パーティーのかなめ
「このまま落ちたら死ぬぞ。死にたくなければ、どうにかあがいてみろ」
翼を持たない人間は、高所から落ちれば数秒にも満たない間、重力に従い容易く落ちていく。
リクは枝を掴もうとするが、握力が足りず、体勢を立て直そうとするも体幹がなくバタつくのみ。何もかもが足りない。そんなこと関係なく、地面が急速に迫りくる。
「こんなところで、死んでいられるかぁああああっ!」
両手を突き出したリクは『ウィンド!』と叫ぶ。風属性の初級魔法だった。魔力があり、教養を受けていれば初等部の者でも扱える簡単な魔法。学園に入学後、すぐに教わったのだろう。うんともすんとも、発動の兆しはないが。
「ウィンド! ウィンド! ウィンド! ウィンド! ……『ウィンド!』」
詠唱を連呼すればいいというものでもないが、迫りくる死がリクの内側に秘める魔力を沸き立たせ、地面と手が衝突する寸前に小さな魔法陣が展開し、おならのような風が吹く。その程度で落下する体を衝撃から守ることはできない。死を覚悟したのか、目を力強く瞑ると体が真上に持ち上げられ、浮遊した。
足首を掴んでいたカイが真上に放り、地面との衝突を回避。何事もなく着地したカイの腕の中に、放り投げられていたリクがすっぽりと入り込む。
「安心しろ。俺の前でお前は死なせない」
「や、やだ、イケメン……。あだっ!」
受け止められたのもつかの間。すぐに体を放られ、リクは尻餅をつく。そのまま地面を転がった。筋肉痛と腰に痺れる痛みが走り、焼かれるようにもがき苦しむ。
「そのまま、魔法を練習するか。俺と訓練するか。選ばせてやる」
「ま、魔法の練習でっ!」
「なら『ウィンド』を使い、あの枯れ木をなぎ倒せ」
リクはカイの指先をなぞるように視線を動かす。春頃にも拘らず、枝に葉が一枚も付いていない枯れた木を見つけた。
視線を少しずつ上に向けていき、口をぽっかりと開ける。三〇メートルとはいかないが、二〇メートル近くあった。幹の太さも、リクがいくら腕を伸ばしたところで、三分の一も満たせない。
「む、無理だろおおおおおっ!」
「いちいち、叫ぶな。うっとおしい。出来なければ食事がなくなるだけだ」
食事の話をされたとたん、リクの目が鋭くなる。腹が減るのはどうしても嫌なのか、やけくそ気味に「やりゃあいいんだろっ!」と叫び散らかし、枯れ木の前に立つ。両手を未だに硬い幹に向け、詠唱を放つ。そよ風が吹く。その程度で、枯れ木はうんともすんともいわない。
リクは真顔のまま額から汗を流し、カイに話しかけようとするが、すでにそこにカイの姿はなかった。
「くそったれええええええええええええっ!」
リクの叫び声が森の中に響き、草むらの中で身を隠しているフィリアのもとにも届く。
「まったく、簡単に見つかってしまうなんて、まだまだですわね」
フィリアは体に魔法を掛け、景色と同化しながら隠れていた。カイも英雄といえど、魔法が得意という訳ではない。実際、フィリアの方が魔法に長けている。昨日も、このようにして戦っていれば、すぐに終わらせられたのにと、戦いを反省し生かせる優秀な聖女だった。
むしろ、この広大な森の中から、見つけ出せるもんなら見つけ出してみろと挑発するように無断でかくれんぼしている。
今の自分は完璧だ。昨日は少し予想できていなかっただけ。あのような辱めは二度と受けないと誓いながら、深い森の中でじっと待つ。
すると、頭に赤子の掌程度の蜘蛛が鳥の糞のように落ちてきた。毒の類は、聖女であればすぐに浄化できる。ただ、蜘蛛の見た目に関して、彼女はごく一般的な少女の反応を見せる。
「いやぁああっ! 蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛ぉぉっ!」
自慢の髪にしがみ付く蜘蛛を振り払おうとするが、触れず、見られず、どうしようもない。そこに、蜘蛛がいるだけで泣きそうになってしまう。咄嗟に茂みから抜け出し、勢いよく走ると木に衝突。メロンほどの大きさの蜂の巣が落下し、頭に直撃。割れた巣から激高した働きバチたちが飛び立ち、無慈悲にも狙われる。
「どうして、こうなるんですのおっ! わたくし、わたくしは、聖女ですのよおおおっ!」
今日も今日とて逃げ惑い、フィリアは木の根に足を取られ、盛大に転び、足首をひねった。迫りくる蜂の大群が目の前に迫り、目を伏せる。冷静になれば、対処できる場合でも咄嗟の状況になると頭が真っ白になってしまう。聖女としての才能は高いが戦いに向かない性格だった。
蜂に滅多刺しにされそうな時、銀色の煌めきが目の端に映る。カイが繊細な剣さばきで、フィリアの周りに飛び交う蜂の大群を容赦なく切り伏せていた。
「……案外ドジな奴だな」
「し、しんがいですわ……。そのお言葉、取り消してくださるかしら!」
足をくじいていたのを忘れていたらしく、立ち上がろうとした途端に痛みが走り、体勢が崩れる。すかさず、背後に回ったカイが腰に手を添え、紳士的に受け止めた。髪にくっ付いている比較的おとなしく、毒も持たない蜘蛛をはがして森の中に返す。
「聖女は勇者パーティーの要だ。フィリアが死んだら全員死ぬと思え」
「う、うぅ……、そ、そんなこと言われましても、まったく想像できませんわ」
戦いのない時代で生まれ育ったフィリアからすれば、自分がどれほど重要な役割を担っているのか、想像するのが難しかった。経験不足といったところだろう。教会の中で育ち、戦を知らない貴族の箱入りお嬢様のような雰囲気を纏っている。
痛む足首を回復魔法で治そうとしたころカイはすぐさま彼女をお姫様抱っこし、持ち上げた。
「な、なにするんですのっ。こ、こんな持ち方、される筋合いはありませんわっ!」
「こんなところで治されたら、また逃げられるだろ。お前とかくれんぼするのは、こりごりだ」
フィリアをぎゅっと力強く抱えたまま、森の中を走り、昨日戦った開けた場所まで戻る。ぼーっと空を眺めているシュリアスの近くに下ろした。
「なんだ、ブス……。熱でもあるのか、ボケ……」
「だから、わたくしはブスではありません。聖女が風邪などひくわけないでしょう」
そういうフィリアだったが、人生で初めてお姫様抱っこされ、正直心臓が張り裂けそうになっていた。しかも、相手が孤高の英雄カイであれば、その高鳴りもひとしおだ。
己の美貌は他の者の比ではないと自負しており、常に周りからも女神と称され続けながらも、皆の理想とする聖女像を守りながら笑顔を振りまいていた。その張り付いた笑顔が今は引っぺがされ、頬に紅をさしたように褐色がよくなり、唇を小さく結んでいた。
「足を回復させたら、体力をつけるために走り回れ」
「うぅ、走るのは嫌いですわ……」
カイは「そうか」と呟くや否や辺りから蜘蛛を見つけ出し、フィリアに向けて近づけていく。
「い、いやぁああああああああ~っ!」
足をすぐさま治したフィリアは、蜘蛛から勢いよく逃げ出した。その後ろをカイが追いかけていく。少しでも速度が落ちれば追いつかれてしまうほどの距離感。
「自分に回復魔法をできるだけ使わず、体力を付けろ。仲間が必要な時に魔法が使えなければ魔法使いがパーティーにいる価値はない。お荷物同然だ。聖女も論外ではない」
「うぅ、わたくしは女神に認められし、聖女ですのよ。そのわたくしがお荷物だなんて、ありえませんわ!」
倒れ込んでいるシュリアスからしたらフィリアとカイは遊んでいるようにしか見えなかった。




