一人一人
次の日、カイは午前八時三〇分に目を覚ました。三〇分の遅刻だ。いや、寝坊ではない。昨日の戦いの反省を三名にこなしてもらうための時間だ。
何食わぬ顔で、園舎裏に向かうと三名が酷い筋肉痛に襲われているらしく、ぎこちない動きで右往左往していた。
「か、体が、がくがくですわ……」
「は、ははっ、ブスがブスみたいな歩き方してらぁ……」
「お前だってガチゴチのゴーレムみたいな動きになってるぞ」
訓練の成果と言っていいかわからないが、三名の仲は昨日より明らかに深まっている。互いに一つの目的を達そうと努力し、少なからず仲間意識が芽生えたようだ。まだ、ギクシャクしているが、時間の問題だろう。どんな時も、突破口を開くのは仲間の絆と相場が決まっている。
仲良くなって悪いことはない。ただ、仲良くなりすぎると、失ったときの痛みも大きくなる。
「あ、カイ先生、今日も遅刻ですか。お偉い身分ですこと。教師として、それでよろしいんですかねぇ?」
優等生な委員長かと思うほどフィリアは優しい笑顔で話す。ただ、腹の裏は黒く、発言に棘が目立つ。聖女の皮を被った悪魔ではなかろうか。だが、呼ばれ方に変化があったと、気づく。
「俺は教師ではない。先生とつける必要はないと思うが……」
「だれが、先生なんて呼ぶか、ブス。お前なんて、ブスで十分だ、ボケっ!」
「一応は俺たちの教育係だし、先生でもいいんじゃね。遅刻は許せねえけど」
「遅刻ではない。お前達の昨日の戦いを互いに話し合ってもらう時間だった」
三名は目を細め、カイを睨む。信用されていないらしい。
昨日と同じ場所に移動したのち、立ち止まったがシュリアス以外いなくなっていた。
「他の二人はどこに行った」
「逃げた。あの程度で音を上げるなんざ、雑魚ブスだな。勇者のおかげでのこのこ生き残っているお前なんか、俺一人で十分なんだよ、ボケ!」
シュリアスは聖剣本家の人間だ。
一五年前、分家のカイと本家の当主の息子のどちらが勇者パーティーに相応しいのか、ドラグニティや他の教師たちが悩みに悩んでいた。
本来ならば剣聖本家の者が勇者パーティーに選ばれる。ただ、二〇〇年ぶりの勇者パーティー結成に本家も戸惑ったのは言うまでもない。
剣を極める家柄でありながら、ここのところ真面な成果を出せておらず、本家の者たちは嫡男が死なれると困る状況にあった。
分家に才能を持ったカイがいたためだ。
本家の者たちは嫡男が死んださい、時期当主がカイになるのではないかと恐れた。だから、本家の者ではなく分家のカイが選ばれた。死んでも構わないどころか、むしろ死んでくれた方が本家からすればありがたいとすら思っていた。
しかし、皮肉にもカイは勇者パーティーで唯一生き残り、英雄とまで言われるほどの者が剣聖の分家から生まれてしまった。実際、現在は本家の当主より何倍も有名人となっている。
「お前のことは、ブス親から散々聞かされている。剣聖の剣技の一つも使えないお前が、本家の者より強いなどあってはならねえんだよ!」
「はぁ……、俺は剣聖の技を一つも使えない。ゆえに俺は剣聖ではない。だから本家に恨まれる筋合いもないんだが」
シュリアスは息を詰まらせ、体に力が入る。分家とはいえ、剣聖の家柄は王家に次ぐ名家だった。多少なりとも、カイが家柄に誇らしさを持ち合わせているかと思えば、気にしている様子が一切ない。歯を食いしばり、無意識ににらみつける。
「だが、シュリアスが昨日使っていた剣技は訓練無しで得られる練度ではなかった。お前なら、本物の剣聖になれる」
「ば、バカやろおっ! 英雄が、そ、そんなこと言うんじゃねえ!」
カイの真面目口調の言葉に当てられたシュリアスの顔に血が上り、赤みが増していく。怒っているのか恥ずかしがっているのか、子供心のわからないカイに読み取るのは不可能だった。
心が乱れた状態で走り出したシュリアスは筋肉痛をもろともせず、剣の柄を握りしめる。走っている最中も鞘から引き抜かない。昨日とまた別の剣技を使うつもりのようだ。
「一之太刀『天開』」
左腰に掛けられた鞘から剣が飛び出すような勢いのまま、振るわれた。地面の草花や落ち葉が風圧で舞い上がり、突風が吹き荒れる。だが、そこにカイの姿はなかった。振り抜き際、腕を掴まれ、いつの間にか背後に立たれていた。殺しにかかった一撃を容易く躱されたあげく、背後まで取られる始末。決して、シュリアスが弱いわけではない。相手が悪いだけだ。
カイは剣が振れないほどの近距離戦を持ちかけ、シュリアスを防戦一方に追い込んでいく。だが、シュリアスは格闘術もひとしきりできるらしく、すぐに斃されるわけではなかったが、防御が遅れれば顔に拳をもろに食らい、あざ塗れになっていく。
多少、傷が増えてもフィリアに治してもらえば問題ないのだからあえて痛みが伴いやすい場所を選んで攻撃している。すると、容易くフェイントにかかり直撃が増えていく。
「ちっ……、糞が……、剣士なら剣を使いやがれボケ」
「子供相手に、剣を使うのは大人気ないだろう」
「くっ! ふざけんな、ブスっ!」
シュリアスはすぐに挑発に乗ってしまう。成績は良いはずなのだが、頭に血が上りやすいのが欠点だ。カイに対して、個人的な感情が先行しすぎている。思春期真っ盛りゆえ、仕方がないのかもしれないが。
硬く握りしめられた拳が小さな顎に直撃した。まだ線の細い体が弧線を描きながら吹っ飛ばされる。真っ青な空を見る形で倒れ込み、筋肉痛と脳の揺れによって指一本動かせない。
「何のために戦うのか考えろ」
それだけ言い残すと、カイはシュリアスのもとから離れ、逃げたリクとフィリアを探しに行く。途中まではついてきていたため、森の中にいるはずだ。平地だと戦闘に不利だと考え、木々の生い茂った森林で戦闘を望むなら、そう言ってくれればよかったのにと思わなくもない。
「あんな訓練を続けていたら、死んじまう……。死ぬのは嫌だ」
リクは木々の上でリスのように縮こまり、膝を抱えている。出来る限り時間を潰し、戦闘から逃げていた。
目の前にカイの顔がさかさまに現れ「見つけた……」と無表情のまま呟く。
「どぎゃぁっあ!」
リクはいきなり現れたカイの顔に驚き、木の枝から跳ねた。跳ねてからこの場が木の枝の上だったと思い出したらしく、手足をばたつかせながら無慈悲に落下していく。頭がいいのか、悪いのか、行動の読めない少年だった。
カイはリクの足首を掴み、枝に足の甲をひっかけ、ぶら下がる。
人間が三〇メートル近い高さの木から落ちれば、ひとたまりもない。魔法が使えれば着地も容易だが、魔法どころか文字にすら未だ苦戦しているリクはなおさら無理だろう。
彼が魔法を使えたらこのまま落っことそうと思っていたが、潔くとどまった。引き上げようとしたころ、枝が音を立て始め、落とし穴にはまった時と同じ浮遊感を得る。
「あ、折れた……」
「『あ、折れた……』じゃねえええええっ!」
共に落下していき、リクの情けない泣き声が森の中にこだまする。




