本音
前回の聖女が亡くなっている件を、同じ聖女のフィリアが知らないわけもなく、夜という雰囲気や振るわない訓練を通して、少しずつ何かが身に降り注いでいるのを自覚し始めてきたようだった。
「その気持ちは、二人の前で口にせず、内に秘めておけ。加えて、頼るなら俺ではなく仲間を頼るんだ。まだ時間はある。少しずつ打ち解けて行けばいい」
カイの言葉を聞き、小さく頷くフィリアは鼻をすすり、眼元を擦る。
「おいブス、体を洗うだけにしちゃあ、遅すぎるだろ」
「も、もしかしたら、フィリアちゃんが何か非常事態に陥っているのかもしれない! 俺が、見てくる!」
「いや待てボケ、お前が行っても何もできねえだろ。俺様が見に行くっ!」
シュリアスとリクが取っ組み合いを始め、いがみ合い、罵り合い、を続けていた。逆に仲がいいのではないかと思うほど。
「わたくしがいないと、すぐに喧嘩するんだから」
フィリアはカイから離れ、律儀に頭を下げた後に二人のもとに戻った。
遠目から三名の姿を眺めているカイは、過去の自分たちと重なっていく。懐かしさと、もの寂しさが混ざり合い、肩から力が抜ける。今は同じように言いあえる仲間がいないと思うと、いつの間にか手を強く握りしめていた。
すでに一五年経っているにも拘らず、あのころの様子が昨晩のことのように思い出せてしまう。唯一の友との日々は青く晴れやかだが、呪いのように濃い。
「俺のせいで、二人は死んだ……。これほど惨めな思いをするのは俺だけで充分だ」
右腰に掛けられたアーデンの聖剣を撫でる。踵を返しアーデンが示してくれた聖なる光を胸に秘め、光のない暗闇の方に歩いていく。
☆☆☆☆
勇者パーティーの三名に野宿生活を始めさせ、半月が過ぎようとしていたころ、夜中のカイの寝室にリスティと近衛騎士の姿があった。
「ねえ、カイ。そろそろ、勇者様に会えない?」
「今、野宿を始め半月が過ぎておりますから、相当汚い状態です。それでもよろしいですか?」
「半月も野宿させているの……、人の心がないのかしら」
「どれだけ知識を詰め込ませても実践で使えなければ意味がない。実際、魔物もいない森の中なのでぬるいくらいです。それでも経験しているのといないのとでは雲泥の差がありますから」
「半月も野宿していたら皆お腹ペコペコでしょ。私、昼頃に沢山の料理を持って見に行くから」
リクの素行不良は今まで経験した覚えのない学園生活でのストレスが原因だった。今は別のストレスが掛かっているが、危険行動をとるような子供ではない。加えて、リスティの善意を無下にするわけにもいかない。
後の王妃になりえる彼女への忠誠心を勇者パーティーに高めさせるのに最高の好機。
「わかりました。お待ちしております」
リスティは寝室に戻っていき、この場を対処したカイはすぐさま近衛騎士の肩に手を置く。
「九割九分は料理人に作らせ、サンドイッチのパンを乗せる行為だけを姫にやらせろ。姫に料理を作らせてはならない。絶対にだ」
「りょ、了解であります!」
少々、頼りないがリスティに料理を作らせなければ、それでもかまわない。寝室のベッドに寝ころび、完全に安心しきったわけではないが、とりあえず眠る。彼女が作った料理をリクに食わせるわけにはいかない。魔王ではなく、姫に殺されかねないのだ。
仮眠を終えたカイは、午前三時、野宿中の三人のもとに向かう。焚火に薪をくべ、明かりを絶やさぬよう見張っていたのはシュリアスだった。
敵役として茂みから現れると、彼は即座に対応し、眠っている二名を蹴り起こしてから、カイ目掛けて攻撃を仕掛ける。
少量の食事に慣れて来たのか、剣の鋭さや練度は落ちていない。夜中でも朝や昼、夕方と同様の力を保てている。カイ以外の外敵がいないため、長時間の緊張が伴う訳ではないが、夜の雰囲気を味わい、感覚を掴めていた。
「シュリアス、攻めすぎるな! カイ先生に一人で挑んでも勝てない!」
「未だに、三人でも勝てないのに、一人で突っ込むなんてバカとしか言いようがありませんわ」
「うるせえっ、雑魚ブスどもは黙ってろ!」
リクとフィリアは多少なりとも仲間意識が芽生えてきたようだが、シュリアスは未だ、両者と反発している。剣聖の分家であり、本家を差し置いて英雄となったカイに相当の鬱憤が残っているのだろう。
「戦いの最中に私情は持ち込むな。仲間が危険にさらされるぞ」
「私情じゃねえよボケ……。一人でもお前に余裕で勝てると証明してやるだけだっ!」
どうやら何が何でも一対一でカイに勝ち星を上げたいらしい。厄災を打倒し凱旋してくればシュリアスの剣聖としての地位や名誉は確実だ。
それでも執拗に愚直に一人きりで勝とうとしてくる。父親の代わりに戦っているとでも言わんばかりに本家と分家の差を叫ぶ。
戦いの最中、シュリアスはカイに剣身を弾かれ、手もとから剣が離れた。その瞬間を見計らっていたかのようにリクが間に入り込んでくると聖剣を横一線に振るう。シュリアスを守った形に見えるが、彼からすれば隙を利用されたと感じてしまってもおかしくなかった。
カイは追撃せず、茂みの方に走り去る。そのまま、隠れ様子を伺った。
「勝手に手出ししてんじゃねえよブス……」
弾かれた剣に目もくれず、シュリアスはリクの胸ぐらを掴み、鋭い瞳でにらみつける。
「あのまま行けば、シュリアスがやられていた。お前がやられるってことは、俺とフィリアちゃんもやられるってことだ。俺は死にたくねえから、お前を助けただけだ。手出ししてねえよ」
「ちっ、言うようになりやがって……、雑魚ブスが。一回、お前に格の違いってやつを、思い知らせてやった方がいいかもな」
「ちょ、ちょっとあなたたち、お腹が減り過ぎているからってイライラしないでくださる。こっちまで、イライラしてくるわ」
フィリアが二名の間に手を突っ込み、体を挟んでいがみ合いをやめさせる。
三名の距離は近づいたが、心はまだ近づききれていない。仕事関係のような、脆くつたない絆に見える。あれではいざとなった時に真価を発揮する命綱のようにならず、簡単に千切れてしまうだろう。一人が死ぬだけならまだしも、残り二人も巻き添えを喰らいかねない。
「そろそろ潮時か……」
カイは目を細め、三名の姿を見据えた後、高い木の枝に上り、日が出てくるまで眠る。
午前八時ちょうど。イライラが表情に見て取れる三名の前に立つ。
「本日の訓練をもって、野宿は終了とする」
表情が明るくなるリクとフィリア。いつも吠えるシュリアスも舌打ちするだけにとどまる。
「訓練が終わるわけではない。気を緩め過ぎるな」
カイの言葉に三名は背筋を伸ばす。半月で彼らの実力は格段に上がり、今ではカイが素手で対応できず、剣を抜く場面も増えてきた。
「どんなもんよ。俺の実力はよぉっ!」
大きな枯れ木の幹を風属性魔法で少しずつ削り、ようやく倒せたリクは満足げに胸を張る。半月近くかかっているが魔法が使えなかった少年が努力で成し遂げたその成果は、素直に称賛に値する。
「俺様はお前を超えるために戦ってやる。英雄カイ・レオストを超える、剣聖シュリアス・レオストになっ。それまで、精々短い英雄人生を謳歌しているんだな、ボケっ!」
どうせならば、国のために戦ってほしかったが、目標があることはいいことだ。決して、英雄生活を謳歌しているわけではないが、シュリアスの気持ちが上がるなら、そういうことにしておけばいい。
「蜘蛛って案外可愛らしいのね。いったい、わたくしは何に怖がっていたのかしら」
蜘蛛を可愛がりながら、走り回っているフィリアの体力は何倍にも増している。回復魔法だけではなく、攻撃魔法も使いこなせるようになり、攻守に隙がない。
個々の成長はそれぞれ目を見張るところがある。成長し合った個人が集まれば、半月前よりもいい連携をこなしてくれる……という訳ではない。




