結婚相手
昼前、訓練初日のように三対一で戦いあう。だが、個々の力がついても連携が取れず戦いにならなかった。この結果から、どれだけ連携が重要なのか、知ってもらう算段だったがそう上手くいかず、喧嘩が増えるばかり。
「おい、雑魚ブスっ。なんで、そっちにいんだよっ。今は、そこじゃねえだろ!」
「はぁあ? どう考えても、こっち側にいるのが正解だろ! お前の方が間違ってんだよ!」
シュリアスとリクは同年代に加え、同姓。両者ともに誇りが高く、負けず嫌いなため衝突が絶えない。戦いの途中に喧嘩されると、フィリアも看過できず笑顔で両者の顔面に水の塊をぶつける始末。もちろん、それで火が消えるどころか、罪の擦り付け合いが起こり、両者の喧嘩が再び大炎上するのだった。
それを見てカイは仲間だった勇者と聖女の二人がどれほど器量の大きい者だったのか、改めて思い知らされる。あのころはカイも命令に従うだけで、大きく反発しなかった影響も大きい。
勇者パーティーの絆が比較的強かったあのころで、厄災を打ち払えたものの二名が死んでいる。このままでは、三名がどうなってしまうか、容易に想像ができてしまった。
晴天のもと、まさに彼女のために日が昇っていると思ってもいいほどの天候で、光に照らされた状態が天使に見えなくもない少女が優雅に歩いてくる。
「皆さん、訓練、お疲れ様です~」
大きなバスケットを持ちながら広場に舞い降りたリスティは、学園の制服姿だが、他の者と雰囲気がまるっきり違う。フィリアと近しくも、彼女ほど嫌味がない自然な笑顔が、柑橘系の香りのように爽やかだ。
「ん、誰だあんた……」
「ばっきゃろう! それでもアステルラ王国の民かボケ!」
「さすがに、引きましたわ……。ここまで、来ると非国民と思われても仕方がなくてよ」
シュリアスとフィリアの強い言いように、リクは両者を見回しながら、その場で委縮する。この二名が少女を罵るわけでもなく、なんなら自分を下げ相手を上げようとしている部分に大きな違和感を覚えているようだ。
「端的に言うならば、リクの妻になるお方だ」
「はぇあえっ! お、お、俺のつ、妻……。ど、どういうことだよ、カイ先生!」
「どうしたもこうしたもない。彼女はこのアステルラ王国の王女アリステラ・アステルラ様だ」
「アリステラ・アステルラってなんか呼びにくいし、リスティって呼んでくださいね。勇者様」
「え、えっと……、その、リ、リク、です……」
リクはリスティを前に、表情が引きつり、頬がほんのり赤く染まっている。
「なんか、わたくしと出会った時と反応が全然違うんですけれど?」
「い、いや、だって、いきなり妻とか言われても、訳わっかんねえし。国王になるって、そういうことなのかよ」
「驚くのも無理ないよね。ま、今はあんまり気にしないで、一緒にお昼にしましょう。もちろん、シュリアス様とフィリア様もご一緒に!」
天真爛漫な笑顔を振りまくフィリアは、バスケットを胸もとまで上げ、三名の心を一瞬で掴んだ。計算ではなく、素でやってしまう彼女が末恐ろしい。だが、そんな会話上手な所がアーデンにそっくりだった。
広い布を敷き、ピクニックのように森の景色を見渡しながら昼食の時間を取る。
カイは爽やかな風を堪能する前に、一早くバスケットの中身を覗き、リスティの手作りした品がないか調べた。容器に入った品は全てごく普通のサンドイッチ。とりあえず、一息つき手洗いをフィリアの魔法で済ませ、全員がサンドイッチを手に取る。各自で祈り、食べ始めた。
「あぁ、小麦のにおいが染みわたります……」
「シュリアスが暴言を吐かないと、逆に気持ちが悪いですわ。にしても、本当に久しぶりの真面な食事、こんなに料理が美味しく感じた時は一度もございません」
「あぁ、本当にうまい。これ、リスティが作ったのか?」
「いえ、こちらのサンドイッチは料理人が作った品で、リク様にはこちらを」
リスティはどこに隠していたのか、バスケットの壁に紛れ込ませるように布で包まれたサンドイッチをカイの目を盗むようにリクに差し出す。
「私の手作りサンドイッチをぜひともリク様に食べていただきたくて」
その言葉を聞いたカイは、魔王の配下が現れたときと同じほどの反応速度で振り返る。リクの手に呪いが掛けられているのかと疑うほど禍々しい雰囲気を放つサンドイッチが握られていた。自分が犠牲になろうとしたが、すでに遅く、手作り料理を差し出されたリクは何の疑いもなく食らいつく。
彼の表情から血の気が一気に引いていき、青くなった。
リスティの赤い瞳は、ガラス玉のように輝き、感想をじっと待っている。
リクが一言でも「不味い」と言えば、この場で首を掻っ切ろうかと思っていたカイだったが、サンドイッチを飲み込んだ彼は口を開く。
「お、美味しいよ。滅茶苦茶……、お、おい、し、い……」
息を殺し、手に残っていたサンドイッチを無理やり口の中に全て突っ込んだリクはコップに入れられた水と共に胃の中に流し込んだ。
カイでも気を失いかけたリスティの料理を全て食べきったリクがほんの少し勇者に見える。あの料理を食し、王女を気遣えるのなら認めざるを得ない。
命がけの昼食を終え、安全な場所にたたずむリスティを背景に、勇者パーティーの三名はカイの前に立ち、攻撃に備えている。
やはり、王女がいる前だとシュリアスも一時は大人しくなるようだ。やっと真面な連携が見られると思っていたが、表面上だけ繕っても通用しないことがよくわかった。
「れ、連携を取るのってこんなにむずいのかよ……」
「雑魚ブスのお前がでしゃばりすぎなんだ。アリステラ様の前だからってカッコつけようと視点じゃねえぞ!」
「お前に言われたくねえな! いつも、自分から突っ走っていく癖に!」
「どっちもどっちですわ。アリステラ様が見ている前で、みっともない真似はやめなさい」
険悪な空気の中で口論を続ける三人を見て、リスティの笑顔は次第に引きつっていく。その様子を横目に、カイは容赦なく三人を叩きのめした。
夕方、一方的に叩きのめされた勇者パーティーの前に立つ。
「訓練はしばし中止とする。各自、疲れを癒しておくように。訓練の再開はまた後日通達する」
「ちょ、カイ先生、中止っていきなりどうして……」
「お前達の問題ではない。訓練続きで疲れただろうから、休め。それだけだ。休暇中、何かあれば話を受け付ける。逆にこちらから話を持ち掛ける場合もあるかもしれない。以上だ」
カイの話が終わるや否や、フィリアは「お風呂おおおっ!」と叫びながら走り去る。
シュリアスは舌打ちだけして寮に戻っていく。
どこか、落ちつかない表情のリクは反対方向に向かう両者を見回し、リスティの前に出る。
「えっと、俺……、結婚とかよくわかんねえけど、もう少し強くなれるように頑張るから」
「リク様ならきっと大丈夫。自信をもって!」
貧民街出身だろうと、分け隔てなく平等に接するリスティの姿はリクにどう映っているのか。
心の中はわからなくとも表情を見ればだいたいはわかる。今の彼は実に勇者らしい顔つきになっていた。何かを守りたくなる思いでも芽生えたのかもしれない。
そんな二人を遠目に、カイは音もなくその場を後にする。互いを知る時間を持たせるための配慮だ。
リスティに「余計なお世話」と言われるかもしれないが、国の未来を託すためなら、どんな手でも尽くす覚悟はある。アーデンが守ろうとしたこの国の繁栄は、今や二人にかかっているのだから。




