがこんな目に……。聖女などに選ばれなければ今頃、ベッドの上でぐっすりだったはず。魔力がもっと弱く、少々魔法が使える程度なら生きやすかったのに」
「才能を呪うか」
「きゃっ! ちょ、驚かさないでくださいよ、カイ先生っ!」
フィリアは尻餅をつき、突然現れたカイを見て、見張り中にカイを見つけた時にどうするべきか考えていたことが頭から飛ぶ。
「フィリアは自分以外の女が聖女になっていてもよかったと思うのか。お前以外の者に、聖女の肩書を与えられても納得できるのか」
「わたくし以上に質のいい聖女など、産まれてこの方見た覚えがありませんわ。わたくしが聖女になったのは必然であり、理であり、絶対だった。そこに間違いはございませんわ」
「その力を女神は何のために、お前に渡したと思う」
「わたくしが美しく聡明でこの世で最も清らかな淑女であるからでしょう」
両手を握りしめ、力を与えた女神に祈るように目を瞑る。その姿は実に洗練されている。
「意味など無い。たまたまだ」
フィリアの目が点になり「へ?」と変な声が出る。
「この世に絶対はない。聖剣が主である勇者を選んでいるという正教会の言葉も真実味がない」
聖剣が勇者にしか反応しない点から、信憑性を増しているがカイは信じていなかった。聖剣をたまたま抜いた人間が勇者になり、聖剣の持ち主として認定されているだけなのではないかと。これもまた、カイの勝手な考えだがそうでなければ、カイのもとに聖剣が残っているのがおかしいのだ。
今まで何人もの勇者、何本もの聖剣が現れた。それにも拘らず、聖剣は残っていない。厄災がいなくなると同時に、聖剣もなくなると考えられている。
加えて、聖剣は現実に二本同時に存在できないと仮説だてられていたが、ここにアーデンの聖剣があり、リクが持つ聖剣と合わせ、二本。この状況は実に奇妙だった。
「選ばれた理由など考えるな。全て偶然だ。だが、偶然が重なればそれは必然となりえる」
「な、なにが言いたいのですか」
「今、この世にフィリア以上の聖女はいない。それは必然だ。お前達が生きて帰って来られるよう俺が訓練している。これは偶然だ。加えて、お前の禊を見たのも偶然だ。謝っておく」
「な、なな、なななななな……」
フィリアの声にならない声が、口から洩れ、肩が小さく震えだしていた。
「全身がくっきりと見えていたわけではない。焚火の明りが、背中に反射していた程度だ」
握り拳が猫パンチのように連続で繰り出されるが、カイは全てを腹筋で受け止める。シュリアスの鋭い攻撃よりも当たっていた。地味に痛い。
「俺も、自分が選ばれたのは納得いかなかった。剣聖の本家に俺以上の者がいると思っていたからな。だが、選ばれた以上、簡単に覆らない。不貞腐れるより努力するべきだと思わないか」
「べ、別に不貞腐れているわけじゃありませんわ。これは、デリカシーのないカイ先生に聖女からの天罰を与えているのです」
猫パンチをやめたフィリアは頭一つ分以上も大きいカイを見上げる。翡翠色の瞳が月あかりに照らされ、潤んでいた。頬が膨らみ、むくれている。
父親という者にあった覚えはなく、兄も知らず、修道院のマザーか、フィリアよりも先に教会にいた姉たち、あとから入ってきた妹たちと暮らす中で、男との接点はほとんどなかった。
中等部の学園に入ってやっと男の存在をはっきり認識し、教皇から正式に聖女と認められた。生まれてから一五年あまり、今以上の辱めはなく、胸が痛くなるほど心臓が動いている。
「見張りはしっかりこなしているようだ。俺は帰るとしよう。万が一、二人に何かされそうになれば、俺に言えばいい」
「まだ、天罰は終わっていません」
安心する温もりを持ったカイを抱きしめる。何度も痛み付けられ、酷いことしてくる相手。だが、それ以上に誰よりも心配してくれているとわかってしまう。父や年齢の離れた兄がいたならば、こういう男のことを言うのだろうと思い、産まれて初めて誰かに甘えたくなっていた。
何が何だかわかっていないカイは棒立ちしながらフィリアの敵意を探る。もし、これが罠ならば、完全に嵌ってしまったも同然。気が抜けていたと深く反省した。抱き着いてくるのはいつも姫ばかり。その度、頭を撫でており、半分癖のような形でフィリアの少し濡れた髪を撫でた。ふと我に返るが、今は訓練中ではない。この程度の干渉ならば、問題にならないだろう。
「わたくし、まだ、死にたくありませんわ……」




